吸血貴族の館・1
吸血貴族の館は、ナルドの街から谷間の道を抜け、鬱蒼とした森を進んだ先にあった。
魔族の昏い瘴気の影響を受けて、周りの木々はすっかり枯れきってしまっている。地面には変な色のキノコが生えていて、骸骨があちこち転がっていて、昼間なのに真っ暗な空には黒死鳥がギャァギャァ鳴きながら飛んでいて、いい雰囲気。
ネクロマンシーの里にどこか似ているし、こういう場所なら安心して暮らせそう。世界を救った暁には、こんなとこに定住するのもアリかも。
館の正面玄関には、外敵察知用の感知魔術の術式が大量に設置され、紫の魔法陣が輝いていた。
ついでに筋肉団子みたいにムキムキのボブゴブリンが、棍棒を握って門番をしている。両目を大っきな釘で潰されて首輪をつけられ、番犬みたく庭に繋がれていた。
「手強そうな敵ですね……仕掛けますか?」
一緒に草藪に身を潜めたフランが、宝剣デュランダルの柄に手を添えて尋ねた。もう戦闘モードに入っているのか、綺麗な瞳が赤く輝いている。
「ううん、正面からは行かないよ。ボブゴブリンくらいは楽に倒せるけど、警報が鳴ったらめんどいことになるから。屋敷中の眷族がぶわーって湧いてきて、吸血貴族捜しどころじゃなくなっちゃう」
「なるほど……さすがはネネ様です!」
デュランダルから手を離すフラン。素直で助かる。
一周目では勇者たちが「はぁ? 裏道を探す? んなかったるいことやってられるかよ!」「あのくらいの感知魔術なら解除できると思うわぁ」「正面から行かず卑劣な手を使うなど戦士の風上にも置けんわガハハ」とか反対して、意気揚々と警報を鳴らして館の中を逃げ回って、ホントに大変だったのだ。二度と吸血コウモリに全身噛みつかれて血を吸いまくられるのはイヤだ。
「えっとね……確かこの辺りに……」
私は岩陰に転がっている鋼の頭蓋骨を見つけ、遠慮なく引っ張った。すると、ゴゴゴゴゴと騒がしい音がして岩が動き、地下への階段が現れる。
「こんなところに隠し通路が……!」
目を見張るフラン。
「さー行くよっ! 一応隠し通路にも魔物がうろうろしてるから、気を引き締めてね!」
私はフランを連れて階段を降りていく。背後で岩が再び動き、入り口が閉じた。もう後戻りはできない。微かに射し込んでいた月光も失せ、私は人魂を喚び出して足元を照らす。
天井からは水が滴り落ちていて、床は湿っている。
「滑りやすいから気をつけてね……ひゃっ!?」
「ネネ様!?」
言わんこっちゃなく足を滑らせる私を、フランがすかさずキャッチしてくれた。頼もしい胸がふにゅっと私の頭を包み、衝撃を吸収する。
「大丈夫ですか!?」
「あ、う、うん。こういうことになるから気をつけなよー?」
恥ずかしくてほっぺたが熱くなる。自分が滑ってちゃ主として示しがつかない。ていうかこの子、なんでこんなに安定感あるの? ずるい。
私とフランは地下通路を抜け、天井の板を外して屋敷の廊下に出た。
と、少し離れたところから、フシューフシューと変な声が聞こえてくる。生臭いニオイ、湿った足音。
見れば、ほとんど液状になったテラードールが、餌食を求めて歩いてきていた。というより徘徊していた。
グロテスクな歩く人形。知性はないタイプだけど、ああいうのは仲間をどんどん呼ぶからややこしい。しかもどんどん分裂して増える。わざわざこっそり乗り込んだのに、今気付かれるのは意味がない。
「こっち来て!」
「はい!」
私はフランの手を引っ張って、手近の部屋に飛び込んだ。ずらりと並んだ棺の一つをフランがこじ開け、一緒に潜り込んで蓋をする。
「ちょっと……狭いですね……」
「一人用なのに二人いるしね……」
テラードールが禍々しい吐息を漏らしながら、棺の部屋に入ってきた。
フシューフシュー、ぐぎょぎょぎょぎょ……と変な鳴き声を漏らしながら、私たちの隠れている棺の周りを嗅ぎ回る。
私とフランは棺の中でじっと息を潜めた。