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理想と現実の違い

9/8に大幅修正しております。

今後ともよろしくお願いします。

「ここはコボルトを盾として生贄にして、こいつで撃破だ!」


 自身が召喚師となり、敵を打ち倒すVRゲーム「Master And Creature」は、大流行していた。

 一人称視点でゲームは進行し、戦況判断が非常に重要になるゲーム性が人気であった。

 VRゴーグルを着用してのプレイも人気に火を付けている要因の一つ。

 初めてプレイした時、あまりにもリアルに描かれたクリーチャーの姿に戦慄を覚えた程である。


 ゲームはリアルタイムバトルを歌っているが、物理攻撃にも魔法発動にもリキャストタイムが存在する関係で、疑似ターン性のある仕様となっている。

 チートをすれば別なのだろうが、そう簡単に無双は出来ない仕様であり、課金をすれば最強という訳ではないのだ。

 その辺りも高い評価を獲得している要因の一つだと思われる。


 召喚獣を駆使して戦い、最終的に敵マスターを全滅させるという単純なゲームルール。

 ただ、疑似ターン性という特徴から敵の攻撃をいかに低ランクの召喚獣で受け、自身の攻撃起点を作るかが重要なポイントとなっている。

 最大8対8のチームで戦う仕様となり、各マスターが複数の召喚獣を召喚する事で、戦場では100体以上の召喚獣が入り乱れる大規模戦闘展開され、日々リアルな戦いが繰り広げられている。



 目の前で自身のFランク召喚獣『コボルト』が敵の爪撃を受け文字通り分断され、死亡が確定。

 死亡した召喚獣はマナに帰るとされており、光の粒子となり霧散してゆく。


 強力な一撃を最低ランクのFランク召喚獣で受けられた結果、目の前のAランク召喚獣『キマイラ』は数秒間は無防備な状態が続く。

 こちらもすかさず特異スキルを身に付けたDランク召喚獣『爆弾オーク』を召喚。特異スキルの『自爆』即座に発動させて『キマイラ』を撃破。


 FランクとDランクの召喚獣でAランク召喚獣を撃破した事は、自軍勝利に大きく近づく大金星であった。

 チームチャットには、称賛の文字が並んでいる。



「ふう……」


 結果として大勝利を収め、目の前にはリザルト画面が表示されている。

 画面に表示された自身の分身であるアバターは、勝ち誇った表情をしており、その背後には勝利を祝う文字が大きく表示されている。多くの敵戦力を排除し、自軍勝利に多大な貢献した事を物語っていた。


「レアドロップが無かったのが残念だな。よし、次行くか」


 ロビーボタンをクリックし、ローディング画面が現れる…………はずであった。

 突如画面がホワイトアウトし、一切の視界がなくなる。


「な、何だこれ?! バグったか?」


 慌ててVRゴーグルを外そうとしたが、VRゴーグルは装着していない。

 正確にはVRゴーグルにも自身の顔にも触れる事ができず、まっ白な空間に意識だけがある。そんな感覚だった。

 次第に自分という認識が曖昧になり、プツリと糸が切れるように意識は途切れてしまった。




◆◇◆◇◆◇◆◇




「グワァァァ!」


「ギャャア!」


 様々な咆哮が響き渡る。

 同時に甲高い金属音と鈍い轟音も、あらゆる方向から聞こえている。


 剣や棍棒、槍を手に持ち戦う何者かが見える。

 その「何者か」は、いずれも人のそれと大きくかけ離れた形容し難い容姿をしている。

 緑色の肌、牙の生えた醜悪な顔、3m近くある巨大な体躯、全身を鱗に覆われた体、手に武器を持ち二足歩行する獣……。


 統一性のない異形の存在、いわゆるモンスター達が武器や己の爪や牙で持ち殺し合いを演じている。

 まどろむ意識の中、映画のワンシーンでも見るようにその風景をぼんやりと眺めている自分。

 現実感が全くなく、目の前に展開されるこの光景は仮想空間の世界としか感じられない。


 一つだけ間違いないのは、ここは戦場であるということ。

 インストールもされていないので通常ではあり得ないが、全く別のVRMMOに飛ばされたとでもいうのか?


 足元には、何かが転がってきた。

 口から牙が生え、醜悪な顔をした何者かの頭部だった。

 その瞳は力なく空中を見つめ、その下には血だまりが徐々に広がる。


 その焦点の合わない何者かと視線が交差した瞬間、死という黒い漆黒のイメージが頭の中を電流のように駆け巡る。

 現実感がなかった風景が一瞬で激変し、モンスター達が血生臭い殺し合いを繰り広げる光景が目の前に広がっていた。

 むせかえる程に猛烈な血の匂いと焼け焦げる悪臭が、鼻腔と肺を激しく刺激する。


 次の瞬間には胃の内容物が逆流し、目の前の血だまりに激しく嘔吐をしていた。

 胃の内容物全てを吐き出しても、繰り返し胃は痙攣し続け嘔吐しようと収縮を繰り返す。

 体の中身が全て出て来そうな程の激しい吐き気であった。


「うぐっ……。うげぇ……」


 周囲には爆音と怒号と、様々な轟音が響き渡る。

 上空には様々な場所から矢と石、火球が戦場を飛び交う。

 火球が着弾した地面は爆発し、広範囲に炎を撒き散らす。

 避け切れず巨大な火球を盾で受けた者は、爆発で上半身が消失し、残された下半身は力なくその場に崩れ落ちて大きな血だまりを作る。


 青白い稲妻が戦場を幾筋も走り、空気を切り裂いた爆音が響き渡る。その閃光にわずかでも触れた者は一瞬で炭化し、またある者は全身の血を沸騰させその場に崩れ落ちてゆく。



 自身の目の前に醜悪な顔をした者が立ちはだかる。左腕を失い右目には矢が刺さっており、瀕死の重傷であると一目でわかる。

 潰れた鼻、上下に2本ずつ生えた湾曲した牙。汚れ破けた粗末な鎧を身に付け、右手には石製の手斧を握りしめている。

 この醜い豚のような姿は、Eランク召喚獣『オーク』そのものであった。だがVRゲーム「Master And Creature」と大きく異なるのは、傷を負っているということ。ゲーム内ではあくまでHPという概念しかなく、四肢欠損はもとより流血すら表現されていない。

 だが目の前にいる『オーク』は、グロテスクな醜態をさらしている。黄色く濁った目を血走らせ、唾を飛ばしながら雄たけびを上げた。


「グォオオオ!!!!!」


 言葉ではない、身全霊の雄叫び。まるで自らを鼓舞するかのような声を上げ、彼は手にした手斧を大きく振り上げた。

 そしてそれに渾身の力を込め、振り下ろそうとしている。

 この手斧が振り下ろされれば、おそらく命は無い。しかし、そう判断しつつも、ただ振り下ろされつつある手斧を見つめていた。

 頭と体が別の生き物であるように、一歩も動けずにいた。



 圧縮された時間が過ぎゆく中、『オーク』背後の上空に翼を持った何かが視界に入る。


 水鳥のような白い翼を生やし、上空に留まるソレ。どうやら人の形をしている。周辺の空間はまるで陽炎のように揺らめいており、何か圧倒的な力のようなものを感じる。



 美しい……。



 その男性を見て最初に感じた感情がこれだった。

 淡麗な顔立ちと優雅な雰囲気、神々しささえすら兼ね備えた彼は芸術的な美を感じさせる姿なのだ。

 薄い白い布をまとった彼の姿は、神話の世界で描かれるような天使に近いような存在にも感じられる。


 周囲にいる異形の者達も、上空に表れた異変に気付き視線を送る。

 するとこれまでの喧騒が嘘のように戦場は静まり返り、この場にいるあらゆる者が彼という存在に釘づけとなっていた。

 目の前にいる『オーク』も、手斧を振り上げたまま上空の彼の方へと振り返り、自分に背を向けたまま見入っていた。


 異形の者の視線さえも釘づけにする存在。


 上空の彼から視線を外し、恐怖で震えている足を無理矢理に押さえて目の前『オーク』から距離を取ろうとした。


 ちょうどその時、上空の彼は何かを呟き始める。

 何らかの言葉を呟いた後、彼を中心として大空に巨大な紋様……。つまり、魔法陣らしきものが白い光で描かれ展開される。

 年輪のように幾重にも重なったその複雑な魔法陣は、見渡す限りの空一面を覆い尽くしている。

 次の瞬間、その色を白から赤へと変えてゆく。


 青空だった空は、今、大空の魔法陣の影響で夕焼けのように燃えるような色に染まっていた。

 既に深紅にまでなった大空の魔法陣が、大地へと下降を開始する。

 本能……なのか。

 この状況は間違いなく危険であると感じられていた。だが、空を埋め尽くすこの魔法陣の下からは最早逃げ場などどこにも存在しない。


 空一面を覆う巨大な魔法陣は、衝撃を伴い大地へと落下した。

 次の瞬間、全身をバラバラに分解されるような、これまで味わった事のない激しい痛みに襲われる。

 そして何者かが、頭に直接語りかけてくる。

 聞いたことのない言葉だった。だがその意味はなぜか理解できる。その内容は……この苦痛から解放される唯一の方法だと語っている。


「生ある者よ。あなたを命という牢獄から解放しましょう。あなたは既に十分に苦しみました。その魂を解放しましょう」


 それは確かに甘美な誘惑だった。全身を焼く苦痛とセットで提案してくるとは。死神は人の心を知るようにでもなったのか?

 

 奥歯を噛み締め、誰に返答する訳でなく荒げた口調で声を絞り出していた。

 

「……ふざけるな!苦のない生など、あろうはずがない。あらゆる苦からの開放とは、それは死でしかないだろう!!」


 発した言葉とは裏腹に、激しい苦痛からは死を連想させるものだった。

 いつまで経っても引かない苦痛。

 この苦痛は、死に向かう痛みそのものなのではないのか。

 死という死神が、目の前で両手を広げているように錯覚してしまう。

 体中から冷たい汗が噴出し、心が死に対する恐怖という業火で焼かれている……。

 


 周囲に居た多くの異形の者も、激しく苦しむ様子を見せている。

 しかし次の瞬間に苦しみから開放された表情をして、彼らは光の粒子となって粉々に霧散する。


 自分の胸ぐらをきつく掴み、体を丸め苦痛に耐える。

 強く握り込んだ拳からは血が滴り、強く噛み締めた奥歯が音を立てて軋む。


(死んでたまるか!!)


 そんな言葉を心の中で繰り返し続けていた。



 どれだけの時間が経過したのか……。

 苦痛を伴う時間というのは、とにかく長く感じる。

 突如、全身を襲う激しい苦痛から解放され、ゆっくりと目を開けてみる。




 周囲に広がるは、見慣れぬ荒野の風景だった。

 草原というほど平坦ではなく、木々も草もまばらな場所。


 ただの荒野と異なるのは、大地は無数の足跡で踏み荒らされ、折れた剣や割れた盾、引き裂かれた鎧といったものが周囲には無数に散乱している。

 


 上空からは、翼を携えた彼がこちらを見下ろしている。

 彼は男性とも女性とも言えないような、中性的な顔をしている。

 ただその表情は怒りというような感情が刻まれ、敵を見るような視線でこちらを見つめてきていた。


 突然に全身の力が抜け、その場に倒れ込んでしまう。

 四肢の感覚は消失し、それは徐々に全身へと広がる。

 視界から色が消えうせ、端から漆黒の闇へと塗りつぶされてゆく。

 音も消失し、漆黒の闇の中に意識だけぽつりと取り残されたような感覚。


(これが死なのだろうか)


 そんな事を考えながら、ついにはその意識も手放してしまった。





「……キサマハ、ナニモノナノダ……」


 上空で発した無機質な声は、誰の耳にも届いてはいなかった。

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