五話
目を開くと、修行を開始する直前と変わらぬマザーの姿が、まず目に入った。
リクは隣に視線を移す。そこにはアステルがいるはずだった。
確かにそこに、彼女はいた。
最悪の予想を実現させた姿で。
アステルの全身は真紅に染まっている。とくに胸から腹にかけてが酷い。服は破れ、肌が露になるはずが、そこにあるのは血と爛れた皮膚であって元の美しい白肌はすこしも見えない。
絹糸のような白髪も血に汚れ、三割ほどは溶け落ちていた。
呼吸は弱い。
こんな姿になってもなお、ブルームだけは固く握り締めて手放さぬ様子が、痛ましかった。
マザーが重々しく、口を開いた。
「……修行は失敗だ」
その宣告を聞いても、リクの心は動かなかった。他ならぬマザーの言葉だというのに、頭に入らず抜けていく。アステル。アステルを助けなければ。それだけがリクの心を支配していた。
「アステルの治療を行う。リク、席を外せ」
「ぼくにも手伝わせてください」
考える前に、そんな言葉が口を突いて出た。
「ならぬ。お前の力では足手まといにしかならぬ」
「それでも!」
「ならぬ」
誰かに腕を掴まれた。
「だめですよ、リクさん。マザーの命令は聞かないと」
レンだった。こんなときだというのに、その表情は変わらぬ笑顔。
彼女は有無を言わさず、リクの腕を掴んで部屋の外まで連れて行く。
「レン! 放して! レン!」
レンは答えない。リクは腕を振り解こうとするが、びくともしない。とてつもない力だった。
「アステルさんのことなら、大丈夫ですよ。マザーに間違いはありません」
そう言って、レンは扉を閉じた。
リクは動けない。
レンの言う通りだ。マザーは間違えない。そして自分に、ああなったアステルを治すだけの力はない。
ぼくは無力だ。
守ろうと誓ったのに、結局は守りきれず、あんな大きな怪我をさせてしまった。
なぜ?
簡単だ。力が無いからだ。守るための力が、足りないからだ。
もう、こんな思いはしたくない。アステルを痛い目に合わせたくない。
力があれば。
どうすればいい? どうすれば力を手に入れられる?
どうすれば、アステルを守ることができる?
両手を床に突いたリクは、自分がまだ修行用のブルームを手にしていることにようやく気付いた。
「――そうだ」
ブルーム。魔女の力。
現在、リクとアステルが創り出そうとしている、魔女の個性。
リクは悩んでいた。どんなブルームを創ればいいか。
その答えは、たった今、決まった。
これ以上ないくらいに、はっきりと。
+
「リクさん。アステルさんの治療、終わりましたよ。命に別状はありません」
どれくらい扉の前で待っていただろうか、不意にレンが扉を開けて、そう教えてくれた。
リクは逸る心のままに部屋に入った。
部屋の中央にはいつのまにか寝台が設えられ、その上にアステルと思しき人が横たわっている。
一見してそれは、アステルとは分からなかった。何故なら全身を包帯に包まれていたからだ。
だが、近付いて瞳を覗き込んでみると、すぐに分かる。これは確かにアステルだ。ずっと見続けてきた。見間違えるはずがない。
「……アステル」
呼びかけると、アステルの瞳はリクを見つめた。
そして、消えそうなほどちいさな声で囁く。
「おに……いちゃん?」
――そう呼ばれるのは、一体何年ぶりだったろう。
マザーの下に来てから何年か、アステルが本当に幼い間、彼女はリクのことをお兄ちゃんと呼んでいた。だが、あるときを境に名前で呼ぶようになって以来、一度も呼び名が元に戻ったことはない。
「ステラ」
リクも、昔のようにアステルのことを呼び、その手をゆるく握った。アステルの目が細められる。口元も包帯に覆われているためよく分からないが、微笑んでいるのだろう、と思った。
アステルは、目を閉じた。
「ステラ?」
「大丈夫。眠っているだけです」
レンが言う通り、アステルは寝息を立て始めた。その調子は、安らかだ。
「……マザーは?」
「術式が終わると、すぐに自室にお戻りになりました。今回の講評については、アステルさんが元気になってからとのことです」
「……そう」
アステルを守るために、一刻も早く魔女として自立しなければならない。そのためには、マザーの教えをしっかり賜ろうと、リクは気持ちを改めた。もう何度、そんな機会があるかも分からないのだ。
包帯塗れの、アステルの体を見る。
リクは思う。この姿をしっかりと心に焼き付け、忘れないようにしよう。
自戒のため。アステルのことを守るために。
+
そのときから、リクのブルーム創作は急ピッチで進むことになった。
どんなブルームを創るか決めたリクの手に、もはや迷いは無い。そのことが創作を加速させているのだった。
「アステル、ちょっと金型に樹脂流し込むの手伝ってもらえない?」
「うん、いいよ。温度はこれでいいの?」
「あ、ちょっと待って。さっき別のことしてから変えてなかった。えっと……これでよし。いいよ」
「それじゃ、いくよ……」
アステルはもう、すっかり元気になった。マザーの治療は確かに、的確だった。ただ、包帯を外した彼女のお腹には複雑な呪印が刻まれていて、アステルの肌がすこしだけ、純粋でなくなった気がしたのが残念だった。魔女的になったと言えば、すこしは聞こえがいいかもしれなかったが。
リクの勢いに引きずられるかのように、アステルのブルームもまた、完成までの道程を加速度的に縮めていた。
二人ともすでにブルームの核となる部分を完成させ、各人のオリジナル部分の作製に取り掛かっている。設計思想が二人で全く異なるために、本当に大切なところはお互い手伝うことができない。だが、基になる魔法理論や部品の工作手法などは共通なので、協力できるところも少なくなかった。
二人は手を取り合って、ブルーム完成という共通の目的に向かってひた走っていた。
+
「うーん、どうしよう」
アステルは悩んでいた。
もう、ブルーム創作も佳境に入ろうかという頃である。
「何が?」
創作自体は順調に見えていただけに、リクは不思議に思った。何かぼくの知らない欠陥でもあったんだろうか?
「もうすぐ、ブルームができるじゃない」
「うん」
「そうすると、名前決めないとじゃない」
「ああ」
リクは合点がいった。
ブルームが完成したら、命名する必要があるのだ。命名は所有者とブルームを結びつける大切な儀式であると聞いている。
「リクは決めたの? 名前」
「うん」
即答である。リクは、どんなブルームを創るか決めたときに、名前も同時に決めていた。
「そっか。いいなぁ」
「案もないの?」
「ない」
こちらも即答である。そこで即答されても、とリクはすこし困った。
「マザーはどうやって命名したんだろう」
そんなことを呟く。
「 <枯れ箒> か……たしかに、気になるね」
「マザーはですね、言霊を利用したそうです」
レンが部屋に入ってくるなりそう言った。二人とも驚いて振り向く。全く気配を感じなかったのだ。
「びっくりした」
「すいません。最近扉が軋まなくなったせいですね」
笑顔のレン。そういえばいつのまにか、扉に油が差されている。彼女がやってくれたようだ。
「で、言霊ってどういうこと?」アステルは身を乗り出して聞く。
「マザーのブルームは <枯れ箒> 、ウィザードと言います」
レンは持ってきた食事を卓に並べながら、説明を始めた。
「ご存知の通り、ウィザード(witherd)という音の連なりは <枯れたもの> を意味していますが、同時に <大魔導師>(wizard)という意味でもあります」
「ふむふむ」
「意味とは物事の本質です。もっとも大切なこと、と言えばいいでしょうか。マザーは似た音の連なりを持ち、されど意味の異なる言葉をブルームに名付けることで、二つの異なる言葉の意味すなわち本質を、ブルームの属性として――ひいては、ご自身の属性として、獲得しようと試みたのです」
理解不能だった。
少なくとも、アステルにとっては。
「まあ、洒落ですね」
「洒落かっ!」
「ちなみに、<法器> という名称じたいも、じつは上古の伝説に因んだものですよ。地下書庫に関連書物がありますので、ご興味があれば一読頂ければ」
「ふむう……っ。じゃあ、後で見に行ってみようかな。何かヒントが見つかるかもしれないし」
というわけでご飯にしようよ、と食い気が勝った様子のアステルである。
「はいどうぞ、召し上がれ。今日のメニューは笑い猫のステーキ、女王風です」
レンは相変わらずの笑顔、ソツなくリクたちの日々の世話をしてくれている。
だが、最近アステルには不満なことがある。
「ねえ、レン」
「なんですか?」
「最近、ご飯が少なくない?」
「ええ、そうですね」
レンは全く動じない。笑顔のままでアステルの言葉を肯定する。事実、半年前に比較すると、パンの分量が三分の二程度に減っているのだ。
「そうですね、って。どうして? わたしお腹へって力が出なくなってきたわ」
「アステル」
リクに咎めるような声で名を呼ばれてしまった。半分冗談だったが、レンが余りに動じないのですこし意地悪したくなってしまったのだ。アステルは舌を出しておどけてみせる。
「それはちょっと、よろしくないですね。検討します」
不意に真面目な声で、そんなことを言う。調子の狂う相手だった。
「ま、まあいいけど……何か理由でもあるの?」
「ええ。外では凶作が続いているようでして」
「凶作」
「作物の収穫量が激減することです。生活が危うくなり、飢饉が起こることもあります。飢饉が起きると、民は……」
「いや、知ってるわよ。ただ何となく呟いただけ」
アステルはどことなく傷付いた表情だ。無知だと思われたのがすこしショックだった。
「レンて、いつも外で食べ物とかブルームの材料採ってきてるのよね」
「ええ、そうですよ」
「外って、どんなところなの?」
アステルは、物心ついた頃には既にこの塔の中にいたのだ。外へは一度も出たことがない。彼女の世界は、この塔の中だけで完結している。外のことは、知識としてしか知らなかった。
「人がたくさんいます」
「へぇ……」この塔には三人しか人がいない。大勢の人というのがどんなものか、アステルには良く分からなかった。
「愚昧な民衆です。真理を知らず、また探求しようともせず、ただ生きるためだけに生きる衆愚共。魔女の身で関わっても、百害あって一利無しと言えましょう」
「そ、……そうなんだ」随分な言われようだな、とアステルは思う。笑顔でとても酷いことを言い放っているので、何だか逆に怖かった。
「アステルさんたちも、いずれ外に出るときが来るかもしれませんが、魔女たる矜持をどうか、お忘れにならぬよう」
「それは、言われるまでもないわ」
「何よりです」
同じ笑顔でも、今は満足そうに見える。不思議なものだな、とアステルは思った。
「ごちそうさま」
リクたちは食器を置いた。量が多くないので、食べ終えるのも早い。
「お粗末様です。では、今日のお薬を」
最近、夜飲む薬剤の量と種類が増えた。以前は丸薬三種六個、粉薬四種だったが、いまは丸薬五種十三個、粉薬六種、水薬二種となっている。順番に飲んでいけばいいだけだが、数が多くて時間がかかるようになってしまった。レンが見ていてくれなければ、服薬量を間違えるかもしれない。
その日の夜は、いつもよりも強い痛みが襲ってきた。
二人とも、力いっぱい自分の体を抱きしめて、耐えている。灯りの落ちた部屋の中に、押し殺し切れない苦鳴が漏れる。悪寒。痙攣。体のあるところは触れないくらいに熱く、また別のところは人肌と思えぬほどに冷たい。おぞましい幻覚が見えるが、夢と現の区別もつかないほどに頭は混乱している。
苦しみは、偉大な魔女へ至る道。
ひとつ痛みを越え、悪夢を制するごとに、魔力は研がれ、磨かれていく――しかし。
「リク……」
アステルは堪らず、リクを求めた。
「アステル」
荒い息で答えて、リクは手を伸ばす。
二人の手が絡み合う。
痛みの元になる熱とは全く違う、優しい温もりが伝ってくる。痛みがすこし和らぐ。悪い幻に溺れてしまいそうになるのを、お互いの手が支えてくれる。
「うっ、えっ」
何度も嘔吐を繰り返す。吐くものがなくなっても更に続く嘔吐感。二人で交互に背中をさすって、苦しい時間を耐えていく。
言葉を掛け合いたい。だけど、苦しすぎてそれもできない。暗闇の中、繋いだ手だけがお互いの存在を確かなものにしてくれる。
やがて二人の体はもっと近付き、重なった。リクとアステルは、抱き合ったまま長い夜を越えた。
+
何度か失敗を繰り返し、何度も壁を乗り越えて、二人は着実にブルームの創作を進めていった。
部品設計、作製、組み上げ、動作試験。テストに合格しなかった部分を再設計し、また作製・組み上げてテストする。ブルームの各部分について、同様の流れで創作を進める。材料は何を使うか。物理強度と魔法強度、魔力伝導率のバランスをどう取るか。出力と反応速度の二律背反をどう解決するか。
課題はいくつもあったが、二人は協力してそれらを乗り越えていった。
そして。
「――どうでしょう、マザー」
リクは緊張した面持ちで、マザーの行動を見守っている。
マザーはリクのブルーム、五つ目に当たる試作品を詳細に検めている。点検用の魔道具を各所に当て、反応をチェックし、弱く魔力を流して誤動作の有無を確認する。
一通りのチェックが終わった後、マザーはアステルのブルームについて同様の確認を行った。こちらは実に十を超える試作を経て完成した力作である。
すべての確認を終え、マザーはひとつ、頷いた。
「いいだろう」
その一言に、リクとアステルの表情がはっきりと緩んだ。安堵の表情だ。
「まだ未熟なところも多く残るが、ブルームとして必要な機能は満たしている。これをもって、お前たちが自分自身の手で、初めて創り出したブルームとするがよい」
「――やった!」
アステルが歓声をあげた。だけでなく、リクに飛びついて手を握り、上下に激しく振り回す。
「やったよ! やったね、リク!」
「う、うん。でもちょっと痛いよアステル」
「何よ! いいじゃない、すこしくらい痛いほうがいいのよこういうときは! 何て言ったって、初めてなんだから!」
アステルは満面の笑顔でまくしたてる。リクはそんな彼女を、苦笑いを浮かべて見つめる。アステルはかなり、興奮しているようだった。
もちろん、リクの気分もアステルに負けないくらい昂ぶっている。初めてだ。ようやく、初めての、自分だけのブルームを手にすることができたのだ。自分だけのブルームは、一人前の魔女の証。マザーはまだ未熟なところがあると言ったけれど、一つ大きな通過点を越えたことは間違いないのだ。
今日という日の喜びは、きっと生涯忘れることはないだろう。
大げさでなく、リクはそう思った。
「リク」
マザーが重々しく、口を開いた。アステルの騒ぎもぴたりと止まる。
「はい」
「問う。このブルームの名は、なにか」
ブルームが完成したなら、名をつけなければならない。
真の意味でブルームが完成するのは、命名が完了した瞬間なのだ。
「――はい」
リクはたった今生まれたばかりの、自分のブルームを眺めやった。
リクのブルームは、身体装着型だ。普段は小さくまとまっており、肩の辺りで身体に固定する。展開時には無数の骨格が格子状に展開し、身体全体を覆う。ちょうど外套のようなシルエットだ。展開駆動部にはリク自身の骨を混合し、反応速度を高めて素早い魔法行使を可能とした。
だが、このブルームの真骨頂は、二段階に展開できるところにある。
初めに展開した格子外套を、更に解いて広範囲に展開させられるのだ。これによってリクは、魔法の効果範囲を大幅に広げることができる。
広範囲展開と魔法の高速行使を両立するため、外套部分の骨格内部には、特別に貴重で魔力伝導度の高い真銀をふんだんに使ってしまった。レンに使いすぎで集めるのが大変ですと怒られたのも、今となってはいい思い出だ。
リクが目指した、アステルを守るためのブルーム。その結果が、今ここにある。
自らの想いの結晶である、ブルームの名を、リクは告げる。
「命名します。ぼくのブルームの名は、<星守> です」
マザーは重々しく、頷いた。
そしてアステルに向き直る。
「問う。このブルームの名は、なにか」
アステルもまた、自分だけのブルームをじっと見つめた。
アステルのブルームは、人型のシルエットを持っている。アステルの魔力を受け取って自発的に動く、半自律型のブルームだ。ただ、人の似姿と呼ぶには少々厳しいかもしれない。手足はほとんど棒のようであったし、ところどころから何か怪しい突起が出ていたり、歯車のようなぎざぎざが覗いていたりする。
その設計思想は極めて単純である。純粋に、魔力の増幅力に重きを置いたものだ。
細やかな魔力制御が苦手であるなら、いっそ切捨て、長所を伸ばしたほうがよい。強気のアステルらしい思想と言えた。
構成する主材料には、物理的・魔法的に強度の高い金剛鋼を使用。元々強いアステルの魔力を更に増幅するから、魔法の反動はかなり大きなものになると予想されるためだ。加工が大変だったのでリクに手伝ってもらった。また、魔力伝導金属には自身の血を練り込み、魔力親和性を高めている。
当初はアステルも、苦手な魔法制御力を補うつもりでいた。だが、以前の協力修行を境として、設計思想を現在のものに切り替えたのだった。
ちなみに、ブルームが人型であることに大した意味はない、とアステル自身は思っている。レンを見ていたら、何となく人型のものを作りたくなったのだ。そこにはもしかすると、幼い頃より自分たちの生活を支えてくれた、レンへの感謝や憧憬の念があるのかもしれなかった。
「……命名します。わたしのブルームの名は、<終の機神> 」
散々困った末の命名だったが、結局は地下書庫で読んだ雑学の本に書いてあった、破綻した物語の最後に現れるという神の名からとって付けた。高尚な理由などなく、何となく格好いい気がしただけである。
マザーはこれにも、頷いた。
命名の完了。
これをもって、二人のブルームは真に、この世に生を受けたのだ。
「二人とも、よく成し遂げた。今より <魔女> を名乗ることを許そう」
二人の顔がほころぶ。
「だが、努々忘れるな。魔女の道は遥かに遠く、険しい。たゆまぬ努力と研鑽の末、ようやく辿りついた高みの先に、なお頂きの見えぬ断崖が立ちはだかるのだ。お前たちはまだ、その初めの一段に立ったに過ぎぬ。驕るな。謙虚に学べ。真摯に生きよ。それは高みに至る、必須の条件であるから」
マザーの言葉を一つも聞き漏らすまいと、リクとアステルは集中する。
「これよりは、お前たちも自ら学ぶことができるだろう。塔の書庫にある知識を遍く取り入れるがよい」
「はい」二人はしっかりと頷く。
もう、マザーの導きを賜るのも、これが最後なのだと感じていた。
「確かにここに、ブルームは完成した。だが、完璧とは言えぬ。ブルームに、真の完成は無いと知れ。高みに涯が無いのと同じことだ。歩みを止めるな。常に研鑽せよ。何故なら、私たちは――」
「<魔女> だからです」
二人は、マザーの言葉を継いだ。
タタリは、二人の様子を見て、満足そうに頷いた。
「もう、私の力は不要だな」
「そんなことは。わたしたちはまだ――」
マザーの言葉に思わず一歩を踏み出したアステルは、リクに手を掴まれ、立ち止まった。
アステルは唇を噛み、俯く。
リクは手を放した。
アステルだって、理解しているはずだ。
そして、リクの考え通り、アステルは一歩下がった。
そう――魔女にとって、師弟の情など、不要なのだ。
「分かりました、マザー。わたしたちはきっと、マザーに負けない魔女になります」
「ぼくもです」
マザーは首をわずかに動かすだけで、その言葉に応えた。
ブルームが完成した日、歓喜に溢れるはずの二人の夜は、存外に静かなものだった。
二人とも、もうマザーとの別れが遠くないことを、はっきりと感じていたから。