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彼女は何を行ったのか?

それは、籠の鳥である事を求められた貴族の女の行動の結果。

世界を知らない彼女は知らない事を求められ、そうして何を失い何を得たのか。

手の中に入ると思っていた望みを、失い断ち切られたと思った幸せが戻ってきた時。

果たして、それは幸せとなったのだろうか?

本当に、望んだ事は...何?

 自失茫然、と言うのはこういう事だろうと思った。

 彼女を表するのであれば、箱入り娘。

 世間知らず、もの知らず。

 けれど、それは別に悪い意味ではない使われ方をしているのが一般的だ。

 何故なら、彼女は貴族のご令嬢なのだ。

 下手な知識も、行動力も、貴族の女性には求められない。

 一日中、ただ籠の鳥の様に日がな一日を「今日も退屈だったわ」と言って過ごすことを求められている。

 やることと言えば、詩集を読んだりドレスや装飾品を作らせたり、食事をしたり、刺繍をしたり、お茶会や夜会に出たりとなかなかに忙しい。そうして、忙しくしている事で夫の隣で微笑んで、子を産めば、それでだけで十分価値があると言われている。


「お前の継承権を破棄する」


 目の前で行われているのは、一体何なのだろう?

 そう、彼女が思ったとしても無理はなかった。


「そんな、何故ですかっ!」

「まあ……その様に驚かれるとは思いませんでしたわ」

「君の、君の仕業か!」

「あらあら、喜んではいただけませんの?

 お二人の望みを叶えて差し上げる為に、これでもわたくし矮小な知恵を振り絞り努力しましたのよ?

 だって……誰しも『素敵な恋人達』を引き裂くような真似をするわけにはまいりませんでしょう?」


 目の前にあるのは、貴族の……それも上級貴族の広間だ。

 地平線まで見えるほど広いわけではないが、この場に数十人が客として訪れ。隅には食べ物が配置され、なおかつ踊るためのスペースが確保されているのだから貴族の屋敷としては広い部類に入るだろう。

 そこには、自分の思い人である男性……この家の次男である貴族の男性が必死な顔をしている。

 向かい側に、自分達に相対するように立っているのは自分の両親と彼の両親。そうして、その真ん中で普段はひっそりとしている小花の様な笑みを浮かべているだけの世間的評価は低い、けれど可愛い妹。


 可愛い、妹……。

 でも、目の前で微笑んでいる「彼女」は誰なのだろうかと言う気がする。


「残念ですわ……わたくし、これでもとても努力しましたのよ?

 婚約は家同士の話ですもの、お兄様とお姉様が家の事情で婚約を破棄されお兄様とわたくしとの婚約に替えると言われた時の、お姉様の嘆きは今でも思い出せますわ……」


 そう、彼女はかつて彼と婚約をしていた。

 家同士の政略結婚ではある、親同士が決めた、隣り合った領地である事もそうだが順当に行けばお互いを高めあう事も出来るだろうと言われていた。

 次男である彼が彼女の所へ入り婿として入る事で、それで全てが収まると思ったのだ。

 しかし、事態はそうはいかなくなった。

 彼の家で後継ぎと目されていた人物が亡くなったのが始まりで、結果的に次男だった彼が繰り上げ当選よろしく家を継ぐことになった。

 女性二人の家とは言え、長女である彼女が嫁入りをするわけにはいかない……長子相続が基本とされている為に兄も姉もいない身の上では嫁入りをすると言う事は姉である彼女自身にも問題があると公言するに他ならない事になる。つまり、そうなれば嫁入りを果たしたとしても嫁入り先の家に「問題のある女を妻にした」とする事になる。

 見栄と矜持で出来ていると言っても過言ではない貴族階級の中で、流石に籠の鳥として育てられたとは言っても彼女にだって貴族としての知識はあった。その中には、人の噂と言う化け物が世の中には存在すると言う事も。

 両親から婚約者のすげ替えを聞いても、諦めなければならないと判っていても涙を流したのは古い話ではない。

 当然、家族の前でも嘆く姿を見せたくらいだ。


「家はわたくしが婿を取り後を継ぎます、その為にお兄様もお姉様と結ばれてはしばらくの間とは言え世間が賑やかになる事でしょう。ならば、お姉様と共に静養されるのが宜しいかと思います」


 蠱惑的な笑みを浮かべ、妹は……妹だと思っていた存在は、告げる。

 だから、毎年お兄様と合同で行われている誕生日パーティで公開するのだと。


「酷い……」


 噂とは、化け物。

 意図の有る無しに関わらず、発言は時と場所を分けなければならない。

 こんなに人を呼んだ場所の沢山の人達の目のある場所で、こんな風に言われてしまえば「逃げる」と言う選択肢は与えられない。

 しかも、自分には何一つ知らされる事もなく……否、それはいつもの事ではあるのだけれど。


「酷い、とは。何をもって口にされているのです?」

「貴方は! こんな人前で何て事を……!」

「でもわたくし、お姉様にはとても心から同情しておりますのよ。本当に、こんな事をするなんて心が痛んでたまりません。

 ですが……わたくしとて貴族の家に生まれた娘。どれほど心を痛め様と貴族である以上はなさねばならぬ決断を求められる事もあります」


 言葉の外側に嘲りが含まれている事を、恐らくは二人だけが気づく事はないだろう。

 二人とも、そうとは教育されていたにも関わらず興味を持たず。

 それ故に意見さえ求められる事が無くなっていた事を、二人とも気づく事はない。もちろん、そのうちの一人には実施的に行う必要性が無いので知識として所持している事を求められる程度だったのかも知れないけれど。


「……父上、それでは家はどうするのです?

 私と言う息子があると言うのに、他から養子を取るような真似をすれば何と言われるか……」

「それならば問題はない」


 彼の実父が手を振ると、隅の方から赤ん坊を抱えた人達が現れた。

 服装から見てみると、どうやら男の子と女の子の様だ。


「……その赤子は?」

「一人は、貴方の兄君の子です。彼女は兄君の奥方です」

「そんなバカな……」


 とても探し出すのが大変だったのですよ、と妹は笑顔だ。

 それからの事は、よく判らないままに話が進んだ。

 短く簡単にまとめると、大体こんな感じだ。


 かつて、彼の兄は留学と言う名目で家を出ていた。何年も帰る事は無く、そう言う意味では「婚約者に顧みられる事のない妹」を慰めたりもしたものだ。彼女は自分が次男である彼を婿として迎えるので、嫁入りをするのだろうと思っていたからだ。とうの妹は少し困ったような顔で平気だと告げていたのだが、それから暫くして兄君が亡くなったと言う話を聞いて大騒ぎになった。

 でも、彼女にとっては入り婿として迎えるはずだった恋人の所へ妹が嫁入りをする事になった事の方が問題だった。それには妹の元々の婚姻について何も知らされていなかった事も含まれるのだが。けれど、彼女の知識ではどうすれば良いのか判らなかったし、好んで読んでいる本にも答えは無かった。

 家族や友人に相談する? そんな事をすれば今まで意見さえ言う事もなく求められなかった彼女の急変に家族は驚いて諫められるだけだろうし、友人と言うのは使うものであって頼るものではない。いかに籠の鳥として育てられたのしても、下手な噂を広める危険性は知っている。

 幸い、家同士の婚約だったので兄が亡くなったことで弟が姉から妹へ婚約相手をすげ替えた事は貴族間では大きな問題として扱われてはいない。よくある話だからだ。


 そんな兄君が亡くなった後で、彼女が最終的に出来た事は何もない。

 ただ、時折「妹に会いに来た」彼と短い逢瀬で己を慰める程度……彼と婚約をしている間はまだ幼かったから顔を合わせるだけで十分幸せだった。時折手が触れるだけで胸が高鳴ったものだ。

 けれど、立場が変わってからは公的に二人で過ごすことさえ許されなくなってしまった。


「こちらの赤子は、お前の子だ……お前が、どこの誰とも知れぬ女に産ませた子供だ。

 婚約者がある身であるにも関わらず、他の女に子を産ませて捨てる様なものを跡取りとするわけにはいかぬ。さりとて、この子供に罪はない。故に、子供達を引き取り後継者候補とする」


 いきり立って暴れだした彼の姿を見て、赤ん坊を見る以外に彼女には何かをする事は出来なかった。

 出来たのは、ただ茫然と立ち尽くし。

 それから、全てを手放す事だけだった。


 恐ろしい夢を見た、と思った。

 けれど、夢であれば良かった。

 それが夢では無かったと知るのは、あと少し。

彼女が行ったのは、何も行わなかったと言う事。

あえて行うことがあったとすれば、それは常識と言う眼鏡に自ら縋り都合の悪い事から目を逸らしていた

事。

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