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そして伝説へ  作者: 中島 遼
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逢魔が洞2(ナイト)

 洞窟は長い。

(……ソーラの誕生日までに老ウィザードを助けることなどできるのか?)

老ウィザードを助けたところで、足輪を外すことができるのかどうかはわからなかったが、一の姫やマーズの皇后があれほど自信を持って彼らをここに送り込んだことを思えば信じるしかないのだろう。

(設定がアバウトでも、進む道がそれしかなければそれが正しい方向だとエルデも言っていた)

「暗いから何日経ったかわかんないね」

意外に元気そうなソーラに対し、対照的なほど疲れた顔のエルデが呟いた。

「俺はわかるが、お前のプレッシャーになるといけないから言わないことにしている」

洞窟の道の流れの傾向やモンスターのレベルから、目的地への最短コースを割り出し、そしてナイトやソーラを導く彼は最も疲労が激しいはずだ。

「……君がいなければここまで来ることはできなかったと思うよ」

ナイトが感じていたのと同じ台詞をソーラが言うと、エルデはわずかに笑った。

「お互い様だ。俺たちは三人で一人の勇者らしいからな」

と、何か怪しい気配を感じ、ナイトは立ち止まって手で二人を制した。

「どうした?」

「あそこに、何かいる」

「……ようやく着いたか」

一本道の奥に、確かに何かぼおっと鬼火のように光るものが見えた。

「ここが最奥。どうやらボスキャラのようだ」

エルデが呪文を唱え、ナイトとソーラを回復させた。

「奴に話しかける前に、ライフをマックスにしておかねばな」

相手に行きつくまでに、小物モンスターとの戦闘モードに入らぬようにと願いながらそっと近づくと、見上げるように大きいモンスターの前に来た。

両腕に剣をもち、兜や鎧を着込んだ青い魔獣だ。

「あ、あれは地獄の帝王!」

モンスターに詳しいエルデがうめいた。

「何か寝てるみたいだけど、そっと回避して裏の牢獄に行けないかな?」

「無理だ。あいつの下にある宝箱に、牢屋の鍵があるに違いないからな」

「なるほど」

ソーラは頷きエルデを見る。

「エルデ、君の言うとおりに戦うよ、ね、ナイト?」

ナイトは頷く。

戦術についてはソーラとともに、エルデに絶対的な信頼を置いていた。

「ああいう最初から寝ているタイプのモンスターは寝やすい傾向にある。起きたら強力な睡魔の術、奴が寝たら攻撃アップのバフ魔法だ。見た感じ、攻撃魔法を跳ね返す呪文に守られているようだから控えろ、物理攻撃でライフを削ろう。一の姫のような断冷熱魔法がないのが辛いが、それで……」

「断冷熱魔法ならさっきレベルが上がったときに覚えたよ」

「え?」

エルデは驚いた顔をし、そして革表紙の本に何かを書き込む。

「それは心強い。ならばそんな感じで行くぞ。あ、ナイト、お前はとにかく二回攻撃で当てに行け」

「わかった」

ナイトは剣を抜きはなつ。

「用意はいいか?」

「ああ」

ソーラが攻撃アップ魔法をかけるや否や、ナイトは地獄の帝王に向かって斬り込んだ。

「っ!」

驚いたことに、寝ているにもかかわらず地獄の帝王はこちらに向かって攻撃してくる。

「うわっ!」

全員が、怪しい感じの光によって強烈なダメージを受けた。

すかさずエルデが賢者の石で全員を回復させようとしたが、先に地獄の帝王がもう一度攻撃を仕掛けてきた。

「こいつ、二回攻撃してくるのか!」

エルデがたまらず最高位の回復魔法をかける。

初期段階で既に彼らはボロボロだ。

「あ、目を覚ましたよ!」

「ソーラ、急げ、断冷熱魔法だ!」

エルデの声にソーラは素早く呪印を切る。

すると彼らの周りは柔らかい光に包まれた。

「あっ!」

ナイトの攻撃直後、地獄の帝王がきらきら輝く息を吐いた。

「冷たっ!」

寒いのが嫌いらしいソーラが身震いする。

断冷していなければ危なかったかもしれない。

と、いきなり地獄の帝王が凍てつくような波動を彼らに送り、ソーラがせっかくかけたバッファ魔法が無効化される。

エルデが賢者の石をかざして全員を回復させた。

「ソーラ、睡眠魔法はやめだ!」

「え?」

エルデを見ると、彼は両腕をぶんぶん振っている。

よほど慌てているのだろう。

「奴は寝てる時の方が何でか強い。このまま行くぞ!」

「うん!」

再びソーラは断冷熱魔法を唱えた。

ナイトは腕を大きく振り上げて、上段から会心の一撃を相手に見舞う。

しかし地獄の帝王は意に介さず、ナイトに向かって真大火球を投げつけた。

「!」

だが、水鏡の盾がそのダメージを多少なりともカバーしたため、致命的なことにはならない。

(この盾はなかなか使える)

ナイトは少し考えた。

ライフの値が他の二人よりも格段に大きく、そして身の守りが強固なナイトに水鏡の盾。

(俺が壁として機能すれば、後の二人はやりやすいはずだ)

だが問題は、それをソーラが嫌がらないかどうかだが……

「!」

思った途端、ソーラを襲った直接攻撃。しかし姫は何とか身をかわしてそれを回避する。

そうして再びナイトに攻撃アップ魔法をかける。

ナイトは軽く首を振る。

(……余計なことを考えるのはやめだ)

たとえダメージを受けても慌てずに待っていれば、エルデが必ず癒してくれる。

スピードに勝ったソーラは攻撃を回避する確率が高い。

魔法攻撃に対する耐性なら、むしろナイトよりもある。

(俺は俺に出来ることを、最大限に)

ナイトはとにかく相手のライフを削ることに専念していればいい。

(そのためには、自分の身を守ることも大事だ)

一人でも欠けたり、戦闘不能になったらそこで終わりだとわかっていた。

一番前にいるので、自然と攻撃を受ける回数はナイトが多くなる。ならば、

(無心であれ)

地獄の帝王が凍てつくような波動を二回出したので、少し余裕のできたエルデが守備力アップの呪文を全員にかけた。

(秋にゴーレムと戦ったとき、エルデは一ターンに1人しか守備力アップできなかった)

この長くて短い期間に、全員が相当成長していた。

敵はかなり強く、倒せるような気配はまったくない。

(それでも)

同じ事の繰り返しに、時に心が弱くなっても周りには動じぬ仲間がいる。

(この二人に会えたのは僥倖だ)

永遠に続くかと思われるほどの長い時間。

(この二人とパーティが組めて本当に良かった)

ソーラがありったけの魔法の聖水を使い果たした。それでもここまでMPがもったのは大技を使わなかった故か。

「!」

大音響をたてて地獄の帝王が地に倒れる。

そして、カシャンと音を起てて転がったのは鈍い銀色の鍵。

「やった! 勝ったね!」

ソーラが地面にへたり込む。

そしてエルデはと言うと、険しい顔で本のページをめくっていた。

「おかしい」

「何が?」

拾った鍵をつくづく見ながら、エルデは首をひねった。

「俺の予定では、あの宝箱に牢屋の鍵が入っているはずだったんだが」

持っていた薬草で回復し、そして立ち上がって宝箱の側に行ったソーラが首を横に振る。

「開かないよ、これ」

エルデが考え深げに頷いた。

「ならば、先に牢屋から老ウィザードを助け出そう」

エルデの後に続き、ナイトとソーラは地獄の帝王の巨体を乗り越えて奥へと進む。

するとそこには確かに暗い牢獄の扉があった。

鍵を差し込んで扉を開くと、きしんだ音とともに暗い内部が明らかになる。

「あ!」

そこにいたのは年老いた老人。

だが、祈りのポーズをしたその姿は決して希望を失った人間のものではない。

「貴方がたは……」

その瞳が開き、そして三人を見回した男はその視線をソーラに止めた。

「貴方は、空の城の王子!」

ソーラは目を見開いて老人を見る。

「……生まれて初めてそんな事を言う人に会ったよ。貴方が姉上の言ってた老ウィザードなの?」

男は頷き、立ち上がった。

「こんなに大きくなられて……」

そうしてその足下に目を落とした。

「私の元に来られたのは、自らその呪いを解くためですね?」

ソーラが頷くと、魔法使いは今度はナイトの方に目をやった。

「なるほど、天はそのために貴方を王子の元に使わした訳か」

意味がわからずナイトが眉をひそめると、老ウィザードはそのまま牢の外に向かって歩き出した。

「残りのピースは一つ。こちらへ来なさい」

慌てて三人がついて行くと、老人は地獄の帝王の側にあった宝箱に向かって呪印を切る。

すると、その手のひらから淡い水色の光が放射され、ぱちんと鍵の壊れる音がした。

「あ!」

最初に声を出したのはソーラだったが、ナイトも同じくらい驚いた。

そこにあったのはこぶし大の黒い石。

「魔物は王子の呪いが解けることがないよう、地獄の帝王を召還して石の守りにつかせたのです」

魔法使いは石を取り、ナイトに向かって差し出した。

「さあ、これを取りなさい。全部そろえば、私が魔法でそれを有るべき形に戻しましょう」

ナイトは仕方なく手を伸ばし、その石を受け取る。

「っ……」

そうして、視界を邪魔した髪をかきあげた。


一連の行為を終え、少し興奮が静まったのが自分でわかる。

ナイトは前回と同じように剥いだ衣服を相手に投げた。

そして、手で着ろと指示をする。

「……口の堅い子だ」

やはり相手は何もいわず、我慢強く口を噛んでいた。

(……残念だが)

本当は逃がすつもりだった。

しかし、相手を知ってからは逃がすことができなくなりつつある。

殺しそうだったときは逃がそうとしたが、殺さずにおれることがわかった今は却って手放せない。

「これほどの恥辱を受けて、どうして何も言わない?」

少年は強くこちらを睨む。

「……別に、こんなこと恥辱でもなんでもない。日常茶飯事さ」

わずかに目を見開く。

確かに少年の身体は何もかもを知っていた。

町では日常的にこういうことを大人達にされていたのかもしれない。

「言いたくなければ言わなくてもいい」

それは今や本心だった。

しかし、少年はそうは思わなかったらしく、強い目でこちらを睨む。

「どうして僕を食わない?」

答えようのない質問だったので無視をすると、さらに強い声が届く。

「広場では、女の子からさきに連れてかれたよね? あれは、女の子の方が美味しいから?」

ナイトは何も言わずに、ゆっくりと少年を見つめる。

「お前は……」

と、そのときだった。

「ぐおおおっ」

悲鳴のような怒声がしたので、驚いて窓を開ける。

(っ!)

ナイトは思わず絶句した。

そこには地獄のような風景が広がっている。

血を吐きながら、紫色に顔をゆがめて突っ伏しているのはお下げ髪か。

苦しさに自分で自分の腹を刺して内蔵を引き出しているのは赤鼻か。

「……なぜ」

友人達が。

必死の思いで家から外に出ようとはい出た彼らが、どす黒い顔で汚泥の中に顔を突っ込んでいる。

助けにいかねば、と思う心と裏腹に、もうそれが断末魔の叫びであることを知っている哀しい自分が葛藤し、しばらくの間その場に釘付けにした。

(……他の皆は)

途端、我に返ったナイトは外に出る。そして村中を見て回ったが、惨状はどこも同じだった。

既に言切れているものはまだましだ。

苦しみにのたうち回っている仲間を見て、思わずナイトはその血みどろの身体を抱きしめ、そして楽にするために剣で胸の急所を一突きにする。

(……これは、一体)

村を一周したころには、身体中が血糊でどろどろになっていた。

恐怖と怒りで頭がいっぱいになる。

「……説明してもらおう」

自分の家に戻ると、真っ先に少年に相対して言葉を発する。

「僕がわかると思ってるの?」

しかし相手もこちらを強い瞳で見つめる。

「ああ」

にらみ合った次の瞬間、

「!」

どうしてか遠くからざわめきが聞こえてくる。

大勢の、人間の足音と声!

「残念だったね」

冷たい琥珀の眼差しが微笑んだ。

そしてそれは突然激しい笑いに変わる。

「もう、おしまいだよ」

「なんだと?」

「村には生きている鬼は一匹しかいない。お前以外は皆死んだ」

少年の笑いはやまない。

「僕らの血にはお前達を滅ぼす毒が入っている。知らずに食ったが最期さ」

「毒の、血?」

「そう。グールを殺すにはそういう方法があるって昔の魔術書にあったそうだよ」

ナイトもおとぎ話として、そんな話を聞いたことがある。だが、

「しかし、その方法は、わかっていて子供を犠牲にしない限り……」

言いかけて雷に打たれたように押し黙る。

(……まさか)

山の下の大人達は殺されることを前提に、子ども達に毒を含ませてここにやったというのか?

「馬鹿な……なぜ」

どう考えても、そんな残酷なことができるはずがない。

「ここにお前達がいると、大人は不安で仕方がないからさ」

遠くから聞こえていたざわめきがますます大きくなる。

松明の燃える臭いが鼻についた。

「よおっし、鬼どもはみんな死んでいるぞっ!」

「これで平和が訪れる!」

口々に聞こえる男達の声。

少年はナイトを見据える。

「ここに来るときに、道に光る石を撒いてきた。だから彼らはここに来ることができた」

ナイトは眉をひそめる。

それにしては彼らの到着は遅い。

「どうしてすぐに来なかったのだ?」

「毒が効くのに数日かかるからじゃないの」

それでは彼らは……

「まったく助けるつもりもなく、ただ自分たちの子供を食わして、この村の住人を撲滅しようとしたのか?」

「ううん、違うよ」

ナイトの言葉に少年は微笑む。

「僕らは彼らの子供じゃない。最初に言ったろ? 親はいないって」

ナイトの拳が震えた。

「子供達は、みんなそのことを知ってここに来たのか?」

少年は笑った。

「鬼のところに行かされるとは知らなかっただろうけど、嫌な臭いがして魔物を寄せ付けない薬というのを渡されたから薄々はわかってたんじゃないかな」

「薬?」

「何かあってもそれを飲めば助かるって聞かされてた。結局それには鬼を寄せ付けない効果なんてない、ただの鬼用の毒だったわけだけど」

不意に甦ったのは、あの黒い瓶。

「許さない」

心の中がどんどんどす黒い感情で覆われていく。

「そんな道をはずれたことをやる人間たちを、俺は許さない」

地に還ったかつての剣士から預かった剣を取りだし、ナイトはそれを少年に振り上げる。だが、

またもや背中が熱い。

「火を放て! 全部灰にしてしまえっ!」

はっとして振り向いたナイトの目に、窓の外、燃え上がる火の手が見え…………

「ナイトっ!」

目を開けるとエルデのアップがあったので思わずのけぞると、少し離れたところに立つ魔法使いが呪文を唱えているのが見えた。

魔法使いはそのままナイトの方に歩むと、その手をナイトの心臓に突き刺す。

「何をっ!」

悲鳴を上げたのはソーラ。

ナイトは特に痛くも何ともなかったので、呆然とそれを眺める。

老ウィザードはゆっくりとナイトの中から何かを抜き出す。

「それは……」

闇が滴るような漆黒の剣。

ナイトが何度も幻影の中で振り上げたあの剣だった。

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