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一話

※作中、ややグロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。

 ばきんっ、と金属の折れるいやな音。

「あーっ!」

 少女のかん高い悲鳴が重なって、

「だから言ったのに……」

 少年の呆れたような声が後に続く。

「あああ……」

 かん、からからと、破片が床に落ちて軽い音を立てる。むなしい失敗の音だった。

 崩れ落ちる少女。すこし涙目だ。

「ま、また法器ブルームの完成が遠くなったわ……」

「だめだよアステル」

 そんな少女に、少年は声をかける。まだ年の頃十五、六のようだが、見た目以上に落ち着いた様子である。白髪の彼は、穏やかで澄んだ目をしていた。

「……同じ材質同士で削ろうとしちゃ」

「うっ、うるさい、リクのせいだ!」

「ぼ、ぼくのせい?」

 リクと呼ばれた少年は、赤くなって詰め寄る少女の剣幕に一歩引いた。少女――アステルはリクよりも、頭一つ分ほど小さい。視線を落とした彼の目の前で、彼女の白い長髪と、それを束ねる桜色のリボンがふらりと揺れた。

「わたしが乱暴だとか言うからじゃない」

「確かに言ったけど」アステルがむきになるのが悪いんじゃ、というか自業自得だ、とリクは思った――けれど、口にはしなかった。

「やっぱり、そうじゃないの」

 きっと、火に油を注ぐだけだ。

「うぅっ。せっかくの金剛アダマン鋼が」

 アステルは、哀しそうに砕けた金属を眺める。

「レン、怒るかなあ」

 リクはいつも材料を採ってきてくれる、ちいさな少女の姿を思い浮かべた。想像の中でも、その表情は満面の笑顔だ。

「……怒りはしないと思うけど」

「けど、何よ?」

「材料はだいじにしたほうがいいと思うよ。とくに金剛アダマン鋼は貴重だし」

「い、言われなくても分かってるわよ。わたしだって、好きで折ってるわけじゃないんだから」

「そ、そうだよね」

 ちょっと言い過ぎたかなと、リクは反省する。頭のリボンまでしぼんでそうに見えるほど、アステルは落ち込んだ様子だった。

 けれど、彼女の立ち直りは早い。

「うぅっ、諦めない! 失敗したら、その回数だけ再挑戦すればいいことよ!」

 これは彼女の美徳だなと、リクは思う。

「よし、早速――あっ」

 アステルが、ふいにおかしな声を出した。

 その視線の先には、時計がある。

「あ」リクも思い出して、声を出した。

 今日は模擬戦の修行がある日だった。

 集合時間まで、あと一分。

 ブルームの創作に没頭する余り、時間を忘れてしまっていたのだ。

「はっ、早く行かなきゃ!」

 アステルは工具を放り出して練習用のブルームを引っつかみ、風のような勢いで部屋から出て行った。

「あ、待ってよ!」

 リクも続く。アステル同様に、練習用ブルームを持っていくことを忘れない。

 彼らにとって、ブルームは命と同じくらい、大切なものなのだ。

 二人は魔女の卵。今日もブルーム創りと、魔法の修行に忙しい。


      +


 薄暗い広間で、リクとアステルは対峙する。

「今日こそ勝つんだからね」

 アステルは練習用ブルームの先端をリクに突きつけながら、そう布告した。

「はいはい」

 言われたリクはどこ吹く風だ。

「くぅっ。その余裕、消し飛ばしてやるっ」

 ブルームを掴んで地団駄を踏むアステル。

 放って置けばいつまでも続きそうなやり取りを制するように、幼い少女の声が響いた。

「はい、はい、お二人とも、準備はよろしいですね」

 声の主は、アステルよりも更に小柄な少女だった。女中服に身を包み、床に届きそうなほど長い髪を頭の両脇から流している。

「いいわよ、レン」

「ぼくもだ」

 少女は頷くと、手にした鐘を掲げる。

 その瞬間、二人の目つきが変わる。ただの子どもから、鋭く透徹した修行者のものに。二人の間の空気が急速に澄み、張り詰める。

「では、行きますよ」

 始まりを告げる、鐘の音が鳴り響いた。


 リクは額の第三眼サードアイに集中した。額から腕へと魔力の流れをイメージ、手にしたブルームにそれを導く。

 対するアステルの額にも、光が灯る。鮮烈な緋色。彼女の握るリクと同型のブルームにもまた、魔力が満ちてゆく。

 二人のブルームが変型する。

 ただの棒でしかなかったものが、それぞれの意志、魔力のかたちに応じた形状へと。わずかな動作音を響かせ、一瞬の内に、変化は終わる。

 リクのブルームは、外套のような形状に展開した。その先端からは六本の細い <枝> が伸び、彼の体を覆っている。リクの全身が彼自身の魔力の色、桜色に包まれる。その光は拡散し、淡い。

 アステルのブルームからも同様に六本の枝が伸びるが、それは束ねられ、槍のように細く長い形となった。リクとは対照的に、その緋色の魔力は槍の先端に集中し、極めて強く煌々とした光を放っている。

 初めに動いたのはアステルだった。

 絹糸のように繊細な長髪を曳いて、彼女は駆ける。まだ十二の身からすれば驚異的な速度でリクに迫り、自身の身長ほどもある長大な槍を、一息に薙いだ。

 リクは槍の軌道に枝を割り込ませる。交差。非実の火花を散らして弾ける魔力。槍が逸れる。生じた隙を突いて、リクは枝による突きを放つ。アステルは間合いを取ろうとした。

 その動きが不自然に止まる。

 アステルは足元に違和感を覚えた。目はリクから放さない。見なくとも分かる、それはリクのブルームだ。胸元への突きとはべつの枝がアステルの足に絡み、彼女の動きを止めたのだ。

 アステルは慌てて、槍の先端に集中していた魔力を再分配した。大部分は槍の柄に。一部は直接リクの枝に叩き付け、すこしでも攻撃の勢いを殺ごうとした。

 その甲斐あってか、あわや命中するところだったリクの攻撃を、アステルはすんでのところでかわすことができた。足に絡む枝を払って外し、今度こそ間合いを取り直す。

 リクは深追いしない。

(相変わらず、アステルは容赦がないな)

 彼は割合穏やかな性格なので、攻めにはどうしても消極的になってしまう。それ以上に、へたをすれば、アステルを傷つけることになってしまうのだ。それは嫌だった。

 今使っているブルームは修行用のものとはいえ、基本的な機能については魔女たちが常用するものと変わりない。安全装置の類などついていないのだ。

「相変わらずぬるいわね。リク」

 槍を構えなおし、額から緋色の光を撒き散らしながら、アステルは言った。いまだにすこし舌足らずなところが残っている声は凛として、よく通る。

 可愛らしい声音に反して、その言葉は厳しい。

 アステルは怪我するかもしれないとは考えないんだろうかと、リクは思う。彼女はいつも全力で攻撃しているように見える。彼女自身の気性を反映した結果だろうが――きれいに命中すれば、リクはただでは済まないだろう。

 アステルはまだ未熟だから、当たらないで済んでいるけれど。

 彼はその考えを、ほとんどそのまま口に出した。

「……アステルは相変わらず、がさつだね」

 細く整った彼女の眉が、見る見る内に釣りあがる。おそらく頬も紅潮しているのだろうが、額に灯る緋い光に隠れて分からない。

 口応えの代わりに、彼女は駆けた。一撃必殺の意志を反映して、槍の先端が強烈に煌く。直視すれば視界が奪われてしまいそうなほど眩いそれは、きわめてシンプルな攻撃衝動の表現だ。

 そう、単純。ゆえに、御しやすい。

 リクは殆ど魔力を込めない枝を一本、アステルの目の前に放り出した。彼女はほとんど条件反射でそれを薙ぐ。無抵抗で弾かれた枝の影から、次の枝が繰り出される。それもあっさりと払われる。

「――ぬるいって言ってんのよっ!」

 気合一声、アステルは全魔力を乗せた一撃を、リクの胸目掛けて叩き込んだ――

 が、

 次の瞬間、彼女は脳天に予想外の大衝撃を受けてよろめいた。視界がぶれる。一瞬の混乱の後に、頭上から不意打ちを受けたと察するがもう遅い。踏ん張り、一旦間合いを取ろうとするが、すぐに追い討ちが来た。一度目よりも重い二撃目。

 アステルは堪らず、石畳の上に倒れ伏した。手足にリクの枝が絡みつき、彼女の自由を奪う。ブルームまでもが取り上げられた。

 またか、とアステルは思う。単純な挑発に乗って周りが見えなくなった。注意を逸らされ、奇襲に気付けなかった。いつもこうだ。リクは口がうまい。

 許せない。

 リクが、ではない。自分が。単純で未熟な自分が嫌だ。もっとうまく、魔法を扱えるようになりたいのに。マザーに認めて欲しいのに。こんなことじゃ、だめなのに。

「ああああっ!」

 身の内から絞り出すような叫びを上げて、アステルは、魔力を練る。手足に絡むリクの枝を焼き切って、もう一度。やり直しを。

 押さえつけて終りだと思い込んでいたリクは、その突飛な行動に対応しきれず、腕を束縛していた枝を外されてしまった。自由になった腕で、アステルはリクに殴りかかろうとする。驚いて目を瞠り、後ずさって尻餅をつくリク。アステルはその隙に、いまだ足を縛っている枝を取り払おうとした。


 そこで、二度目の鐘の音が鳴った。

「はい終わり、終わりですよ」

 始まりの合図を鳴らした少女が鐘を乱打しながら、笑顔で二人の間に割って入る。

 鐘の音によって強制的に魔力集中を解除されたアステルは、不満そうな目で彼女を睨みつけた。

「何よレン。もう少しだったのに」

 レンと呼ばれた少女の笑顔には、何の変化も生じない。

「マザーの命令ですから」

 その一言でアステルは黙った。

「それに、続けてもきっと、アステルさんの負けでしたよ」

「……うるさいな」

 くちびるを尖らせ、アステルはそっぽを向いてしまう。

「大丈夫? アステル」

 リクが心配そうに声をかける。二度も強打してしまった頭を慮ってのことだった。

 だが、アステルには、その態度が癇に障る。

「大丈夫よ。何ともないわ、あれくらい」

 どうしても、棘のある応えになってしまう。そんな風に答えてしまう自分も、すこし嫌だった。いつものことだからリクは気にしないだろうと分かってはいても、アステルは胸がちくりと痛むのを止められない。

 リクのことは嫌いじゃない。たった一人の兄妹弟子というのを抜きにしてもだ。だから、反抗的な態度を取ってしまうのは、単なる八つ当たりでしかない。リクにとってはいい迷惑だろうと思う。

 だけど、悔しいものは悔しい。

「……二人とも、未だブルームの展開が遅い」

 老婆のしゃがれた声が響く。広大な空間に余さず浸み入るような、存在感に溢れる声だった。

 声の源には、枯れ木のようなシルエットがある。

 マザー・タタリ。

 二人の師だ。物心ついた頃からずっと、彼らにブルーム創りと魔法の業を教えてきた偉大な魔女。

「アステル」

「は、はい」

 そのしゃがれ声で名を呼ばれると、条件反射的に身が竦む。アステルたちにとってマザーは育ての親と呼べる存在だったが、それ以上に、厳しい魔法の師匠なのであった。

「心を鎮めよ。魔力を精密に制御するには、凪いだ心が不可欠なのだ」

「……はい」もう何度も言われたことだ。なのに実践できていない自分に、自己嫌悪が深まる。

「言葉を発するのも、必要なときのみに留めよ。付け入られる隙となろう」

「はい……」マザーの言葉は常に正しい。事実、自分の発言がリクの挑発を誘発し、結果的に敗北を呼び込んだのだ。

「だが、魔力量そのものは極めて大きい。正しい制御法を身につけるべく、今後も精進せよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 その後もマザーはいくつか、注意点を述べる。魔力を使うときはブルームを通せ。いたずらに魔力の再分配を行ってはならない。その他、微に入り細を穿つ指導が続いた。

「リク」

「はい」

「お前は逆に、魔力制御に長けてはいるが出力の絶対値は大きくない。今はまだ良いが、高度な術の実現を目指す際には障害となるだろうことを、心に刻め」

「……はい」

 そうなったのは、天性による部分もあるだろう。だがそれ以上に、修練相手がアステルであるのが主因ではないかとリクは思っている。

「繰り言によって相手を乱すのは、良し。今後も精進せよ」

「分かりました。マザー」

 言うべきことを言い終えると、マザーは立ち去った。

「……最近、戻るの早くなった気がしない? マザー」

 すこし不安そうな様子のアステルである。あまりにも出来が悪いので、愛想をつかされたのかと不安になったのだ。

 それが分かるリクとしては、簡単には肯定したくない言葉だった。だが、マザーが彼らの指導に費やす時間が短くなりつつあるのは、確かな事実だ。

 リクの逡巡をよそに、レンが答える。

「近頃、マザーの研究は佳境を迎えているんですよ。だから、忙しいのです」

「へえ……そうなんだ」すこしほっとした様子のアステルである。

「研究か」

 リクたちは、マザーの研究を実際に見たことがない。自分たちには及びもつかない魔法の秘儀なのだろうと、想像を膨らませているだけだった。

「だから、アステルさんが心配しているようなことは、ありませんよ」

「う、うん」

 見透かされたアステルは、すこしうろたえた様子で返事する。

 レンは、相変わらずの笑顔だった。 

「はい、では食事にしましょうか。もう用意は出来ていますよ」

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