忘れられた物語たち
僕の小説の舞台はある田舎町だった。当然架空の町だ、どこにも存在はしない。
ただし、フォークナーの創造したヨクナパトーファ州とは重みが違う、僕の創造した町はただただ、僕が住みやすいだけの町だ。何の信念もない。
幼い頃、多くの人がそうであるように、僕の脳内には様々な人物がいた。幼い頃の創造力は本当にすごい。何人もの人物を僕は創造していたし、そのひとりひとりにきちんと名前があった。
しかし、今同じように創造しろと言われるとすごく難しい。もう何人もの人物を創造することはできない。
たまに、町を歩いていると、急に昔僕が創造した登場人物に遭遇することがある。僕は彼らに自分自身が課した運命を、もう覚えていない。
彼らはたまにうらめしそうに僕を見た。「あの人たちはだれなの?」
彼女は聞いた。
「さぁ、わからないな」
「あなたは」彼女は大きな目で何回も瞬きしながら言った。「あなたは私のこともいつか忘れてしまうわ」
「なんでそんなこと言うの?」
「あなたが忘れたら私はこの世の誰にも認識されなくなる。それだけの存在なの」
「だから僕は君を忘れないようにする」
「それは、どうかな」
彼女はまた寂しそうに微笑んだ。
「だから僕は君を存在させる為に、誰も君を忘れないように小説を書くんだ」
僕がそう言うと彼女は、ありがとう、と言った。