吸血貴族の館・2
三十分くらい部屋をさまよったあげく、テラードールはのろのろと部屋を出て行った。
「はあ~っ。やーっと行ってくれたー」
私は棺の中で脱力して、大きくため息をついた。
「さー、行くよフラン!」
「…………………………」
「……フラン?」
「……すやすや」
「フーラーンっ!!」
私は居眠りしているフランのほっぺたをぺちぺち叩いた。
フランがはっと目を覚ます。
「も、申し訳ありませんネネ様! なんだかこの棺の中、やけに居心地が良いもので……」
「そりゃそうだよね!」
アンデッドの本能だ。そもそも本来は、フランはこういう場所で永眠しているはずなのだから。
私とフランは棺の並んだ部屋を出ると、人目(魔物目)を避けながら館の中を進んだ。
通路には歩行鎧やダークスライム、吸血コウモリなどの魔物がうようよしているけど、一周目で巡回ルートを知っているから問題ない。さくっと最上階まで登り、館の主の部屋の前までたどり着く。
豪華な扉をフランが馬鹿力で押し開け、私は吸血貴族の部屋に入った。
私たちの後ろで、扉が閉じる。
室内には、立派な執務机がステンドグラスの窓際に据えられていた。机の前、部屋の真ん中には、十二の寝台が放射状に置かれている。
「このベッド……なんでしょう?」
フランが首を傾げた。
「吸血貴族がさらってきた乙女を並べとく場所だよ。仮死状態にしといて、飲みたいときに血を飲むの。普通の人間でいうところの、ワインセラーみたいな感じ?」
「なんで非道な! 幸い、今は被害者がいないようですね!」
「う、うん……」
おかしい。一周目では結構強そうな死体も幾つかあったはずなのに。それに戦わせるのを当てにしてここまで忍び込んだのに。
……あれ? そういえば、館の中にも、今回はまったく死体を見かけなかった。棺にも死体は入っていなかった。
死体だけじゃない、怨霊の一体も、アンデッド属性の魔物が一切いない。吸血鬼はアンデッドと仲が良いはずなのに、これはどう考えても異常。闇の眷族の屋敷が――恐ろしく霊的に清浄な場、それこそ神殿レベルに潔癖なフィールドになってしまっている。
「まさか……!?」
「どうしたんですか、ネネ様!?」
私は入り口の扉を開けようとするが、鍵がしっかり閉まっていて開かない。扉は押しても引いてもびくともしない。
「ああもうっ、はめられたっ!!」
地団駄を踏む私の背後で、不敵な笑い声が響き渡る。
「くくく……はははは! よく来たな、ネクロマンサーの娘よ! 我が屋敷へようこそ!」
闇の中から亡霊のように現れ、ステンドグラスから射し込む月光を浴びて笑うのは、この館の主。
吸血貴族だった。




