微笑みの下にある何か
人の心の中は、一つではない。
人の外見が服装や化粧で姿を形を変える様に、心を表すように。
その、心に逆らうように。
簡単に姿形が変わる外見に対して、心が変わらないなんて事。
あると思うかい?
生まれた時、普通だった。
普通とは言っても、それがどんなレベルの「普通」かは判らない……何故なら、私の世界はとても狭かったのだから。
恐らく、世界の全てのレベルで換算した場合は上位者と言う扱いになるのだろう。これは国によって扱いが異なるから確かな事は何も言えない……そう、私の世界は今もって狭い。
私が誰か?
そんな事を聞いてどうするのよ? 私にとって重要なのは「名前」ではないのよ? そもそも、貴方は私の国の事も社会も知らないでしょう?
貴族と言う家に生まれた事は知っていたし、その貴族と言う立ち位置が無数の平民によって支えられている。だからこそ、領地持ちの貴族は王家に従い民を慈しみ守らなければならないと言うのは学んだわ。
もっとも、そこには「貴族にとって」と言う前提が付くのは仕方ないわよね? 誰だって無駄に身を粉にして自滅しながら働きたくなんてないもの。
王家が国の為に生きるのであれば、誰かの思惑など跳ね除けて引きずり降ろされる事もないでしょう。
貴族でも、領地経営やら何やらを出来ているのであれば民から徴収する税を低く。貴族間の社交を当たり障りなく行えば的などそうそう出来るものでもありませんわ。個人間の思惑はともかく、そうそう悪徳貴族とか商人と手を組んで大罪を企む者なんてそうそういないものよ。
表立って国家間の戦争をしているわけではないのだもの、平和なものでしょう。
そんな私の家は、父様と母様、それとお姉様が一人。
私の家族の事なんて今回の話には無関係ではないけど重要ではないわ。
取り立てて言う事もないのだけど……そうねえ、父様と母様は一般的な貴族ではないかしら? 実際にはどうだか判らない所があるのは事実よ、貴族である以上は個人の感情やら表向きの常識にしがみ付いた所で現実は変わらないのだから状況に応じて対応出来なければ。場合によっては家の存続に響く事だってあるのだもの、当然よね。
もちろん、家の力で捻じり伏せる事が出来ればそれに越した越した事はないでしょう。けれど、そんな事をしたら家の評判に最終的には響くのだから個人的にはお勧め出来ないわね。
……え、お姉様?
お姉様は……とても理想的な貴族の女性ではないかしら? 感心さえしているの……本心よ? だって、あんな生き物は本の中でしか見たことがない上に実の姉なのだなんて信じられないわ。両親は何を考えてあんなモノを作ろうと思ったのかしら?
正直、現実を疑ったくらいよ。
何たって、今時いないのよ?
お昼くらいにゆったりと目を覚まし、一杯のお茶をいただく。軽く食事をしてから届いた手紙などを見てお茶会に行くか詩集を読むか刺繍をするかドレスを作らせるか、出かける場合には夜会に行くこともあるけれど。夜会に行くのは社交として情報収集とお見合いが中心ですから。お姉様が招待される事はほとんどありませんわね……女性達だけならば話は別でしょうけれど、幼い頃から婚約者の決まっている方を仕事も持たない方をお招きするとしたら情報収集に限られてしまうもの。けれど、お姉様みたいな夢の世界で生きている方は稀にいらっしゃるのも確かですわ。
世間の時流に着いて行けなかった、もしくは逃げ出してしまったと見られる方もいますわね。でも、そう言う方にも使いどころはありますのよ? ですから、夜会では蔑まされる様な事はありません。目の保養にもなりますしね。
お判りかしら?
私……馬鹿とか無能とかが大嫌いですの、特に使いどころがない無能は万死に値しますわ。でも、そうそう使いつぶしたりはしませんのよ? だって、簡単に潰すなんてもったいないでしょう?
私がこんな性格なのは、家庭環境が無関係とは言いませんわ。人は置かれた環境で左右されるものですもの、そうでしょう?
でも、厳密な意味ではきっと誰にも。私本人が一番理由を知りたいと思い、一番判らないのだろうと思いますの。
人は誰でも一番自分自身の事を判らないと、どこかで誰かが言っていましたわね。
貴族である以上、婚姻から子を産むのは女性の義務ですわ。
殿方の浮気ですか? お姉様の様な方はお嫌いでしょうから知られないのであれば宜しいのではなくて? 気になさるのであれば、殿方の手綱を握っている事をお勧めしますわ。
ちなみに、この国では長子相続が尊ばれています。お姉様が嫁ぐと言うのは、不可能ではありませんけれど、より良い連れ合いと家令に家政婦を置いておけば家は成り立ちますから不安は少ないのです……無いとは申しませんが、必要ならば手を出す事もありますから。
お姉様には父様と母様の懇意にされている近隣の領地のご子息に狙いが定められ、弟君が選ばれました。
私達の意思? そんなものは必要ありませんわ、何故なら婚姻をするには親の許可が必要ですけれど相手は必ず見つかるとは限りませんのよ? どうしても望む相手と……何て、そもそも身分的にも親の希望的難しいのです。何より、恋に落ちた相手と仮に結ばれたとして、その後で相手を心底嫌いになったらどうなさるおつもり? 離婚と言う制度はありますけれど、そこに至るまでの手続きは賭けてもよろしくてよ?
間違いなく後悔しますわ。
私の婚姻に関しては、実は難航を極めましたの。
あら、別に私が無能と言うわけではありませんのよ? 自分で言うのも何ですが、これでも多少の心得はありますから貴族の令嬢としても淑女としても重宝すると思います。
とは言うものの……まさかそれが原因で嫁入りに難航するとは皮肉な話です。
要するに、私の優秀さを許容出来るだけの家が近場に存在しないと言う事です。それなりに遠距離の家ですと敵対派閥に潜り込ませる手段しかありませんし、他国になると王家が絡んでくるので大変面倒です……理由は色々ありますわ、噂をすると何とやらとも言いますのでご容赦くださいませ。
最悪、私の嫁ぎ先を王家に狙い定めるか。いっそ、表舞台からひっそりと消えて父様の持っている爵位の一つでも譲っていただき表向きは隠居生活を実質は暗躍すると言う話は大変魅力的だと思っておりました……。
ご存じでしょう? すでに、貴方も。
まさか、兄君が亡くなられるなんてね……計算違いも良い所ですわ。
確かに……兄君は色々ありまして少しばかりおおらかなお人柄をされてはおりましたけれど。まさか、子を設けた直後にお亡くなりになるなんて誰が考え付くと思うのか……しかも、私は兄君と文通をいていたので諸事情は存じておりましたが姉の婚姻する相手の兄君にすぎず時間もたっていた為に急いで動きましたわ。何しろ、兄君が亡くなられた話とお姉様達の婚姻を私に変更される話を同時にされるなんて予想しておりませんでしたもの……残念な事に、小父様の所と私の所に来た情報が同時だった事が残念でしたわ。
次回からは、是非とも身内よりも先に情報を得る手段を考えなくてはなりません。
取り急ぎ、勝手に仕込みを行って結果を顧みなかった非道な兄様についてはさて置きます。
亡くなられた事を嘆くのはお姉様にお任せします、私には私に出来る事をしなくては……まずは、発見された時の状況ですわね。これは私の手の者が調べてくれたのですが「本当に事故」だったらしいのです。
何しろ、こちらの国では存在すら危ぶまれていると言っても過言ではない「幻の令息」です。難しい事ではありますが爵位継承などの関係から命の危険性が全くないとは言い切れないのが貴族社会の悲しい所です。それでも、兄様のおられたのは母君のご実家……流石に、兄様を亡き者にするよりは取り入る方を選ばれると思いたいですわね。10年以上も共に過ごして置いて殺害など、なかなかの鬼畜さ加減ですから母君への憎しみでもあるのかと思わなければそうそう出来る事ではありませんが……その様な事実は欠片もなく、どちらかと言えばあちらの国で家ではなく個人として取り込みたいと画策されていた様です。
流石の兄様も、その様な事をすれば多方面に面倒を起こすと言う事を教え込みました……ええ、兄様が最終的に取り込まれずに済んだのは私の功績はあると思いますよ? 何しろ、兄様がお付き合いなさっていた女性は平民に近しく貴族としては最低限と言うより貴族としての矜持も何もかも捨て去って生きている潔い方だそうですから……名前を知らなかったのは、単に私から実家へと連絡されるのを恐れたと言うより。私の家で検閲されている事を懸念したのでしょう。
国が異なる場合の婚姻は非常に面倒になるのは、いつの時代でも貴族である以上は仕方がありません。とは言っても、兄様の場合は生まれがあちらの国だった事もあり個人的には爵位を持たない立場なので付け入る隙は見つけたと言う話でもありました。
それでも、調べるのに時間がかかりました。
死者を悼む気持ちは誰も同じ、そうしていつまでも嘆いていられない事情があったのも事実……出産を控えていたのですから強く言うわけには参りません。
旅行だと偽り……偽りではありませんわね、一応は観光などもしましたし。ただ、場所的に両親は想像がついた様ですけれど。出かけた先で手の者に探させておいたおかげで、兄様の思い人にお会いした時には「なるほど」と思いましたわ……兄様、気の強い女性がお好みだったのですね。
妊婦である以上は無理をさせる事も出来ず、最初は来るのが遅い事に叱られ……私が諸事情により立場が変わった事を伝えたら、怒りがこみあげてきた様でした……家族や身内が来ないで何をしているのかと。理不尽ですわ。
兄様が立場を顧みずに余計な事をした事で、立場が二転三転した事も正直に話しましたら……死者を冒涜する気かと余計に怒りを募らせた様で……酷い話ですわ。
それでも、私がとある事情から費用は賄うから隣国までお誘いをしましたら……怒りで出産を初めてしまわれて自動的に手伝いましたわ。
ええ、助産師を呼び寄せて大鍋に水を入れて湯を沸かし、清潔な布を大量に購入させた程度ですけれど。全く何の役にも立たなかったとは思いたくありませんわね……結局、着替えもせず食事もせずで半日を過ごし、家には何も無かったので食べるものを取り寄せました。
最初にお会いした時にも思いましたけれど、家は古く修繕も出来ないありさまなのでしょう。所々が薄汚れているのは、一家の大黒柱である当の本人が臨月でまともに動けない状態だったからな様です。
ご家族……お父君と弟君、妹君がいらっしゃいましたが、どうやらあまり生活状態は良いとは言えないと判断しましたので勝手ながら家を清潔にし、ご家族に食事を与え、休ませる様に指示しました。出産に男手と子供は不要とは言いませんけれど、泣きじゃくる殿方と泣き叫ぶ子供が傍にいても出産時に役立つとはどうしても思えませんでしたし……それでも、漏れ聞こえてくる妊婦の声に恐怖を覚えるのは我慢していただくより他ありません。
私は、ご一家に申し出ました。
ご一家の生活の保障をする代わりに、母親となった娘さんとお孫さんを隣国の亡き夫未満の家に向かわせると言う。つまり、人質と人身売買ですわね。
え、法律ですか? この場合はどうなるのでしょうね? 別に、奴隷にするわけではありませんわ。
何を考えているのかと言われましたけれど……流石に母は強しと言う事なのでしょう、おろおろと判断がつかない父親に代わり決断を下したのは当事者でした。弟妹が成人するまでの家の修繕と家族の最低限の生活費を賄う代わりに何をさせたいのかと問われましたので、爵位を子供に継がせる努力を希望しました。最初は何の冗談かと笑っていたのですが……流石に、自分が隣国の上位貴族の跡取り息子だと言う前に亡くなった兄様に大声で怒鳴りつけてましたわね。
……恐らく、兄様にも聞こえたと思いますわ。乙女にはとても口には出来ない言葉ですけれど。
私が、わざわざ隣国組んだりしてまで死にかけた一家を救ったのには、当然理由があります。しかも、慈善事業ではありません。
このまま、大人しくしていればお義兄様と私は婚姻をする事でしょう。ですが、お義兄様はずるさを覚えましたのでお姉様との関係を進めたがっているのは存じていました。他所の家の爵位もちに不倫を勧めた上に、お姉様が婚姻をしても手放したくはないなどと軽い口で言いましたのよ……寝言は夢の中で一昨日口にするべきですわね。しかも、お義兄様はご存じない様ですが何人かの女性達がお義兄様とつながりがあります、最近は嫡子となった事から高級娼婦に手を出すようになりましたけれど……そうではない方の場合は割り切ったお付き合いや子供が出来る様に細工される方もいて、どちらかと言えばお義兄様の好みはそちらです。
お家的に問題だと言う事で、家令や執事が調べ上げた上で小父様に報告をし、何人かは潰した様です……詳しくは存じませんわ、興味がありませんもの。
ですが、お義兄様は……女癖が悪くて勝負に弱くて経済力がありませんの。何しろ、今だ跡取りと言うだけで実際には懐には依然変わらぬ額しか支給されていませんわ。ご自分で商売をされているわけでもないので、当然商才もございません。最低限の運だけで生きている所があります……生まれたのが貴族の次男坊であるなんて、とても幸運であると思いません? それだけで運を使い切ったのかも知れませんけれど。
個人的にも実家的にも、そんな方に爵位を継承されるのはいささか不都合なのです……ご自分の浮気だけならば勝手にどうぞと言い切るのも構いません。最悪、愛人に子供を産ませるので妻としての仕事を取り上げられるのであれば喜んで差し上げても構いません。少なくとも、お義兄様の子供を産みたいかと問われれば想像がつきませんもの。ですが、家に差しさわりが有る様な考えの足りないどころか無い方の為に尽力を尽くすなど、愚の骨頂ではありませんか……しかも、それが恐らく人生で一度なんて事はなく二度も三度も起きて、その度に私が付き合わされるなんて、それほど淑女は暇などしていられませんわ。
これで爵位を継承する? 王にお会いする?
……頭痛以外の何を覚えろと仰るのかと、本気で父様と母様の心配をしましたわ。主に頭の中身の。
その手綱を上手く握るのも妻の甲斐性かも知れませんが、慣れるのが先か私に限界が訪れるのが先か、それとも外で問題を起こすのが先か……あら、これが一番可能性としては高いですわね。父様と母様が懇意にされている家でなければ、そのまま不況を買ってしまえば宜しいのにと思ったくらいですわ。
ですが、どの様な気まぐれか私に采配を振らせる事にさせた様です……私の行動を止めなかった時点で、この件につきましては私の判断に委ねると言う事ですのよ。家のお金や権力を使うわけではありませんもの、当然ですわね……それでご自分達の手間を惜しんだと言う結果でない事を祈りますわ。
兄様と私が文通をしていた事は、口にした事はありますが。それほど重要視されていなかった理由の一つとして、兄様の国内での評価が「幻の令息」だと言う所にありますわ。国外に行かなければならぬ程に土地に体が合わないと言う問題を抱えている以上は、遅かれ早かれ隣国に移住した可能性はあります。でも、生前はなさらなかった……生前、妻と決めた女性に己の身分を明かさなかったのは、驚かせたいと言う子供の様な気持ちからである事、家に帰り爵位を一度は継承する意思があったと言う事が綴られていたので、それと共に兄様の妻と定めた女性と見る事の無かった赤子を小父様と小母様に引き渡しましたわ。
ご希望ならば差し上げますとお渡しした手紙を見て、流石にお二方とも涙を抑える事は出来ませんでしたけれど……側にいる事は出来なかったけれど、十分に愛情を持っていらしたと言う珍しいご家族ですもの。それだけの証拠と、お義兄様の悪戯を知らせれば小父様は怒りと悲しみで震えていらっしゃいましたわね。小母様は、母様が抱きしめていらっしゃいましたわ……母様にとって小母様がどんな立ち位置にいるのかは存じませんけれど、少なくとも利用しあう事が少なくない大人の世界での関係としては……少しばかり、思う所がないわけではありません。
後は、貴方も見ていらしたでしょう?
お義兄様は晴れて元の気楽な立場に戻られましたわ、爵位こそありませんけれど赤子が成人するくらいまでは生活の保障が得られるのではないかしら? お姉様と二人、心穏やかで静かに暮らせることが出来ると思います。
……まあ、あのご気性ではどうなるかと思いますけれど。
お義兄様とお姉様の婚姻は、すでに届け出が出されてますもの。貴族の婚姻ではありませんから式やお披露目の必要もありませんから、すでにお二方は新天地へ行かれましたわ。お姉様は夢の中でしたそうですけど。
赤子が成人するまで、お義兄様には生きていていただいた方が保険となりますわ。でも、自暴自棄になられて女遊びが酷くなられると火消が面倒でしょう? ですから、お姉様以外には目の入らぬ所にいらしていただきましたの。でも、場所までは存じませんわ……あら、だってお姉様はお嫁入りをなされましたのよ? もはや我が家の者ではありませんわ。
兄様の子とお義兄様の子、どちらが爵位を継承する事になるのかしら? 楽しみですわ。
……え? 貴方先ほど見ていましたの?
私はその場面を見たわけではないので知らなかったのですけど、彼女はお義兄様とお会いした……と言うより、お見掛けした事があったのですって。兄様は弟だと紹介していたのに、兄様が亡くなって一度も現れなかった事でとても憎しみを抱いているみたいですわ。兄様が亡くなった原因だと思われているのかも……私は何も言ってませんわよ? 最初は小父様や小母様にも冷たい態度でしたし、本当は子供を取り上げる事だって出来なくは無かったけれど受け入れた事で彼女の態度が軟化した事も確かですもの。もっとも、その後でお義兄様の言動を見聞きして怒りと呆れで我を忘れかけたそうですので、赤子を抱かせましたけれど。
ああ、もう一人の女性は赤子の母親ではありませんわ。流石に、使用人に色目を使うような者を迎え入れるわけにはいかないと言う事ではないかしら? 私も行き先は存じませんわ、わずかに握らせて追い出したのではないかしら? 小母様が怯えてしまって片時も離れられなかったから……そうそう、実家の母様に連絡していらしていただくまで、本当に身動きが取れませんでしたのよ。
母様は何も仰っていなかったから、すでにいなくなってたのではないかしら?
は? 私が? 貴方に話した理由ねえ……。
いえ、別に特に何があると言うわけではないのよ。何しろ、別に秘密の話ではないだけで誰にも聞かれなかったのだもの。父様や母様には口止めもされていませんし……何しろ、犯罪を犯したわけではありませんもの。
彼女と赤子を連れてきたのは……お仕事だと思ってくだされば問題はないのではなくて? 少なくとも、私の行いで父親と弟妹の身の安全は保障されているし、本人達も貴族として生活出来るのだもの。平民と比べて窮屈な所はあるでしょうけれど、少なくとも今日の明日の食事に不安を覚えたりする事はありませんわ。
私も無用な長物を処理……いえ、煩わされる事も減りましたし。
お姉様の事? 別に嫌ってはいませんわ。今も昔も。
別に、家を継ぎたいと思っていたかと言われても興味が無いわけではない程度あったのは幼い頃でしたし。何しろ、成人前から色々と……犯罪行為ではありませんわ。子供には子供特有の動き方と言うものがありますもの。お姉様は、その手の事に気づかなかったのか興味を持たれなかったのか……向かない性質だったと言う事だけは確かですわね。隠されていても気づく子供はおりますし、目の前で行われていても認識しない? 理解かしら? しない子供とて存在しますもの。誰の事かは興味を持たれない事をお勧め致しますわ、お名前を連ねるだけで一昼夜かかりますもの。
これでも、表向きのお仕事はお姉様にお任せして裏向きの実務を行うというのも無しではないとさえ思っていましたの。本当ですわ。
私は人の中に紛れる事に関しては少しだけ自信がない事もありませんけど……お姉様ならともかく、私が仮に偶然見つかる様な事になってしまった場合は言い訳を重ねても信用される可能性は期待するだけ無駄ですわね。でも、お姉様はその当たりに関してはとても世間的に信用度がありますの……迷子だとか言えば直ぐに納得されるのは令嬢としては相応しくありませんけど……私だって昔は純粋な子供時代がありましたわ。人に見つかる様な愚鈍さを持ち合わせていた事も純粋に偶然の一致もございましたのよ? 信用されませんでした……あら、よくご存じですわね? ええ、今は亡きお家の話ですわ。
た……だ、あそこで私が動かなかったらどうなっていた事か。
両親がどう思っていたのか、そして今どう思っているのか、それは存じませんわ。耳にする事がこれからあるかどうかも少し判りかねますわね。
お姉様をお人形として据えて、お義兄様を連れ合いとして共同統治をさせた場合はどうなっていたでしょう? ままごと夫婦でもお義兄様が家を乗っ取るのも致し方がないと諦める事は不可能ではありませんわね、私が許容出来たかどうかは判りませんけど。お義兄様の愛人と子供が乗り込んできた場合には速攻でお片づけをする気がしますわね……もしかしたら、お人形を目障りに思っていたのでしょうか……お姉様は『理想的な令嬢』である事は事実ですもの。お人形に上に立たれる事を、無意識で腹立たしく思っていたのでしょうか……。
ご自分達を悲劇の登場人物にして、人を悪し様に言い連ねる事が日常だと言うのは、私にとってこれまでは「普通」でしたけど。耳障りな声が聞こえなくなるだけで、少しは生きやすいのかも知れません。
お人形の癖に、自分達を悲劇の主人公に見立てていましたのよ? お人形の癖に己より出来が良いだけだと思っていた妹の私を貶していましたの。家の中で使用人達が噂をする事はありませんけど、お茶会の席等で吹聴されて世間の笑いものにし、それを庇う哀れな姉と義兄を演じている事でしか私の優位に立てる気がしなかったのでしょう。そんな事実無根な程度で済ませられる程、人生が生易しいと思っているあたり二人揃って人形劇は得意なのでしょう、参加など虫唾が走りますけど。
そう言う意味からすれば、私は人形のなり損ないなのでしょう……恐らくは。
そうだ、ねえ。
貴方、私と結婚しない?
私の微笑みは、貴方をそんなに驚かせたかしら?
前二作に続き三作目、今度は妹ちゃんの第一人称でお送りしました。
長子優遇のお国柄な為に「彼女」は無能に作られても周囲が支えれば良いと思われ、本来ならば将来を見越して社交に勤しみ顔をつなぐ為に仕事に励むべき「兄」もほとんど実家に住んでいなくても跡取りと目されていました。とは言っても、別に「彼」は最初から社交に出たりはしていなかったりしますが……「愛情がある」と言うだけで、武士の時代の日本の様に次男以下の特に男子は立場をはっきりと分けられていたと言う事実があります。
その当たりは中世の欧州貴族に近いのかもしれません。
時代設定や人物の外見などの設定は一切無かった三部作(いや、出てこなかったんですよ)でありますが、これにて本編「は」終わりです。
……申し訳ございません、三部作の群像劇とか言っておきながら「許さねえふざけんな」と口の悪いのが出てきました。腹の中が真っ黒とか計算高いとかはいるけど、口の悪いのはいない筈なんだけど……と思っていたのですが。
その答えは、次回の番外編にて明らかになります。