逢魔が洞3(ソーラ)
老ウィザードはナイトの身体の中から、一振りの剣を取りだした。
「それは……」
思わず目を見開く。
夢の中であの男が持っていたあの剣。
闇が滴るような漆黒の剣。
「……嗚呼、黒き剣よ、高き誇りよ、どうか安らかに地に溶けよ」
老ウィザードが吟じた古語に震えたソーラがナイトを見ると、彼もまた目を見開いていた。
「地に、溶けよ……だと? それは」
ソーラはナイトに向かって頷く。
「あの剣の持ち主に、かつてその親友だった男が送った詩だよ」
そうして目を上げる。
「君、ひょっとして古語がわかるの?」
「……幻影の中で使っていた言葉だからな」
ソーラはそっとナイトの側で口ずさむ。
「……潔癖にして勇敢なお前。誰よりも強く、誰よりも美しかったお前。そして、誰よりも友人思いだったお前。……俺は知っている、お前の残した数多の屍は、お前の深い愛ゆえのもの。お前の流した数多の血潮は、お前の涙と同じもの」
ナイトはどうしてか目を伏せた。
「ノッポの魂に安らぎあれ」
老人は二人の間に立ち、そして剣を捧げた。
「さあ、今がその時です」
ソーラは立ちつくしたままのナイトの代わりに、魔法使いが差し出した黒い剣を受け取る。
「これを彼が手に持てば、全ての呪いは解けるでしょう」
老ウィザードは再度呪文を唱えた。
すると、そこには見たこともないような魔法陣が現れ、そして眩く光る。
「その中にお入りなさい。そこで全てが終わる」
ソーラは頷き、魔法陣に入る。
少し遅れて、魔法使いに押されるようにして入ってきたナイトと向かい合った。
透明にも思えるような音が周りに沸き起こり、そしてそこが外界から遮断されたのがわかる。
「ナイト」
呪いがこれで解けるのだと思ったが、心はそれを喜んでいない。
(……何故?)
目を閉じてその理由を探し、そして答えに行き当たったソーラは思わず苦笑する。
(僕は、馬鹿だ)
そしてこの姿で最後に目にするはずの男をしっかりと見据えた。
「僕は本当に君が好きだったよ」
否定、あるいはたしなめる言葉を待っていたのに、ナイトはいつものように顔をしかめた。
「何故、過去形なんだ?」
「男に戻ったら、今の僕の感情がこのまま残るとは思えない。だから、今一度告白しておこうと思ったんだ」
ナイトは不機嫌な表情のままこちらを睨む。
「性別が変わったぐらいでなくなるような生半可な気持ちなど、わざわざ口になどするな」
ソーラはわずかに哀しくなる。
「君にはわからないよ」
「なにが?」
もちろん、恋愛感情の混じったこの複雑な状態が。
(だけど)
それをナイトに求めるのは間違っている。
ソーラは少し笑った。
「……ごめん、変なこと言った」
「まったくだ」
ナイトは肩をすくめる。
「馬鹿なことを言ってないで、さっさと済ませろ」
「……うん」
ソーラは前に進む。
(……後悔は)
するかもしれない。
だが、後には引けない。
このナイトへの思慕を犠牲にしてもなお、やらねばらなないことが明らかなのだ。
それは男であれ女であれ、果たさなければならない人としての道である。
「ソラ」
顔を上げるとナイトの瞳に行き当たる。
「俺の気持ちは変わらん」
ソーラは眉をよせた。
「……なにが?」
「聞くな。この期に及んで解らない方が無粋だろうが」
ほんとにこの男には肩をすくめざるを得ない。
「当たり前だよ、その説明では」
何故か少し腹が立つ。
「君はいつだって言葉が足りない。それで類推しろって方が傲慢なんだ」
「では説明してやる、心して聴け」
偉そうにナイトは腕を腰に当てた。
「俺はお前が男であろうと、マントヒヒであろうと、ずっと好きでいる自信がある」
ソーラはそのまま凍り付いた。
「……………………は?」
「もう一度言う、俺はお前が好きだし、この気持は何が起ころうとも変わらない」
目を見開いたソーラの方に、ナイトは右手を差し出す。
「だから安心してそれを渡せ」
ソーラは思わず舌を出す。
「ふん、うぬぼれや!」
ナイトは眉間にしわをよせた。
「うるさい、薄情者」
哀しくて思わず笑みがこぼれる。
「君の好きと僕の好きはきっと違うから」
ナイトは今度は額にしわを寄せた。
「いいから、よこせ」
ソーラは頷く。
「今までありがと」
出されたナイトの手に、黒い剣をそっと握らせる。
と……
「!」
そこに立つのはあの冷たい瞳の食人鬼。
そうして、ソーラの中からも呼応するようにあの少年が現れる……