~第二の錦織圭たちに贈る言葉(9)~ 『戦略・戦術は対戦相手と自分の心・体・技を比較して決めろ』
〜第二の錦織圭たちに贈る言葉(9)〜
『戦略・戦術は対戦相手と自分の心・体・技を比較して決めろ』
1. まえがき;
2017年5月、イタリアのATPテニスツアー・ローマ大会で、世界ランク7位のドミニク・ティエム選手は準々決勝でラファエル・ナダル選手(世界ランク5位)に6−4、6−3で勝利し、準決勝ではノバク・ジョコビッチ選手(世界ランク2位)に1−6、0−6で敗れた。
この2試合でのティエム選手の戦略・戦術は全く同じであり、試合途中での変更も行わなかった。『ベースラインからの強打ストロークでエースを取る』と云う戦略・戦術でした。(戦略地域;ベースライン、戦術技術;強打ストローク)
『負けている時はテニスを変えろ』が鉄則であるが、ジョコビッチ戦ではそれも行わなかった。
ドミニク・ティエム選手は自分の特長であるストロークの強打を展開し、ナダル選手には通用したが、ジョコビッチ選手には通用しなかった訳である。
何が良くて、何が悪かったのだろうか。私の分析を説明します。
2. 贈る言葉;
ナダル選手のストロークの特長は強力な回転のドライブです。トップスピンドライブ・ストロークを打つ目的は打球がネットをより高い位置で越えて行き、ベスライン手前に落とす事で、ミスの少ないテニスができる事です。
すなわち、ネットせず、バックアウトし難い強打のストロークが出来る事です。
しかし、ドライブボールの欠点は地面にバウンドした後、高く跳ね上がり、対戦相手にとっては打ち易い球になる事です。また、相手コートのサービスラインあたりでバウンドすることも多々あり、相手選手は高く跳ねたボールをネットより高い位置で強打してエース・ショットを打ち込める確率が高くなります。ティエム選手がナダル選手に勝利した理由がこれでした。
一方、ジョコビッチ選手のフォアハンドストロークはトップスピンドライブとフラット・ショットです。バックハンドストロークはトップスピンドライブとフラット・ショット、そしてスライス・ショットです。多彩なストロークを持っています。もちろん、ドロップショットも得意としていました。
ジョコビッチ選手は相手コートのベースライン近くに滑るようなボールを打って、ティエム選手をベースラインに釘づけにして、ドロップショットでポイントを重ねてもいました。
ティエム選手はベースライン付近からの強打を余儀なくされポイントが取れないどころか、飛んできた撃ちにくい球をベースライン付近から無理やりにエースをねらったショットがバクアウト、サイドアウトを重ねていました。また、無理やりネットダッシュを試みてはジョコビッチ選手からのパッシングショットでポイントを失っていました。
ナダル選手とジョコビッチ選手の大きな違いは、ストロークの打球が『地面から高く跳ねる』か『地面を滑ってくる』かでした。
さて、
戦略とは、戦いを有利に進めるために支配・制御すべき地域・領域を選択することです。
戦術とは、戦略を成功させる為に取るべき兵器(技術)・投入物量(運動体力)・戦い方(強打、繋ぎ、ネットダッシュ、ドロップショットなど)を決めることです。
ティエム選手の戦略はベースラインでのストローク戦を挑み、戦術はストローク力で勝つことでした。しかし、ジョコビッチ選手には全く通用しませんでした。
打点が高く取れなかったのに強打を繰り返し自滅してしまいました。
もともと、心・体・技の実力レベルではジョコビッチ選手に劣っているティエム選手には勝利する確率は小さかったのです。
しかし、ティエム選手にとって、勝利出来るポイントをさがすとすれば、体力勝負に持ち込む戦略を取るべきでした。ベースラインでのストロークの粘り合いに持ち込む(球を拾いまくる)べきでした。相手の『体』を崩すことによって『技』が乱れてきます。『技』が乱れてくると『心』が崩れてきます。『心』が崩れると『体』の動きが悪くなり、更に『技』が落ちてきてミスショットが出始めます。ジョコビッチ選手は『体→技→心→体→技→心』の下降スパイラルに入り、ティエム選手は『心→体→技→心』の上昇スパイラルに入って『勢い』が出てきます。そうすると、エース・ショットも生まれたことでしょう。
もちろん、ジョコビッチ選手は対抗する戦術を取ったことでしょう。ネットダッシュ、ドロップショットで揺さぶりをかけてきますが、それは、ティエム選手にとっては混戦に持ち込むことであり、勝利のチャンスが芽生えることでもありました。
3.あとがき
1980年ころ、4大大会のウィンブルドンでの決勝は数年連続でスエーデンのビヨン・ボルグ選手とアメリカのジョン・マッケンロー選手の戦いで、しかも、どちらが勝利するか判らない5セット・フルセットの戦いでした。
3年目くらいの戦いで、対戦成績で負け数が多くなってきたサーブアンドボレーのマッケンロー選手がトップスピン・ストロークのボルグ選手に対して取った戦略は『反射神経能力で優る』でした。
アンティシぺーション(予測・相手の考え行動を感じ取ること)の優れているボルグ選手はネットダッシュしてくるマッケンロー選手のサーブをレシーブでの強力パッシングショットでポイントを取ることに成功していました。
しかし、サーブがフォアサイドに来るのか、バックサイドに来るのか予測できないとパッシングも撃ちにくいものです。
ボルグ選手にサイド予測させないために、マッケンロー選手はサービスコートの何処にボールが落ちるか自分でもわからない強打のスライス・サーブを打ち込んでネットダッシュして行きます。(プレースメントをしないサーブを打つ)
ボールの落下地点が予測できないボルグ選手は何とかレシーブ返球しますが、マッケンロー選手は自分の反射神経能を信じてその返球にボレーを挑み、何とか勝利していました。
戦略、それはコート上の地域だけではなく、人体の領域にも及ぶ範囲で考えるものなのです。
因みに、ラケットをボールの上へかぶせるように打つトップスピンのため、ボルグ選手のラケットガットは75ポンドで張って、ボールがネットし易いのを防いでいました。(当時、ボルグの木製ラケットには鉄板が入っているとの噂があった。)
一方、ネットダッシュの出球やボレーのスライスボール(ボールの下を擦り上げる)を打つために、バックアウトし易くなるのを防ぐために、マッケンロー選手のラケットガットは38ポンドくらいで張っていたようです。(当時は40ポンドから50ポンドで張るのが通常)
戦略地域をベースライン・戦術をトップスピンボールとするボルグ選手、戦略地域をネット近く・戦術をスライスボールとするマッケンロー選手。気分を外に表さないボルグ選手。気分を外に発散するマッケンロー選手。何から何まで対照的な二人でした。負けん気だけは同じだったようですが・・・。
ボルグ選手は後日、述懐していました。
『マッケンロー選手は対戦相手にプレッシャーを懸けることを楽しんでいる』と。
孫子臼く、「算多きは勝ち、算少なきは勝たず。いわんや、算無きに於いてをや。」である。
『諸君の健闘を祈る』
目賀見勝利より第二の錦織圭たちへ
2017年5月28日
参考文献;
プレイ・ザ・ボルグ1 ビヨン・ボルグ著 後藤新弥訳 講談社 昭和56年10月
プレイ・ザ・ボルグ2 ビヨン・ボルグ著 後藤新弥訳 講談社 昭和57年10月