追放
「今日でうちのパーティを出て行け。迷惑だ」
勇者のブリギスから宣告されたとき、私は耳を疑った。
「迷惑? どういうこと? 私、ちゃんとパーティの役に立ってるよね?」
「立ってねえ! この前の戦闘も酷かった! 俺たちが必死に前を守っているあいだ、なにもせずぼーっと眺めてて。せめて回復魔法を使え」
「仕方ないじゃん! 私、ネクロマンサーなんだから! 死霊魔術以外は使えないし! パーティ入るとき、ちゃんと言ったじゃん! 先にみんなが敵を一体でも倒してくれればそれを操って戦えるの!」
勇者は苦い顔をする。
「できないできない言うのは、ただの言い訳だ。他の魔術が使えるよう、努力してみたか? 自分の限界を超えようとしてみたか? もしかしたらできるかもしれないだろ」
「だーかーらー、無理だってば! ネクロマンサーは死霊魔術の神オシリスと契約してるの! オシリスってばめちゃくちゃ嫉妬深い女神サマだから、他の魔術の根源に浮気しようとしたら呪い殺されるの!」
私がきちんと事情を説明していると、僧侶のサーラが口を挟む。媚びまくった流し目を勇者にくれ、体をくねらせるようにしてささやく。
「勇者サマ~、はっきり言ってやればいいじゃないですか~。ネクロマンサーなんてぶっちゃけ気持ち悪いって~」
「……は?」
私は体を凍りつかせた。
勇者は舌打ちして肩をすくめる。
「まあ、簡単に言うとそういうことだ。最初は戦力が足りなかったから仕方なく使ってやっていたが、ネクロマンサーなんかが俺のパーティにいると気色が悪い。イメージも悪い。民衆の光になるべき俺たちが、死体をごそごそやっているなんて許されないだろ?」
「仕方なく使ってたって、なにそれ! 私、勇者のパーティに勧誘されたから村飛び出してきたんですけど! 今さら戻れないんですけど! パーティ追い出されたらどうしたらいいのさ!?」
ネクロマンシーの里は、禁忌の里。俗人とは関わることも、俗人の社会に出ることも許されていない。つまり私は掟破りのじゃじゃ馬娘。帰ったら処刑されてオシリスへの生贄にされるのがオチだ。
「お前の将来なんて知らん。自己改造の努力を怠ったのが悪いんだ。まったく、禁忌の一族だから魔力はすごいだろうと思ったのに、火炎魔術さえ使えるようにならないんじゃ話にならん」
「自己改造、自己改造、自己改造! これだから体育会系は! 頑張ればなんでもできると思うな! あんた、ちょんぎって女になれる!? なれないよね!? なったら認めてやるけど!」
「その喋り方もだ! もう少し女らしくできないのか! 俺はもっと従順でおしとやかな女が好きなんだ。……顔だけはイイのにもったいねえ」
苦虫を噛み潰す勇者に、サーラがくすくす笑う。
「そうよ~、英雄色を好むっていうし、勇者サマはお盛んなんだからねー。ちょっとは夜のお相手もしてたら、追い出されずに済んだかもねー?」
「夜のお相手!? そんな気持ち悪いことできるかっ!!」
そういえば、ときどき私を見ていたときの勇者の舐め回すような目つき……あれは欲情してたってこと!? 無理無理無理無理! 私まだ十四歳だよ!? そんなセクハラ親父みたいな勇者とかあり得ないでしょ!
どうも図星だったのか、勇者が目を吊り上げる。
「気持ち悪いだと? お前みたいな気持ち悪いネクロマンサー女が、俺にご奉仕できるだけでありがたいと思え。無能なら無能なりに体捧げろってことだよ」
「いやいやいやいや……それはみんなの憧れの勇者が言っちゃいけないことでしょ!」
私は全身に鳥肌が立つのを感じる。
が、戦士のバハムンクも無駄にでかい上腕二頭筋を盛り上げてうなずく。
「勇者の命令は絶対だ。だいたい、敵の死体を操るなんて戦士魂の風上にも置けない。自分の拳で戦え、自分の拳で」
「だって私、ネクロマンサーだし!」
このか弱い拳でモンスターを殴れっての? 折れるわ!
サーラは不愉快そうに鼻をつまむ。
「アナタ、臭うのよねえ。死体臭? っていうか? 見えるところに近づかないでほしいわぁ」
「ほら、餞別だ。これでも喰らって失せろ」
勇者が財布の中から小銭を何十枚か私に浴びせてくる。
痛い。でも、体の痛みより、これまで命を預け合う仲間だと思っていた連中からコケにされた心の痛みの方がもっと酷くて。
「………………分かったよ。ばいばい」
私は奥歯を噛み締めると、嘲笑を響かせる仲間たちの元から走り去った。