火の村
私とフランは街道を二人で歩く。
「次はどこに行くのですか、ネネ様?」
「ボルカって火山だよ。昔からしょっちゅう噴火してるんだけど、最近は特に被害がすごくてね。まずはそこの噴火を勇者パーティの代わりに鎮めて名を上げて、ついでに旅の資金も頂こうってわけ!」
「ネネ様の前には火山も大人しくなってしまうのですね! さすがネネ様!」
「まーね」
普通の火山は死霊魔術じゃどうしようもないけど、あそこは特殊だ。一周目はマップも分からずさんざん苦労したダンジョンだけど、二周目なら別だろう。
やがて、私とフランはボルカのふもとの村に到着した。
天幕やら青と赤の旗やらがはためく、異国情緒溢れる村。流れ者の遊牧民族が定住したところだから、他の村とは雰囲気がだいぶ違う。
温泉も入れるから、観光地としても人気なんだけど……勇者パーティで来たときはまともな部屋が足りなくて、私だけ野宿させられたんだよね。
『ネクロマンサーなんだから夜の墓場で寝たりするんだろ? お似合いじゃねえか』『その辺のオジサマに声かけたら、泊まらせてもらえるわよぉ~』なんて言われたけど、偏見だから! 普通に墓場で寝たら寒いから! まぁ怨霊がたくさんいるから安全ではあるんだけど、実際ひどい風邪引いたし、そのせいで火山攻略が三倍きつくなったし。
フランが心配そうに尋ねる。
「……ネネ様? 具合でも悪いのですか?」
「……ううん。ヤなこと思い出しちゃっただけ」
村の入り口でぼんやりしてしまっていた私は、ぶんぶんと頭を振ってトラウマを追い払った。一周目は一周目、今は今だ。
私は決意してる、今回は絶対野宿しない!……ちょっと志が低すぎるかな。
既に聞き込み作業は一周目で終わってるし、村の事情は分かってるから、私は速攻、村長の屋敷(っていうかテント?)に向かった。
「こんにちはっ! 火山を鎮めに来たんだけど!」
室内に入るなり用件を言うと、中に鎮座していた白髪白髭のおじいさんが目をぱちくりさせる。
「……は? なんと?」
「だーかーらー、火山を鎮めに来たんだってば。最近噴火が多くて大変でしょ? なんか便利な冒険者が来たらおつかい頼もうって思ってるんでしょ? それ私がやるから」
「お主のような小さな娘に、なにができるというのじゃ」
「なんでもできるよ? なんせ私、あんたたちよりボルカ山のこと詳しいからね。噴火ってのは実は村人や観光客を誤魔化すための嘘で、ホントはワイバーンが暴れてんでしょ? せっかくの観光客が離れるからなんとか退治しようとしてるけど、村の自警団はほぼ壊滅。傭兵や冒険者を送り込んでも全滅。途方に暮れてるんだよね?」
「な、なぜそこまで知っておる……」
村長はしわくちゃの口をぽかんと開けた。
「すごいです! ネネ様はなんでもご存じなのですね!」
フランは胸元に手を組んで目を輝かせている。
「ついでに、村長のあんたが総入れ歯だってことも知ってる」
「な、なぜそれを……」
「ネネ様はなんでもご存じ……!」
ネクロマンシーの里を飛び出して外の世界に興味津々だったから、行く先々で流れてくる噂は聞きまくってたし。村長本人は隠せているつもりだろうが、使用人たちにはバレバレだ。
「あんた、ホントはきちんとした歯でモノが食べたいんでしょ? まずは私の力を証明するために、治してあげる」
「できるのか!?」
「もっちろん! ただし治療するときはめちゃくちゃ痛いよ?」
「ふっ、ワシを見くびるな。これでも若い頃は火の村随一の戦士とモテはやされた身、多少の痛みなどまったく気にならな……」
「その言葉、ちゃんと聞いたからね!」
私は道すがら適当な魔物から引っこ抜いた歯を、可愛いポシェットから取り出すと、まとめて村長の顎にぶっ刺した!
「ぎいやああああああ!」
激痛に絶叫する村長!
「フラン、ちょっとそいつ静かにさせといて」
「はい」
フランは馬鹿力で無理やり村長の口を閉じる。村長は必死にもがくが、まぁ腕利き剣士の腕力に勝てるわけがない。
そのあいだに私はチーズベアーって魔物の血を触媒として村長に振りかけ、呪文を唱える。
「分かたれし命の欠片よ、汝が骨肉よ。天の理に逆らい、萌芽せよ。アグチ・ブド・ベドリエヌ!!」
死霊魔術による局所蘇生。
魔物の歯から歪な血管が生え、長老の顎に食い込み、そして融合して歯を定着させる。
「ほい! いいよ!」
私が言うと、フランが長老の顎から手を離した。
私は近くの手鏡を取って長老に渡す。
「歯が! 歯が! 三十年ぶりの真っ当な歯じゃああああっ!」
長老は腰を抜かした。
手鏡をうっとりと見つめ、嬉しそうに口をパクパクさせる。
うわー、すっごいギザギザ。ワニの化け物みたい。もうちょい人間に近い魔物の歯を植え込んだ方が良かったかなとも思うけど、本人が満足そうだからいっか。
「……お主の力は理解した。どうやら常人には理解できぬ秘術を操るらしい。じゃが、火山のヌシはとてつもなく手強いぞ?」
「いいから、山に入るための門だけ通して。私が死んじゃってもあんたに責任はないし。ただ、ワイバーンを倒したら、私がやったってきちんと発表すること。あんたの孫の手柄とかにしたら怒るからね?」
「……うむ。では、お主ら二人のことを門番に話しておこう。今夜は特別に宿を用意するゆえ、ゆっくり体を休めるがよい」
「やたっ!」
私はげんこつを握り締めて小躍りした。
一周目では勇者たちも普通の宿屋しか使えなかったけど、今回は村長の歯を治したから好感度が上がって特別扱いになったらしい。どうやら野宿はしなくて済みそうだ。
で、その晩の寝室。
おいしーごはんと気持ちいい温泉でほかほかになり、フランと二人きりになった私は、従順な使い魔に要求した。
「ちょっと脱いで」
「えっ……」
目を丸くするフラン。
「は、はい……もちろん、ネネ様がお望みなら、なんでもしますが……。でも私、そういうことしたことなくて……」
「そういうのじゃないから! あんたの体のメンテをしときたいの! 蘇生してしばらくは安定しないから、すぐ崩れちゃうかもだし」
「す、すみません、私、勘違いを……」
フランは顔を伏せて、もぞもぞと鎧と服を脱ぐ。私はフランをベッドにうつ伏せにならせて、その肌を観察する。
「ネネ様……恥ずかしいです……」
「恥ずかしがらないで! こっちも恥ずかしくなっちゃうでしょ!」
「はいぃ……」
「……うん。綺麗な肌。劣化も退化もしてないみたい。やっぱり私の死霊魔術は超一流だよね!」
我ながら満足。そしてこの子、私よりお肌すべすべかも。ずるい。
「もう服を着ても大丈夫ですか?」
「待って。ついでに、あんたの耐火性能を上げときたいんだよね。盾になってもらわなきゃだけど、ワイバーンの火炎は生身だとキツイから」
「耐火性能……?」
「いいから、あんたはじっとしてて」
私はすり鉢でゴーリゴーリと秘薬を作る。甲羅サルの甲羅に、業火エビの殻、地獄ローバの皮膚を砕いてマミーの唾液で溶いた魔法薬だ。アンデッドの体に塗れば、魔物の成分を融合させて皮膚を強化できる。
私は秘薬をハケにつけ、フランの上に仁王立ちでまたがった。びしょ濡れのハケで、フランの綺麗な背中をぺとぺとと。
「きゃわわわわわっ!? ネネ様!? つめたっ……くすぐったいですっ!」
「ガマンして! 全身塗らないと意味ないんだから!」
「うぅぅぅ」
フランは涙目で震えながらも、大人しく私に身を任せた。