エピローグ(ソラ)
塔の上に戻ると、空は抜けるように青く、さっきまで真黒だった雲はどこにもない。
三人はそのまま紫竜の背に乗り、再び海上を飛んだ。
「ねえ」
不意にソラは心細くなりエルデを見る。
「これからどうしよう」
「そうだな」
エルデはやや考え込むように首を傾けたが、すぐに笑った。
「複雑に見えるが、状況は極めてシンプルだ。まずはこのままマーズへ行き、紫竜の姿を見せつけた後、皇后陛下に封印した魔王を渡す」
「なんで紫竜を見せつけるの?」
「魔王を倒したことを知らせるデモンストレーションだ。各地にまだ残っている悪い魔物と戦う人たちに、力を与えるためのな」
「なるほど」
「次に、お前の姉さんを連れて空の城に凱旋し、今までのいきさつを全て一の姫から語ってもらう」
ソラはちらりとナイトを見る。
「でも、君たちは賞金首だよ。降りて大丈夫かな」
「空の城の王の説得は、一の姫が何とかしてくれる。そうしたら次は大地の城に行き、そこでも紫竜を見せつける」
エルデは顎をあげた。
「紫竜信仰は大地の城では根強い。俺たちは英雄扱い間違いないから、恐らくシーガイアの件は不問どころか、必要だったことが認められるだろう」
「ナイトは?」
「そうなったら、大地の城と空の城で、海の王を説得してくれるさ。それでも海の王が狭量でナイトを許さないとなれば、彼ほどの逸材がマーズやエルメスに引き抜かれることを恐れ、大地の城か空の城が破格の待遇で迎えることになるだろう」
エルデは唇をシニカルに上げる。
「そうなったらお前はずっとナイトと一緒だ」
「……勝手に俺の未来を決めるな」
ナイトがむっとした顔で肩をすくめた。
「海の王が許そうが許すまいが、俺はアース連合王国から出る所存だ」
「え!」
驚いてソラは相手を見る。
「なんで?」
「今回確かに魔王は倒したものの、本来の筋書きにはないはずの黒い剣の助けがなければ負けていたに違いない。真の勇者に一歩でも近づくため、俺は世界をめぐり、更に精進したいんだ。それに……」
ナイトは苦笑に見えるような表情を見せた。
「今度のことでわかったが、俺には王子の補佐官、いやそれだけでなく、いわゆるお城務めは無理だ」
「それはそうかも」
ナイトのような堅物は、政治の世界ではさぞかし浮くことだろう。
「お前はどうする?」
「だったらナイトと一緒に旅するよ。僕にもお城務めは無理だから」
エルデが眉を寄せた。
「おいおい、空の城の第一王子にはそれは許されないだろ?」
「スカイがいるから大丈夫。それに男になった僕に、父上はうまく接することができないだろうからその方がいいんだよ」
「子孫を作るという仕事がある。それは二人とも一緒だ。特にナイトは一人息子なんだから」
やや顔をひきつらせたソラの前で、ナイトは珍しく破顔した。
「別にそんなものは必要ない」
「そんなことあるか、特に勇者の血筋ともなれば絶やすことなく……」
ナイトは首を一つ振った。
「勇者の資格は遺伝でなく、努力で得るものだ。実際俺たち三人は、もともと勇者の血筋とかそういうものではないだろ?」
「それはそうだが」
「なら俺がやることはただ一つ。次の世代にも勇者が現れるよう、勇者の資格にふさわしい人格になるよう努力し続けるだけだ。そうすれば、俺の背中を見た若い世代全員が俺の精神的な子孫となる」
エルデはため息をつき、そして小さく頷いた。
「ならば俺は、今まで大地の城がずっとそうしてきたように、図書館を守り続け、次代に知識を伝えよう。そして、時々お前たちが行き詰ったり疲れた時に、帰ってこられる憩いの場所を提供しよう」
ソラはうーんとうなった。
「僕にできることが何かはまだわからないけど、とりあえず旅をしながらそれを探してみる」
「お前はすごい魔法を一杯知っているから、魔法道場なんかを開けば皆の役に立つぞ」
「儲かりそうだね」
「まさか、金儲けする気か?」
「……実業家ってのも興味あるんだ」
ぶるぶると翼が震え、声が上へと立ち上ってきた。
「お前たち、もうすぐマーズだ。皇居への降り方にリクエストがあれば、そのように演じよう。さっきの話では、しばらくは使いっぱしりにされるようだからな」
「だったら……」
エルデが紫竜に向かって、事細かに指示をした。
ナイトとソラは同時に前を向き、そして遠くを見つめる。
抜けるような空の青と深い海の青が混じり合った先に、大いなる大地が見えてきた。
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