逢魔が洞1(ソーラ)
逢魔が洞は同じマーズ大陸にあったため、紅孔雀に乗れば一瞬で着いた。
「最初に旅の扉を通ってここに着いたときには、こんなところがあるなんてちっとも気づかなかったよ」
ソーラが言うと、エルデが感慨深げに頷く。
「思えばあれから、随分長い間旅を続けたような気がする」
「うん」
大地に降り立ち、そのまま洞窟に入る。
と、
「あれ?」
どうしてかそこには洞窟の穴を家にして成り立つ小さな邑があった。
それも、そこにいるのは人間ではない。
「ドワーフとホビットだ!」
エルデが信じられないものを見たような声を出した。
「彼らは存在そのものが夢の世界のものであり、しかも大人には見えないはず」
「僕ら、まだ子供なんだよ。十五歳で成人って言っても、この物語の便宜的な話でしかないし……」
言いながらソーラは、はっとしてナイトを見た。
多分同じ事を思ったのだろう、エルデもナイトを怖々と見ている。
「ナイト、君、見える?」
「当たり前だ」
「そうじゃなくて、あのホビットとかドワーフとかだよ?」
「だから見えている」
「どうして?」
「お前たちに見えて、俺に見えない訳がないだろう? そもそもこの中ではエルデが一番年上だ」
エルデが顔を引きつらせて頷く。
「そ、そ、そうだな。よし、とにかく邑に入ろう。ここを通り抜けないでは洞窟に入れない」
三人はとりあえずよろず屋に入った。
ちょこんと座ったドワーフが頷く。
「ここから先は強いモンスターが一杯いるから、ここで必要な道具は揃えておきな。……では改めて、ここはよろず屋だ。どれにするかね?」
「お、魔法の聖水があるぞ! あれはモンスターやオブジェクトのドロップでしか手に入らないと思っていたが、こんなところに売っているとは!」
エルデの視線を受け、ナイトはうなずく。
「三百Gか、よし、それをもらおう。」
「魔法の聖水だね、誰が使うんだね?」
「ソラに渡してくれ」
「ん? でもソーラさんはもう持ち物がいっぱいのようだよ? 他の人が持つかい?」
さすがドワーフらしく、ソーラが誰だかすぐにわかるようだ。
「ソラ、持ち物がいっぱいって、お前一体何を持ってる?」
「超辛チーズ三切れと、封印のティアラと、おいしいミルクと、やくそう、やくそう、布の服、どくけし草、どくけし草、どくけし草、どくけし草……」
「何だ、そのどくけし草オンパレードは?」
「樽とかツボに良く入ってるんだけど、基本、怪我したらエルデが魔法で治してくれるから使う機会がなくて」
「……少し持ち物を減らしてからまた来てくんなよ」
しびれを切らしたドワーフが接続を切ったので、今度はエルデが一から会話を始めた。
「ええと、とりあえず布の服とどくけし草は売って……」
最終的に魔法の聖水、それとエルデに闇の衣を買うと現金が尽きた。
「ナイトの装備が薄いな……」
「俺は大丈夫だ」
そうナイトは言ったが、ソーラはわずかに眉をひそめた。
ナイトは自分の装備に全く金をかけない。
本来なら、もっとごつごつした鎧あたりを装備していてもおかしくないレベルなのに、未だに鎖かたびらのままだ。
(……僕の帽子のことばかり気にして)
「よし、ナイトがそう言うなら行くぞ」
エルデは革表紙の本に何かを書き込むと、洞窟の奥に向かおうとしたが……
「ちょっと待って」
ソーラはエルデの服を引っ張った。
「あそこにいるエルフと話をしておかなくていいのかな?」
隅の方に隠れるようにして、半ば透明のエルフがうずくまっている。
それを見てエルデは大きく頷く。
「よくあれに気づいたな。危うくきっちり情報収集せずに奥に行くところだったよ」
三人は羽をはやしたエルフの元へ向かった。
「貴方達はこの洞窟の奥に行こうとしているのですか?」
側に行くと、エルフは自分から話しかけてきた。
「うん」
「それではお願いがあります」
「きたな、クエストタイムだ」
エルデが呟く。
「洞窟には私たちが慕う魔法使いがいるのですが、四ヶ月前に暴風とともにやってきた魔物に捕まり、洞窟の最奥の牢獄に閉じこめられてしまいました。魔物は強く、私たちではどうしようもありません。お願いです、どうか魔法使いを助けてください」
「その魔法使いは年寄りか?」
「私たちからするとまだ赤ん坊ぐらいの年齢ですが、人間で言うと老人だと思います」
「ならばそれが老ウィザードに違いない」
エルデは腰に手を当てた。
「目的は決まった。いくぞ、みんな」
「ありがとうございます、旅のお方。老ウィザードを助けてくださるなら、お礼にこれを渡しましょう」
エルフは盾を差し出した。
「こ、これは水鏡の盾!」
エルデがうめく。
「初めて実物を見たよ」
震える手でそれを受け取ったが、重いのかエルデはわずかによろけた。
「……どうやらこれはナイトしか装備できない盾のようだ」
エルデから盾を受け取ったナイトは軽々とそれを左手に持った。
「……君、戦士属性なのに、今まで盾も持たずにいたんだね」
「俺のステータスは初期値から高かったので、特に必要はなかった」
さらっと言われてソーラは返す言葉もなく洞窟の奥へと進んだ。