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神様は明後日帰る 第4章(帰郷篇)  作者: ロッドユール
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お金の工面

 私は、うらぶれたビルの個室の一室にいた。白を基調とした清潔で明るい部屋のはずなのに、そこにはどこか妙な暗さが漂っていた。その暗さを覆い隠すかのように、強い香水の匂いが、色が見えそうなくらい部屋に充満していた。

欲望に蠢く男たちが、入れ替わり立ち替わり、この部屋にやって来ては、私の体を通り過ぎていった。

 その数に比例して、私の手元にはお金が落ちていった・・。


 とりあえずこの仕事に就くにあたって前借りした三百万円を母に渡した。母はありがとうを言うでもなく、お金を受け取るとすぐに、山田さんに電話しに、慌ててそそくさと仏間へと行ってしまった。

「・・・」

 私はそんな母の背中をただ見送った。

 

 さすがに父は、度重なる手術に、疲弊している様子だった。

「なんか欲しいものある?」

 私はそんな父にやさしく聞いた。

「酒」

「死ね」

 父にやさしくした自分を激しく後悔した。 

「酒ぇ」

「これを機に酒はやめろ」

「酒は俺の命の水だ」

「じゃあ、死ね」

「酒がないと死んだも同然だ」

「酒飲んでこんな大けがしたんだろ。いい加減反省しろよ」

「酒が足りなかったんだ。もっと飲んでれば怪我なんかしなかったんだ」

「酔拳か」

 

 私は毎日、昼から深夜まで鬼出勤を続けていた。それで何とか手術代と入院費用を捻出しなくてはならない。

 父の見舞いを終え、疲れ果てた体でこれから出勤という時、私は拉致されるように浅野企画の事務所に連れていかれた。そして、あのよりちゃんが座っていたソファに座らされた。

「金はいつ返すんだ?あ?」

 私の向かいに座った、事務所の男二人が、ドスの利いた目で私に迫った。あの時のよりちゃんと全く同じ状況に私は立っていた。違うのは私という救いがいないことだ。

「いつ返すんだ?」

「・・・」

 私には答えることができなかった。まだ父の手術費用さえ払えていない。それだけはなんとしても払わなければならない。

「お前が代わりに返すって言ったよな」

「はい」

「じゃあ、返せよ」

「・・・」

 まるで別人のようにドスの利いた声で事務所の男たちは私に迫った。普段、言う通り働いている内はやさしい事務所の男たちも、ちょっとでも、自分たちに不利益と判断すると、豹変する。それをまざまざと目の前で見せられていた。

「どっか別のとこから借りてでも払え」

「どっかってどこですか」

「やくざでも闇金でも借りて来いよ。いくらでもあるだろ」

 男はあっさりと言った。

「・・・」

「何とか言えよ」

 男はテーブルを思いっきり叩き、ありったけの声で怒鳴った。私はビクッとなった。その後で、言いようのない沈黙がその場に流れた。男たちは、その間も私を猛烈な威圧の目で睨みつけていた。

「まあ、いいじゃないか」

 その時、突然響いたその場に全く不釣り合いな柔和な声に、その場にいた全員が声の方に顔を向けた。

「あっ社長!」

 事務所の男が目を剥いて、叫ぶように言った。そこにはタコ社長がにこにこと立っていた。

「まあ、今回は許してやれや」

「えっ!で、でも・・」

「まあ、この子は大丈夫だ。ちゃんと返すさ」

「は、はい」

 今までさんざん居丈高にしていた男たちが、突然這いつくばるようにぺこぺこし出した。この人っていったい・・。

「まあ、ゆっくり返してくれたらいいから」

 タコ社長は、にこにこと柔和な顔で私を見た。

「は、はい」 

 私はこのタコ社長の鶴の一声で解放された。

 よりちゃんの借金の肩代わり返済は、とりあえず分割払いということに落ち着いた。

「やっぱり、尋常じゃない人なんだよなぁ」

 あの人はどんな人物なのだろうか。私は帰り道、歩きながら考えた。どう見てもアホ面なのだが、この業界では相当な人物らしい。あの男たちのぺこぺこ振りは尋常じゃない。

「でも、間抜け面なんだよなぁ」

 しかし、私にはその実感が全く沸かなかった。タコ社長は、私の中ではやっぱり、タコ社長だった。

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