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そして伝説へ  作者: 中島 遼
3/9

マーズ 謁見の間(ナイト)

 マーズの城に入る前に、城下町で防具の店に入ったナイトは思わず声をあげた。

「よし!」

念願の皮の帽子が売っていたのだ。

売り切れないようすぐに手に取り、金を払うと同時にソーラにかぶせる。

「これでお前の防御力が上がる」

「……正味三ポイントぐらいだがな」

ナイトはエルデを無視した。

苦節半年近く、未だかつてこれほどまでに求め、そして手に入れるのに苦労したものがあろうか。

にっこりとソーラは笑う。

「ありがとう、ナイト」

最近ソーラとはぎこちなかっただけに、ナイトはますます嬉しくなる。

「これで準備は万端だ、城に行くぞ」

エルメスのように豪奢ではなかったが、アース王国に比べればやはり大きな城だった。

他の城と同じように城内に入るのは簡単だったが、皇帝に会おうと奥へ進むと、さすがに衛士に槍で止められる。

「無礼者。お前たちのような素性のわからぬものを簡単に皇帝陛下に会わせることはできん」

まあ、普通の反応だろう。

「あのね、私が会いたいのは役立たずの皇帝じゃなくて皇后の方なの」

「我らが皇帝陛下に不遜な態度、女だからとて容赦はしないぞ!」

しかし、一の姫は食い下がる。

「とにかく私の名前を告げなさい。それで門前払いなら諦めて出直すから」

押し問答の末、ついに一の姫が片手を挙げたその時だった。

「彼らに睡魔の魔法をかける必要はありません」

声に後ろを振り向くと、そこにはリヒターが立っていた。

「お初にお目にかかります、一の姫」

「ユスティーツ!」

エルデが少し嫌そうな顔をした。

「お前、本当にいつもいいところに現れるな」

「今日は特別だ。皇帝からお前たちを玉座の間に案内するように頼まれている」

「俺たちが来ることを知っていたのか?」

リヒターは微笑んだ。

「お前たちが何をしにきたのかも知っている」

リヒターは衛兵を目で下がらせると、優雅に扉を開く。

「どうぞ。皇后陛下は今日はこちらでお待ちです」

部屋に入ると、美しい皇后が豪奢な椅子にかけているのが目に入った。

「一の姫、お会いするのをずっと楽しみにしていました」

「私も。あ、皇后陛下、身体の具合が悪いのなら、無理して起きてなくていいのよ」

マーズ帝国を統べる皇帝よりも実力があるという皇后に、一の姫は友達みたいに声をかけた。

ふと見ると、皇后の後ろに寄り添うように……というか、目立たぬように皇帝が立っているのが見える。

妻の尻に敷かれているのは明白だ。

続いて皇后はソーラに視線を移す。

「……貴方が空の城二の姫」

「はい」

「ユスティーツから、うちのバカ息子がご迷惑をかけたと聞きました。本当に申し訳ありませんでした」

憂い顔の皇后は、ソーラに向かって頭を下げた。

「町の広場で三日ほど逆さづりにして、恨みを持つ住民すべてに殴ってもらったら少しは反省したようです。それであの子を許してもらえませんでしょうか?」

顔をひきつらせたソーラに、美しい皇后はさらに深く頭を下げる。

「あ、もちろん、死んでは元も子もないので、半死半生になったところで元気のかけらを与え、そうしてまた住民たちに殴らせました。つまりは七十二時間ぶっ通し、サンドバック状態で折檻したのです」

皇后は微かに顔を上げる。

「それでも許していただけないなら、思う存分貴女の魔法でなぶっていただいても構いません」

ソーラは無言のまま、ぶんぶんと首を横に振った。

「元気のかけらは人間用ではなく、そもそもこの物語には本来出てこない気もするが」

エルデが呟いたとき、影が今まで薄かった皇帝が微笑みながらソーラを見つめた。

「ときにユスティーツから聞いた。二の姫は息子のロートフンケに真大火球を食らわせようとしたそうだな」

「え!」

皇后は驚き、そしてまじまじとソーラを見る。

「ロートフンケに、真大火球を!」

やや身構えたナイトに構わず、皇后は感嘆したような息を漏らした。

「あの性悪息子の鼻っ柱を叩き潰し、頭を抑えつけられるような女性などいないと思っていたので嬉しいわ。ぜひ、あの子の妻としてこの国を治めていただけないかしら」

「えええっ!」

ソーラの顔はますます引きつる。

もちろんナイトだってソーラ同様、降ってわいた災難のような言葉に動揺した。

(……だが)

ナイトはふと顔をしかめる。

ロートフンケと言えば、乱暴狼藉で有名な皇子だ。

それがためにソーラを会わせないようマーズの首都によらなかったぐらい注意をしていたのに……

「姫、貴方はロートフンケ皇子をご存じなのですか?」

どうしてか声がくぐもった。

「えっ!」

「いつ、どこでどうやってお会いになったのです?」

ソーラは今度は首を横にぶんぶんと振る。

「そ、そんなことより、あ、姉上」

「そうね、大事なことを済ませましょう」

明らかに話題を変える目的でソーラは一の姫に話を振ったとわかったが、口べたなナイトが言葉を探している間に、話は本筋に入っていった。

「……というわけで、今月末までに魔王を何とかしないといけないんだけど、そのためにはここの封印の鍵が必要なの」

皇后は深く頷いた。

「今日がその日だとわかっていました」

彼女がちらりと皇帝にまなざしを送ると、皇帝は玉座の後ろにあった宝箱から、ソーラの胸についているのと同じ意匠を施した金色のティアラを取りだした。

「さあ、これを。そして、それで世界を救うのです」

皇后は魔力を込めた言葉を唱えてティアラに触れる。

それに応えて皇帝もまた言葉を復唱した。

恐らくその宝物を他者に与えるには儀式があるのだろう。

皇帝は手で合図してソーラを跪かせたが、ソーラもさすがは王族の出らしく、極めて優雅な仕草でその頭を差し出す。

皇帝はソーラの前に進むとその頭から皮の帽子を取って地面に捨て、ティアラを載せた。

そうして再度、先ほどの言葉を皇帝が唱えるとソーラは答礼した。

エルデが呟く。

「……古語だ。本来の持ち主に封印の鍵を戻すやりとりらしい」

ナイトは目を見開いた。

どうしてか、古語がわかる。

(読めないが、聞けばわかる)

それは、あの黒い石の幻影が見せる幻の中でナイトが使っていた言葉だったから……

「……テチキチノラナコイミニチカチイスチスイカチカチモチトニニネトラス……」

再び優雅な礼をしたソーラを、ナイトは複雑な気持ちで見つめる。

光り輝くティアラをつけたソーラは、神々しいまでに美しい。

住む世界が違うことをナイトに思い知らせるかのように。

エルデも惚けたようにソーラを見る。

「似合うなんてもんじゃない。まるでソーラのためにあつらえたかのようだ。守備力は四十三アップ。呪文は完全無効化だ。今までソーラに合う頭装備がなかったのはそのためだったのか」

ナイトは頷いた。

ナイトとソーラは所詮、そういう巡り合わせなのだ。

「うーむ、皇后の言うとおりだ。うちのロートフンケにどうしても娶せたいな。他者を寄せ付けない品格がある」

皇帝も感嘆してソーラを眺める。

彼女はやはりエティエンヌやマリン王子のような王族でしか釣り合わないと誰しもが思う。

(ならば諦めもつこう)

床に捨てられた皮の帽子。

それがソーラにとってのナイトだと思えば……

「このティアラは時が至れば鍵になります」

そんなナイトの気持ちを他所に、皇后は重々しくソーラを見つめる。

「魔王を封印する術は鍵が全て知っている」

「でも、封印するってことは倒すことじゃないよね。……またこの先魔王が目覚めたら?」

「封印もしていないのに、そんな千年先の話を気にするなんて」

皇后は笑った。

「次の封印の鍵を作るのは、空の城一の姫の仕事。そしてそれを守るのは、今度はアース連合王国の使命となる。そう、それでようやくマーズ帝国はその肩の荷を降ろす」

エルデが不安そうな顔をした。

「しかし、本当に勝てるのだろうか」

「自分に負けさえしなければ、必ず精霊の加護がある。互いの信頼さえあれば、魔王のバリアも塵となる」

が、皇后の言葉に一の姫がふっと眉をひそめた。

「ただ、問題が一つ。この子はまだ紫竜に会っていない」

「な、何ですって」

皇后は驚いた顔で一の姫を見返す。

そして、ゆっくりと彼女に問う。

「何が足りない?」

「行くべき場所は決まっているの。でも場所がわからない。……逢魔の洞窟って言うんだけど」

皇帝と皇后は顔を見合わせた。

「それは逢魔が洞のことなのか?」

一の姫は目を見開き、そして頷く。

「恐らくそう」

「その名を持った洞窟はこのマーズにある。妖精が悪さをすると言って、昔から人は近づかぬが」

「え!」

「それに四ヶ月前の台風で、唯一あった道が崩れて以来、入り口を見ることすらできなくなった」

四ヶ月前と言うと、彼らが隻眼の石像のある神殿に行くきっかけを作ったあの台風か。

「そういえば、アース連合王国から流れてきたという老ウィザードがそこにいるという噂はかねてからあるが……」

今度はアース王国の四人が顔を見合わせた。

「皇后陛下、それはどこにあるのです?」

ついっとリヒターが前に出て、壁に魔法で地図を投影する。

「隻眼の石像のある神殿の側に、連なる山があったのを覚えているか?」

エルデがリヒターに頷く。

「ああ」

「その南側の山の中にあるはずだ」

しかし皇帝は顔をしかめる。

「だが丈高く、険しい山に阻まれて、翼でもなければ行くこと能わぬ」

思わずナイトは拳を握りしめた。

「翼なら、ある」

「何?」

皇后がそっと微笑んだ。

「精霊の加護が垣間見えたな」

言いながら、その細い手で苦しげに胸を押さえる。

「この戦いはきっと勝つ」

「お前」

皇帝がさっと青ざめ、ナイトたちの方を見つめた。

「さ、そろそろ君らは出発しろ。これ以上は皇后の身体にさわる」

ナイトは頷いた。

エルデは無言でリヒターの拳に自分のそれを当てた。

と、一の姫はくるりとこちらを向く。

「じゃあ、三人とも頑張ってね」

「え?」

「私はここで皇后を治す。彼女は封印の鍵を魔物から守るためにずっと戦い、そして身体はもうぼろぼろ。このままでは危ないの、だから……」

ソーラが頷いた。

「ありがとう、姉上、もう十分だ」

ソーラは床に落ちていた皮の帽子を拾い上げると、手でほこりを払った。

「じゃあ、行ってくる」

三人そろって城を出ると、ソーラはティアラを無造作に外してリュックに放り込んだ。

そうして皮の帽子をかぶり直す。

「ソラ!」

ナイトはとがめた。だがソーラはそれに鋭い視線を返す。

揺るがぬ決意を秘めた瞳。

「ティアラは女性用防具だから、僕には無用の長物だ」

ナイトはしばらくソーラを見つめ、そして溜息をつく。

「……勝手にしろ」

運命という陳腐な言葉が頭をよぎる。

(……逃げていたのは、俺)

あの日ソーラがナイトに告白したのは、それだけの覚悟をもってしたこと。

なのにソーラの身分がどうのと言って、誤魔化していたのは己が不甲斐ないからに過ぎない。

ラーミアを呼ぶ。

その背に乗り込みながら、ナイトは自分を恥じた。

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