2.ニーナ
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深い森というのは魔物が棲む場所だ。
高い木々に囲まれたそこは暗く、大型の怪物も多く出没する。
だから人類は好んで森の奥へ向かわないものだ。
逆に見通しの良い平野は人間の住む場所で、魔物はほぼ出没することはない。
そういう意味では魔物と人間と棲み分けができていると言える。
それが自然の仕組みだ。
王国の首都セントラールから西へ延びる街道がある。
街道は南に広がる大きな森を迂回し、西の大都市へ続いている。
最短距離で道がないのはそういうわけだ。
その南の森は、千年の森と呼ばれていた。
現在の王国が樹立して以降、千年以上人が訪れていないためだ。
もしかしたら森の奥に入っていった人間はいるのかもしれない。
しかし帰ってきた者はいない。
魔物に襲われたのか、迷って帰ってこれなくなったのか。
だから好んで入ってゆく人間もいない。
だからその奥がどうなっているのか知る者もいない。
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俺は今、その千年の森の奥にいた。
「まさか森の中に人がいるなんて思わなかった……。その……助けてくれてありがとう。俺の名はバーン。西の街へ馬車で向かう途中盗賊に襲われて……。なんだったんだあの剣は?俺の鉄の剣があっさりと両断されるなんて……」
意識がはっきりしだし、盗賊に襲われた時の記憶が少しずつ蘇ってくる。
「そうか。盗賊に襲われたのか。」
俺を助けてくれた少女は、ニーナと名乗った。
森の中にあるこの小屋に一人で住んでいるという事だった。
見たところ非常に若い――10代後半くらいにも見える――そんな若い娘がなぜこんなところに一人で住んでいるのだろう?
いろいろ疑問があるが、まず俺は盗賊に襲われた時の状況を彼女に話し始めた。
「それはたぶん、魔力付与剣だな。」
「エンチャントソード?」
「魔法によって殺傷力を高められた状態の剣のことだ。その辺の盗賊なんかが持ってるようなものじゃないはずなんだけどな」
なるほど。たしかにあの剣の切れ味は理解の範疇を超えていた。それが魔法の力なのだろう。
しかし魔法なんて王国の上層部や特殊機関などでなければ関わることのないものだ。
なぜそんな武器をこんな田舎の盗賊が持っていたのか?
そしてそもそもそんな知識を持つこの娘は何者なのか?
「ニーナ……君は一体何者なんだ?」
「私は魔法使いだ」
あっさりと答えが返ってきた。
「えっ?!いや、でも魔法使いってもっと修行してなるもので、もっと老人や老婆……?」
そう、魔法がこの世界に存在することは一般に知られてはいるが、実際に魔法使いや魔法そのものを見たものは非常に少ない。とても貴重な技能であり、それを習得するためには長い年月を要すると言われている。王国には魔法の修行を積んでいる途中の見習いは数多くいるが、実際に魔法使いと呼ばれる段階に達した者たちはいずれも年老いた老人ばかりだ。
俺はよほど混乱して変な顔になっていたのだろう。ニーナは笑いながら、
「なんだその顔は?!私は修行なんかしなくても最初から魔法が使えたし、おまえが思っているほど若くもないぞ。」
この娘は、時々わけのわからないことを言う。俺の混乱は増すばかりだ。
「うそだろ?……いや、でも、そうか。この胸の傷を治してくれたのも魔法か?!そうか、君は治癒魔導士か!」
「それもハズレ。おまえに説明しても理解できないだろうけれど、時空魔法で傷口の時間を戻しただけだ。」
時空魔法?聞いたことのない単語が出てきた。
そしてだんだん俺への対応が変わってきた気がする。なんというか、バカにされているというか……。
命の恩人に対して失礼かもしれないが、だんだん腹が立ってきたぞ?
「何を言ってるんだよオマエ?さっきから言ってること全部信じられないな」
俺は不信感を言葉に出すが、ニーナは相手にしていない。
「まったく……この森に入ってくるなんて何者かと思ったんだけど……ただのバカか……。」
今聞き逃しちゃいけない単語が出ました。この人俺のことバカって言いました。
「ちょっと待て!今俺のことバカって言ったな?!確かによく言われるけど……じゃなくて、」
「違うのか?」
「ただのバカじゃない。俺には特殊な能力がある!」
「何?」
「俺は、悪い奴か良い奴か一目で分かるんだ。」
それは事実だ。どんな善良な顔をしていてもみんなから好かれていても、俺は悪い奴を一目で見抜いてしまう。事件が起きた時にもすぐに犯人が分かってしまう。逆に悪人とされる者でも根が悪いやつでない時もそれが分かる。どうやらそれは俺だけが見抜けるようで、これが特殊な能力だという事が分かってきた。
この能力の弱点は、最初から悪い奴が分かってしまうため、事件の真犯人を見つけた時の驚きがないという事だ。
俺のところへ歩み寄ってくるニーナ。
「それで?」
俺の顔を少し怖い顔で睨む。お前の命など私の魔法でどうとでもなるのだぞと威圧しているかのような表情で。
そんな彼女の表情を観察する。その奥に隠されている本性を見抜くために。
そして俺はつぶやく。
「それで……、お前は良いやつだ。悪い魔法使いじゃない」
まじめな顔で断言した俺に、ニーナは苦笑し答える。
「バカじゃないの?」
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少し話をすることで、俺たちはお互い危険な相手ではなさそうだと分かった。
その後食卓に案内してもらった俺は、ニーナにお茶を出してもらった。
お茶を飲みながらニーナとまた会話が続く。
「ニーナはここにずっと一人で暮らしてるのか?一人は、寂しくないのか?」
「まあ完全に一人というわけでもないし、森の動物もいれば、時々訪ねてくれる友人がいるしな。そうだ、お前を見つけたのもその友人なんだ」
噂をすれば影というか、ちょうどその友人について質問しようとしたところに本人が現れた。
「あら?目が覚めたようね?」