進化の代償
ガロンはおもむろに口を開く。
「最近では、能力進化や能力向上を目的に名付け行う者もおります。ただ、本来の意味で名付けの目的は異なるのです。それほどに召喚師にとって従魔に対する名付けとは特別なものであると認識していただきたい」
重い空気が周囲を包む。
こちらに対して真剣な眼差しを向けるガロンからは、獲物を狙うような肉食獣特有の威圧感を感じられる。
「従魔に固有名詞を付ける事での一番のデメリット。それは従魔が死亡した際、従魔と共有していた召喚師の魔力が永遠に失われる事に尽きます。名付けは文字通り、召喚師としての命を削る契約である事をご理解ください」
緊迫感に押されゴクリと唾を飲み込んだ。
「実際、多数の従魔に対し名前付けを行っていたある召喚師が、従魔の死亡によって全ての魔力を喪失したというのは有名な話です。どれ程の力量や素質を持っていたとしても、魔力を無くせば召喚師ではなくなるという事となります」
魔法も万能ではないという事になるのだろう。
先にこの説明を受けていたならば、フレドに対する名付けは行っていなかったかも知れない……。
「トラベル殿の場合、酷なようだが魔力総量は多くはない。それに加え魔法耐性まである。トラベル殿が召喚師として生きる道は、それこそ茨の道となるでしょう。それはご自身だけでなく従魔にとってもという意味になります。……それでも召喚師としての道を歩む覚悟はおありでしょうか?」
ズシリと重く心にのしかかるものがある。
ガロンからこちらを観察し、置かれた現状を見据えた上でのアドバイスのはず。
強大な召喚獣を呼び出す事が叶わない召喚師にとって、確かに厳しい部分はあるとは思う。
それだけではない。
既に従魔の一人をネームドとしている自身にとって、フレドの存在が足かせになる可能性も指摘しているのだ。
自身だけでなく、フレドにとっても。
しかし、既に覚悟は決まっている。
従魔となったフレドをただの「駒」とする気など、毛頭ない。
だが、召喚師が無能であれば従魔も無駄死にするだけの「駒」と化すのは事実。
召喚師としての知識や経験、才能や積み重ねてきたもの。その全てが不足している。
埋められないものは多くあるが、努力で埋められるものを埋めていく以外に方法はない。
「覚悟は既に出来ています。自身としても多くのものが不足している事も十分理解した上での覚悟です。自身のあらゆるものと、従魔のあらゆるものを合わせ、自分たちで成せる事をして行くつもりです」
あらゆる情報、考え、工夫、作戦、覚悟、想い。
自分達が持ちえる全てを動員し、生き抜いて行くしかない。
この世界で生きるという事は、つまりこうゆう事なのであろう。
「トラベル殿の覚悟は理解いたしました。では、少しこの世界での召喚獣の捉えられ方を説明しておきましょう。一般的に召喚獣は召喚師の召喚に応じ、世界に現れます。召喚師の命に従い、あらゆる行動を忠実に実行しようとします。……例えそれにより自らの命が失われるような命令であったとしてもです。召喚師は召喚獣を自らの盾として敵の攻撃を受けさせ、自らの剣として敵を撃つ。召喚師から見れば魔力さえあれば生み出せると感じる召喚獣は、消耗品のように使い捨てられる事も多いのが実情です。彼ら召喚獣達は、召喚師の代理戦争のための「駒」となり、戦場で流される血の殆どが彼ら召喚獣の物なのです。その光景に関しては、既にトラベル殿はこの世界に召喚された時に目にしているはずです」
この世界に召喚され、最初に目にした光景が思い出される。
凄惨な戦場で流血していたのは、確かに魔獣ばかりであった。
VRゲームの「Master And Creature」でも、クリーチャーは使い捨てであった。
クリーチャーの被害は戦果に影響がないため、クリーチャーその命を盾として用い、マスターに及ぶ被害はクリーチャーに受けさせるのが基本的戦術。
ただ、この世界の召喚獣である彼らには、命と意思が宿っている。
自意識のレベルはまだ図れないが、ゲーム設定の様に空間に満ちるマナから作られ生まれ出でて、死と共に光の粒子として消失する訳では決してない。
そんな彼らを消耗品扱いする考え方に、黒くそして苦々しい感情を抱いていた。
「……嫌な思いをさせてしまったかも知れません。ただ、今、「嫌な思い」を感じられたのであれば、トラベル殿の存在は大変貴重なものになります。この世界の常識に囚われた者には、今の話をしたとしても心を動かす事は無いのですから……」
ガロンは不思議な話し方をしている。
まるで今の常識を変えてほしいとでも言いたげな話し方。
世界の理を覆して欲しいとで望んでいるかのように。
「私はそれほど優秀な人間ではないのですよ。私を買被り過ぎです…。欠陥ばかりの不完全な人間でしかありませんから」
実際にそうだ。取り乱し、寂しさに押しつぶされ、誰かに頼り、そして助けられてばかり。
勇者や英雄という人物とは、縁遠い場所にいる存在でしかない。
「ですが。…私なりに足掻いてみましょう。……世の理を変えられるとは到底思えませんが、召喚師として従魔と共に生き抜く事を示し、召喚師と従魔の新しい関係を模索する努力をしてみましょう。……私も現状の扱い方が良いとは到底思えませんからね」
ガロンの望みに近い回答であると思う。
出来るとはとても言えない。ただ、自分でも変えてみたいと思う部分は多く存在している
ただ、この結論に至る過程で、少々意地悪な意図が垣間見えていた。
「しかし、ガロン殿も少々人が悪いですね。……私に。私達が召喚師とその従魔として生きるためには、この道以外には残されていないでしょう」
「トラベル殿、本当に恐れ入った。私が予想したその遥か上を行くのだな。トラベル殿は……。私も一つ約束しよう。今後、トラベル殿達に何かあれば、私は全力で支援する事を約束しよう。ギルド長、ガロン・ハーヴェインの名に誓って!」
「私は名も命も賭けられませんよ。弱く臆病で非力な人間でしかありませんから」
部屋を覆っていた重たい空気は無くなっていた。
自身のこの世界での生き方もまだ何も定まった訳ではないが、ガロン・ハーヴェインという強力な味方が出来た事は事実だ。
苦難の道ではあるだろうが、フレドと共に召喚師として歩む道以外に今は他には見当たらない。
覚悟の上に更なる覚悟を重ねた形になってしまった気もするが、何とかなるだろう。
楽観的な考えに浸っていると、明るい声で話しをしながらこちらに戻ってくる二人の声が聞こえてきた。
(今の自分に成せる事を成す。これしかないだろう……)
従魔の命運を握る召喚師という職種。
まるで子の親となったとでも言うような、様々な感情が入り混じりその楽しげな声を聞いていた。