雅男
元少年は助かった。
「あなたは運が良い。あと、数センチずれていたら死んでいましたよ」
そう、笑いながら医者は言った。
「名前、雅男って言うんだ」
私は元少年が寝ている病院のベッドの枕元に貼ってある名札を見た。
「えっ」
「元少年だったから、名前知らなかった」
「ああ」
雅男はそこで初めて、自分の名前の書かれた名札に気付いた。
「塚本雅男です」
雅男は恥ずかしそうに改めて名乗った。
「・・・」
「・・・」
そこで、沈黙が流れた。薄暗い個室の病室に、私たち二人きりが黙ってうつむいていた。
名前を知るとなんだか、目の前の元少年が、急にリアルなそこに生きている一人の人間として感じられた。
「ありがとう」
私は小さく言った。
「えっ?」
雅男が驚いて私を見た。
「一応命の恩人だし・・」
私はうつむいたままだった。雅男はそんな私をずっと見ていた。
「でも・・、なんで・・」
私の疑問に、雅男は最初黙っていたが、しばらく経って小さく語り出した。
「・・前に街角でばったり会った時、その後ろであなたをつけている男を見たんです」
「・・・」
「それが気になって・・」
そういうことだったのか。それで私の近くにいて、それを私が見て、雅男をストーカーと勘違いしたのか。本当のストーカーは桐嶋だった。
「でも・・」
それと、私を守ったことがつながらなかった。
「・・・」
雅男は黙っていた。
「どうして・・」
私は雅男を見た。
「ずっと、ずっとあなたを守りたかった」
「えっ」
「ずっと・・、あなたを・・」
雅男も私を見ていた。その目は、真剣だった。




