二周目
「あうぅぅぅぅ……私の人生計画がああああ……」
私は路地裏で縮こまり、頭を抱えて震えた。
服はびしょ濡れ、お腹はぺこぺこ。ごはん食べたいし、あったかいお布団で寝たいけど、宿に泊まるお金なんてあるわけもない。
路頭に迷った十四歳の一美少女に、世間の風はとことん冷たかった。
一人じゃギルドのクエストなんて受けられないし、新しいパーティに入ろうとしてもジョブがネクロマンサーだと知ったらみんなそっぽを向く。
ネクロマンシーの里が閉鎖的なせいもあるけど、やっぱりネクロマンサーに対する社会の偏見は凄まじいのだ。
だから、本当なら里を出るべきじゃなかったんだけど……仕方ないじゃん! 勇者たちから「これは世界を救う最高の使命だ」ってきらきらした目で語られたらさ……信じちゃうじゃん! あんな外道な連中だなんて、表づらから分かるわけもない。
だから、私は勇者パーティに賭けて里を出た。里での未来はなくすけど、世界を救えばその後の人生も恩給とかで生きていけるし、なんかこう勇者パーティの実績であちこちの国の大臣とかになれるだろうし? そういう人生計画だったのだ。
なのに、結果は惨敗。
里には帰れないし、外の世界では生きていく方法ないし、もう詰んだ。ゲームオーバー。
おのれ勇者め、次はドラゴンにでも転生してぶっ殺してやる! なんて思っていても仕方なくて。ひょっとしたらミジンコに転生して終わりかもしれないし。体は冷たくなってくるし。雨はざんざか降ってくるし。
「……このまま死ぬのは、絶対やだ」
私はこわばってくる唇でつぶやいた。
勇者たちへの復讐。そして栄光の人生。なになんでもすべて手に入れなければ気が済まない。死んでも死にきれないし怨霊になっちゃう。
決めた。里では禁術とされている最凶の死霊魔術で、全部やり直してやる。その名も、反魂の術(セーブ&ロード)。魂に負担がかかるから一度しか使えないし、世界に矛盾が発生して世界崩壊に繋がる可能性もあるから超やばい術だけど、そんなん知るか。
私は懐に隠しておいたシリンダーを取り出すと、中にぎらつく紫色の毒液を煽った。肉体的死と同時に魂が死神に回収されてしまわないようにするための魔導具だ。普段はこれで魔物から怨霊を作って使役するんだけど、自分に使うなんて思わなかったな。
あ、イイ感じに効いてきた効いてきた。速攻で死ねそう。私は空中に死霊魔術の紋様を描き、印を結ぶ。そんでもって最後の力を振り絞り、禁呪の呪文を唱える。
「螺旋の回廊よ、いと高き王権の理を顕し、我らが森羅の掟に背きて、新たなる運命を紡ぎたまえ! エリ・ブラドマ・デレクロウズ!!」
そして私は真っ紫な血反吐を吐いて死んだ。
目が覚めると、私は宿屋のベッドで寝転がっていた。
すぐさま荷袋の前にジャンプし、日記を確認する。
大丈夫、間違いない。ここはアドルムードの街の宿屋。狙った通り、二年前の自分の脳に魂を飛ばした。まあ二年後の私の体は死んじゃってるんだけど、こっから進むルートを上手くなんとかすれば同じ運命にはならない。なんせ二周目だからね、今度のゲームは失敗しない。
私は寝間着からネクロマンサーの正装に着替えて、さくっと荷物をまとめると、夜の廊下に出た。書き置きなんてめんどくさいモノは用意しない。
時期としては、勇者パーティに参加して数ヶ月、まだ旅の序盤といったところ。勇者たちが私の圧倒的な(圧倒的な!)戦闘力に依存していた頃だから、なぜ私が出て行くのか分からないだろう。
まずは軍資金が必要だ。前回みたいにお金がなくてゲームオーバーなんて洒落にならない。
私は僧侶の部屋に忍び込んで、パーティの貯金を四分の一頂いた。主に私が頑張って稼いだお金なのに、いつも勇者と戦士の酒代やら僧侶の化粧品代やらに消えて、私にはほとんど回ってこなかったのだ。このくらい退職金にもらってもバチは当たらないよね。
私が僧侶の部屋を出ると、ちょうど廊下の向こうから歩いてくる僧侶に遭遇した。忍び込んでるところを見られたかと私は緊張する。
「あらぁ、ネネったらまだ起きてたのぉ? お子ちゃまはもうおねんねの時間よぉ?」
なんて艶っぽくささやく僧侶のサーラは、僧侶の服は着てないし、透け透けの下着姿で肩紐がずれてる。赤い頬でとろんとした顔をしている。
あんた今、勇者の部屋の方から来たよね!? 夜中に怪しい声が勇者の部屋からよく聞こえてたのそれか! なんだろうなーっては思ってたけど、分かんなかったよ! 十四歳だし! あー今は十二歳か!
「知らない。ていうか私、今日でパーティ抜けるから」
「……は?」
僧侶はぽかんとした。
そこへ、後を追うようにして勇者も部屋から出てくる。やっぱり半裸。せめて下は穿け! セクハラか!!
「どうしたんだ?」
「なんか、ネネがパーティ抜けるって言うのよぉ」
「はぁ? こんな深夜に何くだらないことを。メシなら食わせてやってるだろ」
そのメシだけでひたすらこき使われてるんですけどね! しかも私だけいつも一番安いメニューだし、しょっちゅう宿に置き去りにされて他の三人でご馳走行っちゃうし。
「まあ、とりあえず話を聞こうじゃないか。俺の部屋に来ないか? 不満があるならじっくり三人で話した方がいいしさ……ひひ」
「そうねえ……話せば分かるわよぉ……一晩じっくり、ね?」
勇者と僧侶がにじり寄ってきて、私は後じさる。よく分かんないけど、こいつら話す気まったくない! 私に取り返しのつかないことする気だ。つくづく外道すぎる。勇者が私の肩に置いた毛むくじゃらの手が気持ち悪い。怨霊の軍団喚び出して大掃除したい。
だけど、ダメだ。勇者たちをぶっ殺したぐらいじゃ私の復讐にはならない。そもそもこんなとこで勇者を殺したって、私の人生はお先真っ暗だ。まずは実績。実績を作らないと。
だから、私はぐっと堪えて。
「死ねええええええええええっ!!!!」
「ぐほおおっ!?」
勇者の顔面に渾身のパンチを叩き込んだ。
私の腕力じゃたいしたダメージないだろうけど、従順な飼い犬の突然の反逆行為にびっくりしたのか、勇者は鼻血を吹いて尻餅を突く。
「俺様を殴った!? 股も開かないキモいネクロマンサーごときが、勇者の俺様に逆らうだと!? つーかなんで怒ってんだよ! てめえのパンツ何枚かもらったのに気付いたのか!? 飼いたがってたケルベロス邪魔だからこっそり殺したのが悪かったのか!?」
「勇者サマってとことん外道よねえ。そんなとこも救済しがいがあって好きだけど、くすくす」
「おい待てネネえっ! 待ちやがれ! 犯すぞ!!」
勇者の怒声には構わず、私は宿屋を全速力で飛び出した。
本当に最低な奴ら。人生めちゃくちゃにされる前にパーティを抜けられて良かった。いや、一回は追放されてめちゃくちゃにされて人生終わってるんだけど。あんな連中に昔は憧れていたってのが信じられない。自分がバカすぎて情けなくなるけど、今度こそ間違えないよう再スタートせねば。
私はこぼれそうになる涙を手の甲でぐしぐしと拭き、唇を噛んで夜空を睨む。
「さーて、それじゃあまずは死体集めに行きましょうかねー!」
私の野望を実現させるために。
勇者に復讐を! 私の人生に栄光を!
次回からパートナーの女の子も登場します。
今日は多めに更新したいと思っておりますので、
どうぞよろしくお願いいたします!