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謝礼での駆け引き

 自分は今、ガロンの部屋。ギルト長室にいる。

 応接ソファーに通され、ガロンが来るのを待っている。

 左隣には自分の手をしっかりと握るフレド。

 頼むから離れてくれとお願いしたが、「マスターですから」と、理由にならない言い訳で離れようとしない。

 一般的な召喚師としての知識がまるでなく、召喚獣との付き合い方すら分からずここに来た。

 ただ、今回ガロンに会いに来た事で最も重要な事は、昨日の召喚に関して全てが終わっている訳ではない事。

 とにかく情報が不足していた。

 

「お待たせしました」


 そう言いながらガロンは対面のソファーに腰を下ろす。

 そして開口一番こう告げられた。


「さて、何について聞きたいのでしょう?」


片目を閉じ口元には笑みが作られていた。

笑顔で語りかけてくる肉食獣というものは、非常に多くの違和感があった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「まず、お礼をさせてください」


 最初に本来の目的から口にした。

 様々な事を聞きたい思いはあるが、それは感謝の意を伝えた後でも逃げてしまう事はない。


「昨日の召喚の時、成功したのは貴方の補助があったからだと思っています。ありがとうございました。」


「それについては感謝は不要ですよ。見習い召喚師が師の補助で召喚を実施する事は、特別な事でもありません。失敗して大参事を起こさないためにも、むしろ普通の事なのですから。」


 ギルド長となるには召喚師としての才能も重要なのだろうが、それ以外の人としての完成度も求められるはず。

 そう言った意味でガロンは非常に人間として完成されていると感じている。

 ……実際は人種ではなく、『ワータイガー』ではあるのだが。


「なるほど、理解致しました。お礼をすべき事柄は、もう一つあるのです」


 自身の謝意を伝えられたのであるから、取りあえずこれはこれで一段落とした。

 そして、もう一つの事に話を進める。


「…ほう。私としては心当たりがないのですが」


 ガロンの視線が少し変化していたが、構わず続けた。


「はい。私が召喚の後に気を失いそうになっていた時、誰かが私の掌にこれを握り込ませてくれたのです」


 そう言い、指輪にしては大き過ぎ、腕はとしては小さいリングを首から下げていた紐を手繰り取りだす。

 銀色の金属と、深い青色をした石がはめ込まれたそれが手の上に乗っている。



「推測部分が多い話なのですが……。これは魔法道具なのだと思っております。私にこれを持たせた方は、私が召喚終了した後、彼『コボルト』を留め続ける魔力がない事をあらかじめ予測しており、事前にこの魔道具を用意していただいていたのではないでしょうか」


 ガロンは無言ままこちらを見つめいている。


「そして案の定、魔力が切れ意識を失い掛けた時に、私にコレを持たせていただけた。……この魔道具の原理など全く分かりませんが、私が彼『コボルト』を召喚し続けた状態で維持できている今の現状から推測すると……。召喚の維持魔力減退効果か、自身の魔力回復力の強化効果。そのどちらかではないかと考えています。」


 一息つき、さらに続ける。

 ガロンの視線は未だに変化していない。


「そして、ここまで見通した準備と配慮をして頂ける方。……貴方以外には考えられないという結論に至りました」


 話しきり、大きく一呼吸をした。


「様々な事への配慮に対してのお礼と、高価な魔道具をお貸し頂いたお礼。そして、自身の従魔がこうしてここにいられる事へのお礼を申し上げたいのです」


 左手はフレドと繋がれたままなので、右手でフレドの頭を撫でる。

 全てを話しきり、少し緊張していた。

 話した内容にある程度の自信はあったが、この世界の理を全く理解していない現段階で、推測の上に推測を重ねた危うい考え方。

 大きく答えが逸れている可能性が十分にあり、見当違いの可能性も否定できないからだ。

 

 しかし、その考え方は霧散した。大きな笑い声と共に。


「くっくっく。わぁっはっはっは~! これは、これは、素晴らしい!!」


 目に涙を浮かべ、自身の膝をバシバシ叩きながら爆笑するガロン。

 いきなりの爆笑に対し、一瞬左手を強く握られた。


「いや、いや。失礼、失礼」


 爆笑冷めやらぬガロンは、いまだに苦しそうにしながら肩を震わせていた。

 一息つきガロンは自分を真っすぐに見つめる。


「こちらの世界に召喚され、非常に少ない情報の中でここまでの分析をなさるとは、考えてもおりませんでした。私の想像以上の推察これ程までに大変感服致しました」


 ガロンは膝に手を置き頭を下げて来る。


「推察の通り、貴方にその魔道具を持たせたのは私です。そうなる可能性を考え、事前に用意しておきました。最初の召喚から失敗となると、挫折してしまう方も多いものですからね。それにその魔道具の効果も概ね正解です。召喚獣の維持に必要な魔力を外部マナから取り入れ、維持に必要な魔力を軽減する効果があります。『コボルト』の召喚維持であれば、自身の魔力を消費せず維持出来ていると判断し、そのサイズの魔道具にしました」


 ガロンが自分に対する評価を極端に上げられたような悪い予感がしてはいたが、そのまま聞いていた。


「一つだけ誤りがあります。その魔道具は、旅人様に差し上げた物になります。召喚師ギルドに加入すれば誰にでも支給する場道具であり、それほど高価な物でもないのですよ。ご安心ください」


 概ね正解であった事に安心感と、魔道具の価値観については情報不足を痛感した。

 ただ、どうであれ謝意を伝える相手はやはり目の前にいるガロンであった。


「感謝いたします。ありがとございました」


 こちらも頭を下げ、礼を述べる。これでようやく一つの気持ちが整理出来た。

 ここで、一つの疑問があったので素直に聞いてみた。


「今の会話の中にもあったのですが、私は何故『旅人』と呼ばれているのでしょうか」


 素朴な疑問であった。

 ガロンにもミニアにも『旅人』と呼ばれていた。


「それは、貴方様が異世界から召喚されてきた方だからです。そういった方を我々は、『旅人』と呼ぶ習慣なのです。お気に触りましたでしょうか」


 なるほど。考えの中から除外していたが、異世界召喚されて来ているのは自分一人でない可能性もあったのだ。

 そうすると、有益な情報交換や協力体制を築ける可能性もある。

 同じ日本人とは限らないだろうが同一世界の話題が出来る相手がいれば、心強いのは間違いない。


「いえ、私の思慮が足りておりませんでした。確かに私以外が召喚されている可能性もある訳ですし、そう言った呼ばれた者達を指す言葉があっても当然でしょう。そうすると、…。そうですね。私の事は「トラベル」とでもお呼び下さい」


「ふむ、トラベル様ですか。了解致しました。このトラベルという言葉は何か特別な意味があるのでしょうか」


 翻訳があっても翻訳されない。恐らくこれは英語が母国語では無いからと思われる。

 結果として都合のよい名前となったと思う。

 こちらの世界の人には異国の言葉として聞こえ、同世界からの召喚者には英語としての耳に入りやすいとの判断からであった。


「私の元いた世界では、旅人や旅行者を指す言葉になります。今の私に丁度良い名前かと思いまして」


 なるほど。とガロンも納得していた。

 自身としても巻き込まれた不幸と考えるより、この世界を楽しむ旅行といった考え方も良いかもしれないと思っていた。

 例え片道切符だとしても、目的地には着いている。

 苦しんでも楽しんでもどちらも人生であるなら、剣と魔法と魔獣がいるこの世界を満喫してみよう。

 一つの名前で気持ちがここまで変化し、心が軽くなるのは不思議な感覚であった。


「では、トラベル様。よろしければギルドへ正式加入をお願い出来ますでしょうか。手続きはミニアが行いますので、後で呼びましょう」


「こちらこそ、宜しくお願い致します。それから、私はギルドに加入する訳なので、様付けは不要ですよ」


 了解したとガロンの回答。ギルド加入がようやく確定した瞬間だった。


「ところで、お隣の『コボルト』ですが、やけに懐かれている様子ですが召喚獣としての登録も一緒になさいますか?」


 成程ね。召喚獣もギルド登録可能なのか。と、納得しているとフレドが勝手に発言した。

 今まで空気のように扱われ、何度か『コボルト』として呼ばれていた事に痺れを切らしていたのかも知れない。

 むしろ、今まで無言でよくいられたと褒めるべきなのだろうか。


「俺の名前はフレドってんだ!ちゃんと覚えとけよ。虎のオッサン!! 二度と『コボルト』なんて呼ぶんじゃねえぞ!!」


 周囲の空気が凍った。

 正確に言うと、時間が凍結したのかもしれない。

 先程までの和んだ雰囲気は、一瞬で霧散してしまっていた。


 そんなフレドに対し、拳骨が振り下ろされていた。


――やはり躾は大事。

 

 魂に今の言葉は刻まれていた。




 

 

 

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