滅びの村
結論。村は滅びてなんかいなかった。
村人、全員生きてた。魔物の影も形もなかった。牛がンモーって啼いて、羊がモソモソ草食べてる。村の人たちは畑仕事したり、川で洗濯したり、薪を割ったりしてる。超平和。
「嘘……あんな無茶苦茶に壊されてたのに……」
私は開いた口が塞がらない。一周目では、このオブザの村は全滅だったのだ。燃え尽きた家とか、血に浸された広場とかにおえっぷとなりながら、勇者パーティは村の様子を調べて回ったのだ。勇者も戦士も僧侶も「なんか金目の物はねーかなー?」「タンスに僧侶が使えそうな装備があったぞ」「ふふふ、田舎にしてはお洒落ねえ。夜の装備かしら?」なんて探索してたっけ。
「壊されてた? どういう意味ですか、ネネ様」
「……いや、なんでもない」
不思議そうな顔をするフランに、首を振る。
そっか、『まだ』滅びてないんだ。私は討伐隊と村が全滅したのは知ってたけど、魔物に襲われた順番は知らなかった。間一髪で、間に合ったってところだろうか。
「おーい、フラン! 無事だったんだね!」
恰幅のいいおばさんが、大っきなカゴにたくさんのパンを抱えてやって来る。
「ラシおばさん!」
フランは目を輝かせて、ラシという名のおばさんに駆け寄った。
「お帰り。怪我はないかい?」
「大丈夫です。怪我はしましたけど、こちらのネネ様が通りがかって救ってくれました」
「ほー、それはそれは。ヒーラーさんかい?」
ラシが私に尋ねてくる。
「うん……まあ、そんな感じ」
私は言葉を濁す。ネクロマンサーだなんて知られたら、めんどくさいことになりそうだ。私にとっても、アンデッドになったフランにとっても。
「そうかいそうかい、ありがとねえ。この子は無茶ばっかりするから、討伐隊のクエストに参加するって聞いたときはすごく心配したんだよ。良かったらこれ食べとくれ」
ラシはパンをカゴから取り出して渡してくる。パン大っきすぎ! 私の両腕で抱えるのが精一杯。こんなん持ってうろうろしろっての?
あ……でも、いい匂い。そういえば、昨夜は勇者たちからごはんをもらえないまま眠りに就いた晩だったんだ。
「この村、フランの故郷なの?」
ラシがパンの配達に立ち去ってから、私は訊いてみた。
「いえ。生まれたのも育ったのも、もっと遠い場所なんですが。この辺の傭兵として働くようになってから、お休みの日はオブザの村で過ごしています。みんな優しくて、ラシおばさんはお母さんみたいに世話を焼いてくれて……第二の故郷みたいな、感じです。おばさんが無事で良かった……」
「……そか」
私、あの人が死んで道端に転がってるの、見たことあるんだよね。今より未来の時間、私にとっては過去。
「でも、魔物はいませんし、この村は大丈夫みたいですね。様子見に寄っていただいてすみません。おかげで安心しました」
「いやぁ……安心するのは早いんじゃないかなぁ……」
「え?」
騒々しい唸り声が、村の方へと近づいてきた。ブラッドホース、火炎牛、双頭ウルフ。血に飢えた魔物の軍勢が、地響きを立てて突進してくる。あんなの、並大抵の傭兵団じゃ倒せない。一匹一匹はCクラスのモンスターだけど、数が多すぎる。
悲鳴に包まれる村。住民たちは死に物狂いで家に飛び込む。だけど、私はそれが無駄だということを知っている。一周目のオブザの村は、建物もとことん壊されて、中身が引きずり出されていたから。
「……ネネ様。申し訳ありません。もう少しだけ、時間をください」
フランが剣を抜いて、柄を固く握り締めた。
「一人でやる気? 討伐隊も全滅したのに」
「大切な場所ですから」
「勝てないよ」
「そうかもしれません」
「もう蘇らせてやんないよ?」
「はい」
私が言っても、フランは逃げようとしない。本当にすごい子。私だって二度も死ぬのは真っ平ごめんなのに。
「仕方ないな。手伝ってあげるよ。この村のためなんかじゃないからね。便利な手駒をなくすのはイヤだから」
「ネネ様……!」
「その代わり、しっかり前衛を務めて。10分持ちこたえれば、私が全部潰すから」
「はいっ!!」
咆哮を上げて攻め寄せてくる魔物の軍勢。
フランが剣を薙ぎ、次々と双頭ウルフをぶった切っていく。破壊力も反応速度も問題ない。反魂の術は成功している。
私は怨霊を喚び出し、魔物たちに飛びかからせる。呪いを身に受けた魔物は体に紋様が浮き出して、苦しみながら死んでいく。
フランが前衛を担当しているのとは反対方向から、双頭ウルフが私に突進してきた。私は怨霊で呪殺しようとするが、間に合わない。
そのとき、フランが電光石火の速度で私の前に飛び込んできて、あいだに立ち塞がった。華々しい音を鳴らして剣でガード。ガリガリと刃をかじる双頭ウルフを、冷え切った瞳で見据える。
「……ネネ様に、触れないで」
一刀両断。双頭ウルフは牙と顎ごと切り裂かれる。
なにこれ、すごく戦いやすい! フランは勇者たちと違って、ちゃんと私が詠唱に集中できるようカバーしてくれている。それこそ、自分の身を犠牲にしても。
次々と魔物の死体が増えていき、準備完了。そろそろ始めますか!
私は人喰コウモリの血が入ったシリンダーを懐から取り出すと、戦場に血を振りまき、呪文を唱える。
「刻は来た。数多の死者の覚醒の刻なり。呪怨の饗宴なり。我が誘いに応え、戦え、殺し合え。サルド・ベス・エンデクダ!!」
霞となって散らばる血潮に呪いが乗せられ、死体に降りかかり、侵食する。
起き上がる、魔物たちの死体の群れ。
真っ黒に淀んだ眼をぎらつかせ、生きていた頃の仲間たち――魔物たちに襲いかかる。
死体に噛まれた魔物は地面に倒れて痙攣するが、すぐにアンデッドになって起き上がり、生きている魔物に襲いかかっていく。殺戮の無限連鎖。血で血を洗い、空間を血で染める地獄。
「あはっ! 踊れ踊れ踊れえ~っ!! 死体の宴だーっ!!」
私は両腕を掲げ、ドレスの袖をなびかせて、戦場で死体と舞う。冥界神オシリスに捧げる神楽で呪いを増幅し、同士討ちを加速させる。
生者よりも死者が増え、村の屋外は死体蠢く葬送場と化す。
私がつま先で立ってくるくると回転し、止まって両手をぱんと鳴らすと、死体たちが一斉に倒れ伏した。
無事に立っているのは、私とフランの二人だけ。
「す……ごい………………」
フランは目を見開いている。
「これで満足?」
「は、はい……」
さてさて、さくっと退散しますか。本当はもうちょい地味に戦うつもりだったんだけど、敵が多すぎたから派手な死霊魔術を使うしかなかった。
これじゃさすがに私がネクロマンサーだってことバレちゃったし、村人たちも怖くて仕方ないだろう。
みんなから後ろ指をさされるのは慣れてる。石を投げられる前に、自分から出て行った方が嫌な思いをしなくていい。
だけど。
あちこちの家から村人が出てきて、周りを取り囲む。
「すごいじゃないか、嬢ちゃん!」「助かったよ!」「アンタは村の英雄だ!」「かっこよすぎるぜ!」「おねーちゃん、ありがとー!!」
一周目は救えなかった村人たちが、ちゃんと生きていて、私のことを褒めている。もしかして、二周目ならもっと上手く世界を救えちゃうの? 勇者たちが救えなかった人も、たくさん。
……なにこれ。こんなんおかしいでしょ。私はただ復讐したくて二年前まで戻っただけなのに。
「あ……えっと……私、疲れてるから! じゃあね!!」
歓喜する村人たちを振り切って、私は村から逃げ出した。貶されるのは慣れてるけど、認められるのは慣れない。どう反応したらいいのか分かんないよ。
追いかけてきたフランが隣に並んだ。目をきらきらさせて私を見つめる。
「本当にありがとうございます。ネネ様は素晴らしいお方です。私……ネネ様のためなら喜んで死ねます」
「いやあんたもう死んでんだけどさ」
つーか、この子には理解してもらっとかないといけない。私が別に善人じゃないってこと。そうでなきゃ、後々めんどいことになりそうな気がする。
「あのね、私の目的を話しておくね。私は勇者のパーティに恨みがあるの。だから復讐のために旅をするつもりなの。先回りしてあいつらの代わりに世界を救って、私は出世して、勇者たちをどん底まで突き落としてやる予定なの。あんたはその陰謀に悪用されるの。OK?」
「つまり……ネネ様は世界を救うために頑張っていると。尊敬します」
この子、私の話の綺麗なとこしか聞いてない! そんなんじゃないから! 私はもっとドロドロした怨念で動いてるから!
「あぁ……もう……。疲れる!」
私はため息をついて地面にしゃがみ込んだ。
ていうか、ホントに疲れてる。魂を二年後から送り込んで、徹夜でフラン復活の儀式をして、その後はフランに付き合ってオブザの村まで歩いて大きな死霊魔術使って。へとへとだ。
そんな弱音吐いたら使い魔から舐められる(みんなのために頑張ってくださったんですね! 神様です!とか)から、口が裂けても言えないけど。
「じゃあ、私が運びます!」
フランはひょいっと私を抱え上げた。軽々と、お姫様抱っこで。
「ちょっ! なにしてんの! 恥ずかしいから! 恥ずかしいってば!」
「大丈夫です。私はネネ様の馬ですから! 好きに使ってください!」
じたばたする私には構わず、フランは街道を元気に駆けていった。
【勇者サイド】
その頃、勇者パーティは。
「どんだけ支払いを溜めてるんだい!」「金返せ!」「王様のお気に入りだかなんだか知らないけど、もう無理だ!」「出てってくれ!」
歯止めなしの散財が災いして、街から叩き出されていた。
勇者の女遊びに、戦士のバカ食い、僧侶のショッピング。勇者の威光で全部ツケにしておいたが、あまりにも莫大な額に達し、住民たちも痺れを切らしたのである。
「ったく、魔王のせいで魔物湧きまくってるから、すぐあの街も襲われて報酬たっぷり、いいカネになると思ったのによー!」
勇者はぼやきながら、かーぺっと街に向かって唾を吐く。
「あらぁ~、『魔王のおかげ』の間違いじゃないかしら? 私たちが甘い汁吸えてるのは、魔物がたくさんいるからなんだしぃ」
僧侶はちゃっかり宿屋から持ち出した洋服や鞄を山と抱え、未練がましく街を眺める。
「勇者に牙剥くなど、不届きな連中だ。半殺しにしてくるか」
戦士は分厚い手の関節を鳴らしている。
勇者たちはまだ気付いていなかった。
彼らの栄光の運命が今、音を立てて崩れ始めたことに。
時を超えて復讐に現れた、ネクロマンサーの少女の手によって。