静謐
「ネネ様……ネネ様……」
ためらいがちにそっと揺さぶるフランの声で、私は目を覚ました。
「ふぁ……? もう夜……?」
口の端から垂れていたよだれをぬぐい、ベッドに身を起こす。
ベッドのそばには、フランが抜き身の聖剣デュランダルを握って控えていた。やたらと警戒して窓の外に視線をやっている。
「昼です」
「だったら寝る!」
私はベッドに倒れた。昨夜は一晩中ポルターガイストと戦っていたからバテバテ。この年でお肌の調子が悪くなったら冗談じゃない。
「待ってくださいネネ様! 町の様子がおかしいんです! 人の気配がまったく……」
「この町はずっと様子がおかしいよー。だって呪われてるんだからーむにゃむにゃ」
「ネネ様!」
「いいから寝よ? ほら、フランもおいで?」
ぼーっとした意識の中、私は猫を毛布に入れるときみたいに毛布を持ち上げて招く。
「くっ……ご、ご主人様とご一緒できるのは光栄ですが……でも町が……」
ほっぺたを赤くして震えるフラン。
なんか妙に照れてるみたいだけど知らないし、町がどうなろうと今は知ったこっちゃない。とにかく私は眠いのだ。
「おいでってば」
「…………はい」
フランは諦めて毛布に潜り込んだ。完全勝利!
で、次に目を覚ましたときには夕暮れで。
私はフランの抱き枕にされていた。
ぶっちゃけ昼のことはほとんど覚えてないから、ぎょっとする。
近い近い近い! 唇がくっつきそうなくらい近くにフランの綺麗な顔があって、やたらぎゅううううって抱き締められてるし、長い脚が絡みついている。
「なにしてんのあんたは――――――――――――!!」
「……え? ネネ様と同衾ですが」
「同衾ってゆーな!」
「ネネ様が誘ったんじゃないですか。あの誘い方はずるいです。悪女です」
「私はサラみたいな淫乱じゃなーい!!」
一瞬で意識が覚醒し、フランの腕の中から抜け出す。
フランから飛び退いて、ぜーはーと息。
危ない危ない。寝起きが悪いのは昔からだし、ぼーっとしてるとなにするか分からないのもしょっちゅうなんだけど、今後は気をつけないと。知らないうちに自分の使い魔とそーゆー関係になってしまったら取り返しがつかない。
外の風でほっぺたの熱を冷まそうと窓際に寄った私は、違和感を覚える。
「なにこれ……? 町が……すごく静か……」
「昼間はそれをご報告したかったんです。ネネ様のおそばは離れられませんから、確認はできなかったのですが……窓から見る限り、住民の姿がまったくなくて」
姿がないどころじゃない。
騒がしかった昨夜とは反対に、町長の屋敷の中からも、町からも、一切の物音が消えている。
まるで……すべての住民が死に絶えてしまったかのように。




