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吸血貴族の館・3

 待ち伏せしていたかのように突然現れた吸血貴族を、私は睨みつける。


「なるほどね、大歓迎ってわけ? まさかここまで私一人のために準備してくれてるなんてね」


「当然だ。我らが魔族は実力主義の世界。たとえ小さな娘であろうとも、力ある者には最大の敬意を払う」


「えっ? えっ?」


 ほくそ笑む吸血貴族と私の顔を見比べ、フランが戸惑う。


 吸血貴族は両腕を優雅に広げた。


「そしてネネ……いいや、ネネちゃん! 貴様は我が輩の目に適った! その胆力、その魔力、恐るべき策略……すべてが我が輩の下僕にふさわしい! 我が輩はここに宣言しよう。必ずやネネちゃんを我が輩の足元にひざまずかせ、愛しき人形として服従させると!」


「誰がひざまずくかあっ!!」


 ぞわぞわと悪寒。


 吸血貴族に名前を知られていたのはもちろんだけど、『ネネちゃん』と呼ばれるなんて、怖いにも程がある。キザな頬髭をいじりながらねっとりした視線を向けてくるのがキモチワルイ。


「ネネ様が可愛いのは認めますが……お人形にしたいのも分かりますが……魔族の手に渡すのを認めるわけにはいきませんっ!!」


「あんたも何言ってんの!?」


 宝剣デュランダルを抜刀したフランが、私の前に盾として立ちはだかる。


 吸血貴族は嗤った。


「生きがいい乙女は嫌いではないが、死体には興味がない。アンデッドごときが我が輩の力に勝てるとでも思っているのかね……?」


 宙に差し出した吸血鬼の手、その長い爪の先から赤い雫がこぼれ、次々と浮かび上がって、空中に線を描いていく。禍々しくきらめく朱。


「あれは……?」


 フランが警戒した。


「あれが吸血鬼の武器だよ。ブラッドインフェルノ――血魔術。自分の体の中にある血を自由に操って、敵を切り裂くの」


「その通り! そして我が輩は、先程食事を済ませたばかり。死体に成り得る存在を処理するため、手早く乙女たちの生き血を吸わねばならなかったのでな。少々もったいなかったが……おかげで力が満ち溢れている」


 吸血貴族の周りに、血の鎖が幾重にも広がっていく。風を切り、凄まじい速度で私の方へ飛びかかってくる。


「ネネ様!!」


「ちょっと……!」


 止める暇もなく、フランが私の前で剣を振りかざして血の鎖を叩き切った。が、飛び散った血はすぐに再び鎖を成すと、収束してフランに襲いかかる。


「……ッ!?」


 フランの左腕が真っ二つになった。フランは左腕を放置し、私の体を抱え上げて、さらなる血の攻撃から逃走する。なにがなんだか分かっていないようだが、熟練の戦士だけあって危機察知能力は高いらしい。


「ブラッドインフェルノは通常攻撃じゃ破壊できないの! やるなら本体をやらないと!」


「そんな……あれでは近づけません!」


 既に血の鎖は、吸血貴族の周りで大量に渦を作っていた。接近したが最後、総攻撃を受けて私とフランの体は切り刻まれるだろう。

 かといって、扉からは出られない。窓も吸血貴族が立ち塞がっていて近寄れない。


「ははははは! さあ、逃げろ逃げろ逃げろ! 乙女の愛らしい悲鳴ほど、我が食欲をそそるものはないのだ!」


 哄笑する吸血貴族。


 嵐のように襲い来るブラッドインフェルノ。


 私とフランは必死に逃げ惑い、床を転がり、壁に叩きつけられ、それでも起き上がって走る。


 そして、いつの間にか。


 私たちは部屋の隅に追い込まれてしまっていた。


 辺りを取り囲むのは、何十という血の鎖。それぞれが妖しく蠢き、私とフランを狙って揺れている。


「はあ……はあ……はあ……」


 肩で息をするフラン。幾度も私をかばったせいで、その体は傷だらけだ。


「さてさて、もう逃げ場はないようだ。終わりにしようじゃないか」


 吸血貴族が勝利を確信して笑う。


「うん……そうだね」


「ネネ様!? 諦めては駄目です! たとえこの身が灰になっても、ネネ様だけはお守りします!」


 フランが無我夢中で私を抱きすくめる。


「無駄だ! 我が血に貫かれて慟哭するがよい!」


 吸血貴族が腕を振り下ろし、血の鎖で私たちを引き裂こうとした。


「…………っ!!」


 フランが身を凍りつかせる。


 だけど。


 血の鎖はまったく吸血貴族の命令に従って動こうとはしない。


 いつまで経っても私たちに襲いかかってこない。


「なんだ……? なぜ操れない……? なにが起きている……?」


 吸血貴族が困惑した。


 私はフランの腕から抜け出し、ふふんと胸を張る。


「残念! あんたのブラッドインフェルノはもう、私が乗っ取っちゃったから!」


「乗っ取った……? どういう、ことだ……?」


「気付いてなかったの? 私が部屋を逃げ回りながら、至るところに死霊魔術を仕掛けていたの。なんの策もないとでも思ってたの?」


「死霊魔術など仕掛けても、意味はないはずだ……。この館からは死霊魔術で操れる死体も死霊もすべて排除している……」


「あーもー、そこまで教えてあげないと分かんないのかなぁ? 死体っていうのは、死んだ人間のパーツでしょ? 別に全身じゃなくてもいい、手足じゃなくてもいい、しょーじき元が人間ならなんだっていい……」


「ま、まさか!?」


 吸血貴族が血の鎖を見回し、愕然と目を剥く。


 私は袖で口元を押さえ、くふふと笑う。


「そ。体の外に出て死んでしまった血、それがこの部屋にはいっぱいある。壁にも床にもたくさんついてる。そこに死霊魔術をかけて、血の鎖にまで侵食させた。ついでにあんたは食事を済ませたばかり……つまり、あんたの体の中には、私が操れる『死んだ血』が大量にある……」


 逃げ回っていたのは、身を守るためじゃない。


 部屋に死霊魔術の場を形成して、攻めるため。


「はは……はははははは……これほどまでとはな……。実力者だと認めていたはずだったが……我が輩はやはりどこか貴様を舐めていたようだ……」


 吸血貴族が、絶望に満ちた顔でつぶやく。


 私は床の血だまりを踏み、宙に最後の印を結んだ。


「自らの血で葬送されなさい、化生の者!!」


「ぐがあああああああああっ!!!!」


 部屋に存在するおびただしい血が吸血貴族を目指して収束する。


 空中に浮かぶ血の鎖が旋回し、吸血貴族を貫く。


 吸血貴族の体内の血が、犠牲者たちの叫びが、外部に向かって爆発する。


 木っ端微塵に砕ける、吸血貴族。


 その衝撃波がステンドグラスを破裂させ、私の体が宙に放り出される。


 フランが私の体を抱き締め、クッションになって庭に墜落する。


「ネネ様……大丈夫ですか……?」


「う、うん、なんとかね」


 戦士のくせに意外と弾力性があるのだ、この子は。年が違うから仕方ないけど、ぺたんこな自分と比べてちょっと悔しくなる。


 瘴気を放っていた主が消えたせいで、館からは魔族の呪いが解けていた。


 黒雲が失せた空は青く、小鳥なんかがさえずりながら飛んでいる。


 眷族のモンスターたちも溶け去り、キノコだらけだった庭に緑が広がっていく。それはまるで、死んでいた館が復活していくかのよう。


 ちょん切られたフランの左腕を探してつけなおしてあげていると、森の方から貧しい身なりの人たちが歩いてきた。近くの村の住民だろう。


 普通に貴族の館っぽい廃墟、蘇った庭園を見て、目を見張る。


「こんな綺麗な場所があったんじゃのう」「今度、かかあ連れてピクニックに来るでな」「ええのう、ええのう」「この花を娘の土産にしようかねえ」


 なんて、呑気に笑い合っている。


 まったく、みんな分かってない。全然分かってない。私はため息をついた。


「あーあ、せっかくいい雰囲気の場所だったのに。こんなキラキラした感じになっちゃったら、引退した後の別荘には使えないよ」


「でも皆さん、喜んでますよ! もうナルドの街も襲われなくて済みますし、吸血鬼に女の人がさらわれることもありません! 全部、ネネ様のおかげです!」


「あー、はいはい。よかったねー」


「良かったです! ネネ様は素晴らしいお方です!」


 フランの瞳もキラキラしている。困ったことに、こっちのキラキラはあんまり嫌いじゃないんだよね。


「じゃー、そろそろ帰るよ。だいぶ時間無駄にしちゃったから、次の街に急がないと」


「はいっ! 僭越ながら抱っこさせていただきます!」


「ふにゃっ!? なんでよ!?」


「ネネ様がお疲れだからです!」


「そんな疲れてないし!」


「ネネ様が可愛いからです!」


「かわいくなーいっ!!」


 私はじたばたするが、フランはにこにこしながら私を抱きすくめ、陽光きらめく森の中を駆けていった。

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他にも百合ファンタジー書いています! 『十歳の最強魔導師』
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