番外編・繰り返す時の先で
どうしてこうなった企画そのいち
「どうせだから聞かせて貰っても良いかしら?」
「……何を?」
「あら、想像がつくのではなくて?」
あちらにしてみれば定かではないが、ワタシからしてみれば命の恩人だ。
お金で買い叩かれたと言う人も世の中には存在する……特に、事情を知っている実家と周辺からしてみれば無理もないだろうと言う気はする。他人事ならワタシだってそう思っていただろう。
けれど、他人事ではない。
誰に何を言われた所で、好きな事を言いたい放題の人達が何をしてくれたと言うのだろう? 別に哀れまれたいとは思わないけれど……それでも、きっとあの人達にしてみれば「何もしないでいてやった」くらいは思っていたに違いない。
「……さあ? ワタシは貴女ではないんだから思考なんて判らないわ」
「それは否定しないわ」
目の前の人物は、とても可愛らしい風貌をしている人物だ。
育ち切らない手足は髪の毛から見える所がこまめに手入れをされている事がよく判るから、見えない所も丁寧に整えられているのだろう。恐らく、覆い隠されているだろう素肌をまとう衣服も一級品の贅沢な素材と縫製をされている……市民ならば一家が贅沢をしても一年は確実に暮らしていけるだけの素晴らしい衣装だ。
ほんの少し前まで、遠目で見る事さえ出来なかった。夢に見る事さえ諦めていた。
「言っておくけど、ワタシからしてみれば恨みとか怒りは持っていない……少なくとも、この子に関しては感謝さえしていると言っても良い」
「その代わり、世話をする子供が二人になりましてよ?」
「でも一人でやるわけでもないし、子育てだけしていても良いし。何より、ゆっくり眠る時間が取れて食事をする余裕があると言うのは感謝の理由としては十分よ」
「最初にお会いした時の事を思い返すと、少しだけ事実を疑いたくなりますわ」
「それは……悪かったわ」
出会いとなると、ちょっと今から考えると頭を抱えたくなるけど元はワタシが一人の男と交際をしていた事に端を発する。
その辺りは端折るけど……その男は、事故で死んだ。ワタシが、腹を痛めて産んだ子の父親だ。
どんな人かと問われると、ちょっとばかり悩む……この家の、跡取りで幼い頃からワタシの祖国。つまり隣国に住んでいたのは事情があるらしい。詳しくは知らない。
この家に住んでいる奥方の実家が隣国にあって、その伝手で住んでいたそうだ。ワタシと付き合うなんて変な男だと思って笑ったけど、事情を知れば納得もする。
ワタシの家は、有名な「呪われた一家」だからだ。
「よろしくてよ、人にはそれぞれ事情やら立場がありますもの。
それで……伺ってもよろしくて?
下世話な話、何故に貴方達一家が生き残ってこられたのか不思議なのです」
まあ、色々あって。
ワタシは義父母と会う前に交際相手が亡くなった事で、今更の呪われ感が増加するのはさて置いて一家の大黒柱として働いている所に妊娠と言う状況になってしまったものだから。ただでさえ生きるだけで精いっぱいの我が家は一気に困窮を極めた……ワタシが収入面でも腹が膨れた事で出来ない事が増えた事もあって私と弟妹だけでも食べさせなければ、と意気込めば父親が嘆いた。
働きもしないで、と言うより我が家に入ってしまうと一気に婚前の繋がりが呪い恐ろしさで断ち切られてしまう為に婿に来てくれるだけでありがたいと言う事から。母も生前は父に無理に働くようにはさせなかった……母の死因は、通りすがりの事故ではあったけれど。過労から来る疲労だったんじゃないかと思っている。
「いや、でもご主人……」
「お言葉には気を付けて下さる? 私は、この家に嫁に入った者の妹で貴女は時代の当主の乳母なのですよ?」
「しかめっ面をするけどさ、それなら何で度々来るわけ?」
「私は貴方達を見つけてお知らせした功労者ですもの、褒賞として自由にお会いする権利をいただきましたわ。
何より、貴女がこの家から出るような事になりましたら契約違反ですもの。その時には相応の覚悟をしていただかなくてはならないでしょう?」
何その理屈、とは思うけど。
実際問題、今日食べるものさえ困っていた身の上で誰も頼れない事情があったから。ご主人が最初に使いを寄越した時も、本人が現れた時も、とてもではないが信用なんて出来なかった。
使いに手紙を持たせて現れた時も、返事を待たれた時も、返事を返すだけの道具がないなら提供しますとか言われた時も、バカにされているとしか思わなくて現れたご主人を相手に一目見た瞬間に殴りかかろうとしたのは良い思い出だ……護衛の女騎士に軽々と止められたけど。多分だけど、ワタシが妊婦じゃなかったらもう一人の侍従に攻撃されていたに違いない……咄嗟にご主人が止めなかったら攻撃されていた可能性・大。
我が子共々どうなっていた事やら……恐ろしい。
「ワタシの家は、呪われた一家なのよ。
かつて、ご先祖の一人が家を乗っ取ったってわけ。
ご主人なら知ってるんじゃないかな……『茨と鳥』ってうちがモデルなんだけど」
「ああ……」
茨と鳥と言うのは、他の国では知らないけどうちの国では子供の寝物語に聞かせる程度の話だ。
綺麗なものが好きな鳥が、ある時に美しい花を見つけた。でも、鳥は花を摘み取って捨ててしまい、そこに自分の宝物を置いて満足していたら花を取り巻いていた茨が鳥を巻き上げてしまった。
ところが、そこになっていた果実が茨に頼み込んで茨から鳥を開放させるも怒った鳥が攻撃をしかけて結局は鳥の翼が穴だらけになり地上を歩くしか出来なくなった。
と、簡単に言えばこんな話。
実際は、よくある常としてもっとグロい。
「飛ぶ鳥を落とす勢いだった婿養子が、妻が亡くなった途端に自分と妻の間に生まれた子供を蔑ろにして愛人と子供を招き入れ殺しかけた。事態が暴露されたものの、時の国王の縁戚にあたる幼い姫君は助命を願ったおかげで土地家屋に住み続けると言うより蟄居を命じられた。生き残る事は許されたけれど賠償金やら何やらで領地があるわけでもなく……元の持ち主に返したと思えば別にって気もするけど。
時の国王は、事あるごとにうちを市民の八つ当たり先に仕組んだってわけ」
こちら側に裏側の話なんぞ降りてくる訳ないんだから、王家側の事情なんて知った事じゃないけど。一応、ご先祖の手記とか当時の噂とかを集めてみると事情的にちょうどよかったと言う事になるらしい……たぶん?
「そうね、情報を遮断して一部地域での差異がそれほどない不作や害獣問題で生じた負債を王家に仇なす者達。しかも、それを当の被害者の温情によって生きる事を許されている人達に押し付ければ自分達に降りかかる『小さな災難』もまとめて一家に押し付ける事が出来る。しかも、そこまで凄い問題が生じたわけではないから巻き返しを図れば王家の失態にはならない……タイミングが良かったと言うのもあるのでしょうね」
さらりと理解された……気がする。
正直、その当たりの話となると古い話で一方的加害者にされている身の上からするとどうかなあと言う気はするけど。
「本当に国を揺るがす程の時代ならば、それこそ一家揃って前線に行かせればまとめて始末も出来るでしょうし。
本当に平和な時代ならば暗躍する貴族たちへの見せしめにもなった事でしょう、時代を逆算して考えると地方では確かに実りが僅かずつ減少傾向にあった時代がありましたし、同時に近隣諸国で害獣問題が多発していた時期が重なる頃から算段して……となれば、大凡の時代考証は出来ますわね」
「はあ……ご主人は見かけによらないと言うべきか、貴族って誰もがこんな感じなのかと言いたくなるねえ……」
「お嬢様は特別です」
「お嬢様でございますから」
「二人とも、発言を許可した覚えはありませんわ」
「「申し訳ございません、お嬢様」
普段はご主人に聞かれた事とか以外では滅多に口を開かない女騎士と男性侍従が、ご主人に関する事だと意外と口が軽いと言うのは知りあってしばらくしてから割とすぐに判った……いや、これを思い出すと顔から火が出そうだけど。
「「お嬢様が赤子様を取り上げられた時より、すでにお嬢様の偉大さはご存知かと思われましたが未だにご理解いただいておられない様子でしたので。補足をさせていただきたく……」」
「必要ないと言っているでしょうに……目立つ事を好みませ……なんですの、その目は?」
「「イエ、オキヅカイナク」」
「……貴女も、何か言いたい事がおありですの?」
「いや、息ぴったりだなあとは思うけど?」
嘘ではない、単に言いたい事の全部じゃないと言うだけ。
ジト目で見つめてくるご主人は、どうも立場を利用してご主人でなければ聞き出せない様な話とかを集めるのが趣味な所があるらしい……本人に言わせると「今のうちにしか出来ない」って事だと言う主張ではあるんだけど、どうにもご主人の主張は玉に「嘘だぁ!」と言いたくなる事も……いや、もうちょっと? しばしば? 常に、とまではいかないかな……ワタシが貴族のしきたりとかよく判らないし。
細かい所は知らないけど、ワタシの家はかつての先祖のやらかしたおかげで国と言うか姫様が本来受け継ぐ筈だった財産を使い込んだらしくて。使い込んだ分だけ返済するまではぎりぎり生かされると言う「いっそ処刑した方がよかったんじゃ?」と言いたくなる状況を何百年も続けている……ご主人は大体いつごろか判ったらしいから、真面目にすごいと思う。
言っておくけど、没落貴族(兼呪われた犯罪者一家)なんて収入無いから。誰だって呪われた相手と付き合いたいなんて思わないから、しかもどう言う流れか世間の噂で呪いが移るとか言われている癖に「借金返済まで没落させない」なんて国が決めちゃったからワタシ達は逃げ出す事も出来ない。特別貴族な扱いをされているけれど、それだって言い替えれば「罪人貴族」とも言える。複雑なんだよ。
「まあ、宜しいでしょう……。
そう言えば、その様な背景があるのでしたら兄様の事はよく受け入れたものだと思いますわね……流石の兄様も私に弱音を吐くのは立場的に問題だと思いますけど」
「そんなの残してたのっ!?」
本当の兄妹でもないけれど、お家同士の関係とか手習いの延長とかでご主人とあの人は文通をしていたそうだ。
ワタシとあの人……アイツとの馴れ初めはワタシと子供の存在証明としての証拠物件として義父母に提出されている。もちろん、全部ではなくて関係があったりなかったりする所については何枚か抜いていると言う事なんだけど。
……いや、個人間の手紙の中身について文句を言うのはどうかと思うけど。
ついでに言えば、もう書いた本人亡くなってるからどうしようもないんだけど。
「落ち着いてくださいませ……将来の御当主様候補達が起きだしてしまいますわよ?」
それを言われると辛い……いかに弟妹で子育てには慣れているとは言っても、それはそれで別人なんだから同じ手段が通じるかと言われると子育てって一つじゃないよなと思う。一人で育てているわけでもないし、手段が色々あるから休む時間も食事をとる時間も取れているから負担で言えば今の方が楽かも知れない。
もちろん、慣れ親しんだ家じゃない。可愛い弟妹が側にいない、寂しくないと言ったら嘘になる……第三者から見たら、ワタシは実家を捨てて逃げたようにも見えるだろうし金で買われた様にも見えるだろう。その当たり、ご主人が「上手い事やってるから気になさる必要はありませんわよ」と言っている以上、ワタシに確かめる術はない……手習いをさせていたから、その延長で届けられる手紙は心の慰めだ。
もし、ご主人がワタシを。ワタシ達一家を策略で陥れようとしたのだとすれば……そんな意味も必要もない事はする事ないよねって感じではあるんだけど。
正面切って喧嘩売られたら、その時点でワタシのうちなんて壊滅状態になるからね。自慢じゃないけど。
恐らく、ご主人なら王家に働きかけて『呪い』もあっさり解くに違いないと思っている……国としては市民の八つ当たり先が無くなるのは歓迎しないだろうけど、代わりに何かするだろうし?
「……こ、このやるせない憤りをどこへぶつければ!」
「それはご自分で考えてくださいませ……それとも、うちの者でもお貸しして手合わせでもなさいます?
弟君や妹君が、どこまで腕をあげられたか体で実体験をなさるのも悪い話ではございませんわ」
「……頼もうかなあ?」
褒められた事ではないんだろうけど、自由時間になるとご主人が手の内の人をしょっちゅう使いに寄越してくれる。これはワタシ達の監視と言うのも嘘ではないんだろうけど、内心では心配もしてるんだろうと言う気はする……最初にご主人に会った頃のワタシ、自分で言うのも何だけど女性と言うより人として問題ある顔してたからね。臨月で。
今まで、アイツを放って置いたと勝手に思い込んで。家族なのに一緒にもいないで、ってご主人に八つ当たりをして……そもそも、ご主人は親同士が仲良くてご主人の姉があの人の弟と婚約してるだけって言う間接的にはともかく直接的には関係もない。しかも、あの人はのんきだった事が祟って秘密主義みたいな感じに思われていて、どこで何しているとかもほとんど口にしなかったとかで住んでいた家の人達も気にしなかったとかで。
結局、呪われた一家の呪いで死なせてしまった。
ワタシは……ワタシ達は、どこまで行ってもどれだけ時間がたっても、結局は呪われた一家なんだと思った。腹に子供がいなかったら、恐らくワタシは心が壊れていただろう。
婿に来てくれて子供を授かっただけで十分だからと父に何も要求をしなかった母と、母の美しさに溺れて婿入りをすると言う意味に現実になるまで実感しなかった為にやる気を失った父と。幼い弟妹を支える為に、奔走したワタシをあの人は……「現実逃避」だと言った。
「所で……相変わらずの戦いぶりだと伺っていましてよ?」
「そう簡単に変わるもんかい……」
襲われるのが日常だった身の上からしてみると、動きとか技術とかに無駄が多いらしい。誰かに教えて貰うにしても人が寄り付かない一家だから、それこそ「見て盗む」と言う事がメインだった。
……どこの職人だよと言いたくなるけど、見ていられる余裕だって最近になってやっと身に着いたくらいで必死になっていたくらいだ。母さんが生きていた頃はまだマシだったけど、だから父さんは昔から庭に出るのも嫌がるんだ。庭くらいなら勝手に入り込んで市民が暴れる事もある、でも自然と壊れた壁から入り込むのはともかく屋敷は国から保障されている……屋敷を市民の暴動で壊された時には流石に騎士が出てくる状態になったくらいだ。その時の修繕くらいはしてもらえたけど……当然、借金の上乗せにされた。
国にしてみれば、うち都合の良い「市民の八つ当たり」はそう簡単に潰されては困るのだそうだ……吐き出させる先が無くなると、今度は他の「罪もない一般市民」や他の「下級貴族」に手を出されるかも知れない。自称「正義の味方」が勢いをつけて「尊い方々」を煩わせる様な事が起きられても困る。
つまり、うちは。私達は「国からの生贄」なのだと……。
「でも、全く上達が見られないと言うわけではないと聞いてますわ」
「うん……まあ……」
「基本が出来上がれば道具を使う事も出来るでしょう、いつまでも打撃攻撃だけでは限度がありますもの」
「武器かあ……上手く使えるかな?」
「体に合う物である事と、慣れが必要ですわね」
武器、と言っても想像がつかない。
そりゃ、兵士や騎士が身近にいた生活を送っていたんだから。全くなじみがないわけではないけど……だからと言って、彼らがワタシの「味方」だった事はない。彼らに言わせると「罪もない市民」を被害が起きる前に取り締まるわけにはいかないのだと言う……長い時間の果てに、兵士や騎士達からしてみるとワタシ達は「出来の悪い大道芸」扱いになっているのだと。
「……ご主人も、何かしてるよ。ね?」
「ええ、そうですわね。
そのおかげで、貴女は今ここでこうしていられるのですから……」
「はいはい、してますよ感謝」
初対面で名乗られた時、ワタシは頭に血が上っていた。
赤ちゃんに栄養のあるものを食べさせなければならないのに、弟妹の世話をしなければならないのに、ワタシはろくに身動きも出来ない。弟妹はワタシに気を遣う事と外に出る事への恐怖心から身動きが取れず、本来の働き手である筈の父に期待するのは最初から諦めている。
父に頼るくらいなら、その前に市民の前に放り出し声を高らかに叫ぶ方が良い。
「貴方達、彼女には何がお似合いかしら?」
ご主人の傍に仕えている一組の男女……執事と思われる男性と、護衛と思われる騎士の女性……騎士とは言ってもワタシが幼い頃から見ていた騎士と言うにも憚られる奴らとは違う。普段はぼんやりとした感じでそこ居ると視界に入っているのは判るのだけど、ワタシが執事に名乗られてから一発殴りかかろうとし……気が付いたら地面の上で泥だらけで転がっていた。
一応、妊婦で臨月だったから腹は避けてくれたらしい……その直後に、怒涛の陣痛ラッシュで激しい痛みと熱と叫び声しか覚えてない……ご近所に響く声だったそうだ……うち、家から玄関先まで歩いて結構あるんだけど……。
「短剣から始めるのがお約束ではございますが……」
「暗器にしても飛び道具にしても、まずは体をきちんと作ってからが望ましいかと思われます」
別にワタシは……言い訳するわけじゃないけど、そんなに運動苦手ってわけではない。そうでなかったら、今頃どんな目にあっていたか判らない。
「……貴女は、意外と物事を狭くとらえる所があるから不安ですわ」
「どう言う意味?」
「ご自分で思うより、貴女は周囲から見られていたと言う事……と言っても、お判りにはならないでしょうね。
いえ、別にそれが悪いわけではありませんのよ? 誰もが一方通行ではありませんもの、小さな親切がとても大迷惑なお世話様になる事もあれば。まるで底の抜けたティーカップの様にどれだけお茶を注いでも全く手に取ることもない方とていらっしゃるのだもの、それに人は誰もが己の見聞きして信じたいものだけを信じるもの。
私から言えるのは、その程度ですわね」
ワタシの視野が狭いのは……生前にアイツも言ってた。
一人で全部背負いすぎだって、でも誰が助けてくれるのさ。
頑張る事は美徳だけど、何もかも抱え込むことはないなんて言われて腹が立たない方がどうかしてる。
ずっとずぅっと、そう言う生活にあって。そう言う環境にあって。
違うんだ、ワタシはずっと……そうしなければ……。
「では、本日は私が淑女講義の一環として優雅にお相手を致しましょう」
「「「……え?」」」
あ、珍しくご主人の使用人達と声が重なった。
……結論、見た目詐欺ってご主人の事を言うのだと思う。
「乳母である彼女はともかく、貴方達は何ですか……このままでは再修業ですわよ?」
それはもう、瞬殺と言う感じでワタシ達三人は敗北です。
て言うか、赤ちゃんが寝てるからと言う事もあって勝手が違うんだろうと思う。ついでに言えば、ワタシは暴漢に襲われる事はあっても貴族のご令嬢に襲われたのは初めてです……本当に尊い身分の人はワタシ達みたいな存在は歯牙にもかけない。と言うのも、国の最高位の人達がすでに罰を下したと言うのにそれ以下の人達が代わりに……何て、どれだけ偉いんだと言う話だからだ。逆に、ワタシが行くような所に偉い身分の人達は現れないしワタシ達の身の安全をはかる意味もあって周りも会わせない様にさせていた。
ただし、そんな事を知る事もない立場の人達はその限りではないけど。
「申し訳ございません、お嬢様……」
「くっ……!」
見た目はほつれ一つないわりに、力尽きて膝をつく二人……ま、まあご主人を相手に手荒な真似なんて出来ないよね?
うん、ワタシだって赤ちゃん達の傍で暴れるような真似は……。
「情けない、それでも私の命を狙っている暗殺者なのですか? 貴方達?」
……いや待って、ちょっと。
「せめて連携を取る程度の事はなさいなさいな……次期候補様方を守りながら戦う事も出来ないのですか?」
その眼差しは冷徹ともいえるもので、これが本当にご令嬢と言うべき姿の方なのかと疑問に思う。でも、同時に「本当に高貴」と呼ばれる方と言うのはこんな人なのだろうか……だとしたら、うちの先祖は随分と抜けた人物だったと言う事になるけど。
「困ったものですこと……私の首を落とすなど、夢のまた夢ですわね」
「え、ナニソレ……」
「あら……冗談ですわよ?」
「いや、嘘でしょ!」
「ええ、嘘ですわよ?」
「どっちっ?」
「ふふ……どちらでしょうね?」
状況は聞かなかったけど、元はご主人に仕える二人。
元はご主人の暗殺依頼を請け負った暗殺者だったとか……それがなんでご主人に仕える事になったかと言えば、よく判らない……偉い人の考える事は判らないって事にしておく。うん。
「最初から育てるのも面白いかも知れないけれど、すでに出来ているのだからカスタマイズした方が楽に使える所もありますのよ? 最初にぽっきり折ってしまえば後は楽な部分も多いですし」
「なんか違う話を聞いてる気がする……」
「僭越ながらお嬢様……」
一呼吸着いたのか、執事服の男性がいつもの姿を取り戻していた。
珍しい事だから、もう少しじっくり見たかったな……女性の騎士は未だに呼吸も整えられてないけど。こう言う室内だと、鎧とか着ている騎士は圧倒的に動きが悪い。小回りが利かないと言う意味でも騎士は家の中に入ってこられても単に邪魔になるだけ……うちには盗るものはないけど、代わりに殺さない程度に痛めつけるのはある程度目こぼしされてるからね。死にそうになるまで治療もされないって言う事もあるけど。
「あら、もう回復しましたの……手を抜いたのではなくて?」
ご主人の向けられた眼差しに、案外良い所見てるなと感じる。
本物の襲撃者ならともかく、こんな子供のいる目の前で血を流すような目に合わなくて良かった。
「それは……」
「確かに、外では警備が。中でも護衛がそこかしこにある貴族の屋敷で乳母の元まで辿り着く暗殺者など、余程の手練れと言う事は確か……貴方達程度の腕の護衛があるのならば、と言う前提ですが。
だからと言って、貴女が自衛も出来ぬようでは困りますわ」
「判ってる……」
そう、判ってる。
以前のワタシはそうだった、弟妹と言う二人の子供をほとんど育てたのはワタシだ。そうして、弟妹を守るためにどうしたって二人とも一緒に出掛けなければならない時だってあったし、それ以前に家の中に居ても襲われる事は普通だった。あいつら市民にとって、うちを痛めつけるのは自分達にとって正しい事でワタシが反撃するのも逃げるのも生意気だと言われていた。
でも、そんなのワタシは望んでいなかった。
「貴方達、少しばかり屋敷の警備を見て来てちょうだい。こちらは構わないから。
ああ、それと帰りましたら少しばかり稽古をつけて差し上げますから体を慣らしていらっしゃい」
「い、いえ。お嬢様のお手を煩わせるなど……!」
「私が手づから相手をしようと言うのに、断るつもりですか?
嫌だわ……私を倒すなんて大言壮語を口にして置いて、その程度でこの首を獲れるとでも思っているのかしら……その程度、だと思ってるのよ。ね?」
「……いえ、その様な事はございません。
ご命令、謹んでお受けいたします」
「そう、頼みますわ……私とて、せっかく見つけ出した身内ですもの。心健やかに過ごしていただきたいものですわ……いずれかが、将来の私の旦那様になるかも知れませんし?」
「「「え?」」」
あ、また同調した。
「そうそう……貴女、少し席をはずしてお茶を入れて来て下さるかしら?
ご子息様方も、そろそろお食事の時間んではありませんこと?」
「ですが、お嬢様……」
「どうせなら、この者達の指導をご覧になって来ていただいてもよろしくてよ?
見稽古と言いまして、見るだけ聞くだけでも何かの役には立つものです」
「え、でも……」
「参りましょう、お嬢様の御厚意を受けて下さると助かります」
あ、顔が本気と書いてマジだ。
もしかして、何か命の危険性でもありますか貴方達?
「悪かった」
「え?」
「親が子供を案じられるのは事実……なのに、それを引きはがすような真似をして申し訳ありません。
その様な意味でソレは言っております、どうぞお納め下さい」
「いえ、まあ……」
普段はご主人を間に挟んでいる事もあって、お二人と口を利く事はほとんどないと言っても間違いではない。
一番会話したのが、ご主人と初めて会った時に殴りかかったワタシを取り押さえに来て。人の頭の上で何やらくっちゃべってる所を動物の様に唸り声をあげていた……らしい。
そのまま、出産に入っちゃったからあんまり覚えてないんだけど。痛みで記憶なんて吹っ飛ぶものだって。
貴族ってのは面倒だっていうのは勉強してから判ったんだけど、ご主人は貴族としては当然の手順を踏んでワタシと会う努力をしたわけだ。でも、そんなのワタシなんかは知らないから「家族なのに! 身内なのに! なんで誰一人来ないの!」とか怒ってたわけだ、無駄に。
「見稽古も、貴女が我々の姿を見れば多少の役には立つでしょう。
そう言う意味からすれば、彼女の言っていた事は間違いではない。我々にとっては憂さ晴らし程度の事しか出来ないだろうが……」
「正直者」
「騎士を名乗るのならば、お嬢様の一撃で伏した事を恥と思いなさい」
女騎士の方は、確かにご主人から一撃で沈められていた。
とは言うものの、鎧の事を差し引いても執事は一撃と遠距離攻撃でやられた……ご主人、獲物は持っていた扇一本だと言うのに衝撃波とやらを飛ばして来たのだから化け物かと思う。
でも、ワタシはご主人に感謝をしている。
だって、それまでのワタシは必至だった。
ただただ、生きて弟妹を生き延びらせる事だけが生き甲斐だったし大事だった。
願った所で、人生には物語の様な助けなんて来る筈がないって文字を習った最初に思った。
うちにある物、それこそ国宝級とか言うのは無い。でも、そうじゃないものならばある。
貴族でも下に居るものなら、頑張れば手に入れる事も出来ない訳ではない。でも、位が高くなれば高くなるほど些末なものとして見向きもしない。けれど、市民にはほとんど必要がない。
貴族と言っても名ばかりで、この国の誰よりも地位が低いのに死なない程度で生かすために殺されない様にされている。今の今まで、殺されなければ良いとばかりに多少の傷は見過ごされていた。
頼るものもない人生の中で、初めて食べる事と眠る事に安心できるようになるなんて思っていなかった。そりゃ、最初のうちは何をされるのかと危ぶんでもいたんだけど。
ねえ、確かにワタシの人生はアンタが言ったように周りから見たら「かわいそうな子」なのかも知れないね。
母を亡くし、父は役立たず、まだ幼い弟妹を抱えて、市民から悪戯に傷をつけられながら生きてきた。しかも、なまじ貴族なんてものにいるのに屋敷は廃墟に近く庭なんてすでに森。市民は平気でワタシ達を傷つけて来て、裏で笑いをこらえてさえいるのかも知れない。
でも、それはワタシ達が望んだことではないのも。それが当然すぎて受け入れるとか違うとか、そんな事さえも考え付かなかった事も本当だし疑問さえなかった事も本当。
だけど、ワタシは決して不幸な人生だったとは思わない。
アンタにとって妹分的な、ワタシにとって主と定めても構わないと思われる程の人を見つけて理解する。
そりゃ、アンタと引き換えに結果的に手に入れたんだって事は判ってるけど。
でも、ワタシもあの子も、決して「不幸」だとか「かわいそう」だとか言う言葉を受け入れないよ。
ワタシの子は、ワタシに似て前向きになるかも知れない。逆に、アンタみたいに悲観的になるのかも知れない。
けど、判ってるのは今はまだそれだけだと言う事だけ。
ワタシの人生も、あの子の人生も、まだまだ始まったばかりだ。
「そう言えば、ご主人って何歳?」
「ああ……貴女はお嬢様の年齢をご存知ありませんでしたか」
「妹と同じ、10歳」
「へえ、貴女も妹がいるんだ。ワタシんちの妹……あれ、10歳?」
「そうですね、先日誕生日を迎えられましたので御年10歳となられます」
彼女は、本編が終わる際にこう脳内で叫び声をあげました。
「ユルサナイユルサナイユルサナイ」
どやかましいと思ったところでこうなりました。
「ふざけるなコノヤロウ」
感覚で言うとそんな感じ。
でも、ふたを開けるとぐだぐだになりました。一度書き直す程度には。
そして、祭儀に明らかにされた「妹」ちゃんですが……まさかの10歳でした。
どうしてこうなった第二弾。
名前を付けなかたので面倒になりました。
と言うより、なんで10歳児の護衛と騎士が暗殺者崩れと言うより現役の暗殺者なんですか……暗い。
妹ちゃんによって解放された育児を夢半ばにして亡くなられた兄君の冥福を今さら祈りたいと思います。
合唱♪←それ違う