世界の地図
僕は小説を書くにあたって、舞台となる町の地図を書いた。
地図は細部にこだわろうと思えばいくらでもこだわることができた。この道に何のお店があるのか、何の植物が生えているのか、地図には無限の可能性があった。
僕は時折、その地図の世界に自分がいる妄想をする。町の中を自由きままに散歩するのだ。この町には僕の創造した人物しかいないし、創造した道しかない。この町で起こる出来事もすべて僕の創造の範囲のことしか起きない。
町で彼女に会うと決まって同じ質問をしてきた。
「あなたはこの町にいて、楽しい?」
「楽しいよ、楽しくて仕方がない」
「そう」
「そうさ」
「あなたはこの町にいったいいつ雨が降るのか、いつどんな事件が起きるのか、いつ誰が散歩中につまづいて転んでしまうのか、すべて知っている」
「ああ、僕は何でも知っている」
「まるであなたは神様みたいなのね」
僕はそんな風に言う彼女の顔をぼんやりと眺める。彼女の顔が時々、僕にはわからなくなる。笑ってほしいと願えば彼女は笑う。僕が何も考えずにいると彼女の顔はまるで電源を切ったテレビのように真っ暗になる。
僕が彼女を見つめ続けていると、彼女はにこりと笑った。それも僕が今この時、願ったことだ。