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灰色の世界線  作者: ほしいち
1/1

もう一人の自分

2作目の作品になります!

前に投稿した、聖剣ユグドラシルも連載頑張りますので、

よろしくお願いします!

■1章


真夏の太陽が熱したフライパンを間近で当ててきているかのように、これでもかと俺の肌をくまなく焼き付ける、そんな高校2年の夏。

ろくすっぽ勉強などしていなかったが、期末試験も終業式も無事に終わり、俺が教室内で夏休みを待つだけといったテスト明けならではの惰性的な空気を味わっていた時、

俺の頬にベチョっとしたある程度皮膚にまとわりつくような水分を含んだ、すぐにでも顔を洗いたくなるような感触が俺を襲った。


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


俺は無言で、原因を作った張本人の方をじろりと見た。

その張本人である人物は、


「・・・起きた?」


俺の表情を見ても何の反応も示さず、しかもさらに質の悪い事に悪びれる態度すら見せずそう言ってくる。


「・・・なんだこれは」


不機嫌な顔を崩さずに、俺がそいつに聞いてみると、


「あんこ味噌焼肉飴」


彼女は、およそ常人が食べるとは思えない食品を俺の目の前で振りながら淡々と答えた。


「それは飴とは言わねぇ、ばらで売れよ、そして俺の頬からそのゲテモノを離―――

 ちょ!?これ以上俺の頬につけんな! 穢れる! 17歳のピュアなお肌がー!!」


この際きっちりと文句のひとつでも言ってやろう、そう意気込んだ俺の言葉を遮るように、彼女はこれでもかと頬に飴を塗りつけてきた。


「お気に入りなの、バカにしないで欲しい」


そう言って制服のポケットから次から次へとゲテモノ飴を机にばらまくこの女の名前は「神楽坂姫子」

俺の4人いる幼馴染の内の1人である。

普段からとても口数は少なく、加えて昔から飴を持ち歩き常に口に含んでいるどこか変わった女だ。

見た目は綺麗な黒髪の端正な顔立ちで、まるで人形のようだが。

かくいう俺の名前は「御門勇輝」前者と違い特にこれといった特徴もない普通の男子高校生だ。


「ねぇ」


ふと、頬に付いたおぞましい粘液を、ポケットから取り出したティッシュで拭いていた俺に、姫子は何の感慨もない声で問いかける。


「ん、なんだ?」


「部室行かないの?」


どうやら教室でぼーっとしていた俺に飴をくっつけるという行為をした理由は、俺を連れて部室に行く為だったらしい。


「あー、部室かぁ、でもあそこ冷房きいてないしなぁ」


夏も真っ盛り、冷房もない狭い部屋に人間が集まった時の暑さを想像して、俺は苦い顔を浮かべた。

ズレて聞こえてくる様々なセミの声のおかげで、体感温度は倍増しにすら感じる。


「でも、みんないる」


どうやら、姫子は暑さよりも馴染みの面々と共にいる方がよっぽど大切らしい。


「どうせ武はエロ本かなんか適当に読んでて、ムシ子は網でも持って外に出てるだろ」


かなり長い間一緒にいると、部室に行かずともそれぞれの行動が分かってしまうものである。


「透は勉強してると思う」


「あー、だろうな、あいつは俺らとは昔から頭の出来が違ったからなぁ、みんなで同じ高校に入れたのは奇跡だな」


この学校は上の中程度の偏差値を持っていて、幼馴染が全員同じ学校に入れるとは、最初は誰も思ってもいなかった。

そういえば小さい頃からずっと一緒にいる5人の中で、透だけは昔から変わらないような気がする。

それは幼馴染が5人とも揃って、この高校に入ってからも、だ。

と、今ではぼやけた昔の事を思い出して今と比べて、少し感傷的になっていると、


「・・・あ、武だ」


と、姫子が指を指した方向、中庭の木を挟んだところに、手持ちぶさたにして立っている男がいた。


「ほんとだ、あいつあんなところで何して・・・ん?」


宮岸武、生粋のナンパ男、むしろそれしかとり得がないと言ってもいい。

アイツがどうしてこの高校に入学出来たのかは、今でも俺達の七不思議の一つでもある。

そんな事はさておき、俺は武のいる場所、丁度自分達のいる本校舎2階の隅、2−Aの教室内窓側から見える体育館裏の光景が気になっていた。

武に加えて、もう一人、誰かが立っていたからである。


「あれは可奈ちゃん先生じゃないか」


遠目から見た限りではあるが、シックだが作りがまとまっているお洒落なスーツに、まだまだ若い女性、といって連想出来るのは彼女だけだ。


「なんか怪しい雰囲気・・・いき〜いき〜・・・」


「エコーはいらん」


「山彦だよ」


無視だ、この際こいつは無視だ。


「おい、武のやつなんか手紙もらってるぞ!手紙!なにかある・・・これはなにかあるぞ!」


一気にテンションが上がってきた。

我らが可奈ちゃんこと可奈ちゃん先生の身が危ない!ついにあのナンパ男の毒牙が可奈ちゃんにまで!

教師でも関係ねーのか!あの雑食男は!許せん!


ベチョ


と、また嫌悪感を感じる感触が俺の頬に・・・

なんだこの大事なタイミングに!


「っておーい!!さっき拭きとったばっかだっつーの!うわくっさ!くっさ!なんだこれ!?」


「佃煮ドリアン罰ゲーム風味」


「おい!今罰ゲームっていっただろ!?」


それを聞いた姫子は首を軽くかしげ不思議そうな顔をする。


「・・・・・・ん?」


あくまでしらばっくれようってのか・・・ここは海のように広い寛大な俺の心で許してやるべきか。


「・・・まぁいい、今はそれどころじゃない体育館裏に急ぐぞ!」


「コクコク」





スキャンダルは見逃さない。

一般人である俺に残された個性、それは野次馬根性である。

ああ、楽しい、野次馬ってたっのしーい!

その勢いで、空から飛来するセミと言う名の空中爆撃を蝶のように避けつつ、しかしカブトムシの体当たりまでは読めなかった17歳男子。


「いっつ・・・あのカブト野郎め」


「到着だね」


「あれ?二人ともいないな」


「いないね」


なんてことだこの平和ボケした学園にスキャンダルの嵐が巻き起こるかと期待していたのに!

武め!なんてノリの悪い奴!後で粛清だ。

と不穏なことを考えていた俺のかたを誰かが叩く。


「ん?」


「よっ!」


振り返るとそこには背の高い、いかにも女受けしそうな面をした男子。

そう先ほどまで可奈ちゃん先生と怪しい雰囲気を作っていた張本人、宮岸武がいた。


「うおおおおあぁ!?」


「なんだ?その驚きようは」


「い、いやだってお前」


お、おかしい、何故背後に回られている・・・こいつ実は忍びの末裔とか・・・?


「はは、どうせ俺と可奈ちゃん先生が怪しい雰囲気作ってるー!とか叫んでここまで来たんだろ?」


「ち、ちげーよ?」


「いや、さっき可奈ちゃんと話してるとき2階にいるお前ら見えたし」


「・・・じゃあ、しょうがないな」


「認めるの早いな」


ばれていたならしょうがない、こいつも成長したものだと暖かい心で見守ってやるのが親心というものなのだから。

と達観している風を見せていた俺の傍から、


「わーーわーー」


「なんだ?」


「わーわー・・・驚いた〜武いきなり来るから」


「テンポ遅!超遅!」


マジで遅いよ!姫子!そのタイミングはさすがにない、むしろお前のほうに驚いたわ!


「ははっ、姫は相変わらずだなぁ〜」


相変わらずの姫子節である、美人なのにモテナイのはこれが理由だろうか?

そんな姫子を武は姫と呼んでいる。

って今はそこじゃない!手紙だ!手紙!


「おい武、さっきの何だ?まさか可奈ちゃん先生からのラブレターとか!」


「わくわく」


隣にいる姫子も期待に満ちた瞳で武を見つめている。


「ちげーよ、期待に沿えなくて悪かったな」


「俺達には嘘つかなくていいぞ」


「だね」


「いや、だからちげぇっての、お前らの先走りだ」


「お前可奈ちゃん先生で不満とかハードル高すぎだろ」


「だよねー」


「お前らマジで人の話聞かねぇのな・・・まぁ、そうだったら・・・よかったかもな」


どこか遠くを見つめるような目で話す武。

ふと俺は気づく。


「そうか・・・あの手紙はお返事だったんだな」


「残念だね・・・」


「あん?」


武が首を傾げる。


「いや、立ち入りすぎたな、すまん許してくれ」


「うむー許せ〜」


「よし武の慰め会だ!部室に向かうぞ!」


「ラジャ!」


俺の号令に姫子が敬礼をする。

武が心底疲れたように肩を落とし、またどこか遠くを見つめた目になる。

傷心の傷は思ったより深いようだ・・・。


「もう勝手にしてくれ・・・本当に・・・な」





部室に向かう途中、旧校舎屋上へ向かう階段が見えた。

そのときふと思い出すことがあった。

突然だがこの学校には、他でもよく聞く学校の七不思議というものがあるのだ。

夜の24時になると学校の階段が1段増えるなどに始まり、赤ん坊を抱いた血だらけの女の人が見えるやら。

どれもありがちで所詮その程度かと思うが、その中でもこの学校にはかなり信憑性のあるものがある。

それは、ドッペルゲンガー説である。

内容はドッペルゲンガーに出会うと1週間後に死亡するというものだ。

どうやら自分達が今使ってる、元文芸部の部室で部活に所属している生徒が、旧校舎の屋上で被害に遭うらしい。

やたらピンポイントな七不思議だが、過去に実際文芸部に所属していた生徒がドッペルゲンガーを見て一週間後に死亡したらしい。

そんないわくつきの部屋だったため、誰も使おうとせず、ただの物置と化していた。

そこを我らオカルト研究会がそれでも構わないと言い、現在使わせてもらっているのだ。

いくら信憑性があろうとも、七不思議ごときで部屋が一つ使えないのは馬鹿らしい。

―――と、そうこう考えている内に部室についてしまったようだ。

セミの声が鳴り響くいわくつきの部室には既に他の2人が来ており、俺達が来たことで5人全員が揃った。

相変わらず冷房のない部室には窓を開けていても、苦しいくらいの暑さが漂っている。

とりあえず適当に空いている席に座り、俺は唸りをあげる。


「あっつ〜・・・・・・」


「言うな、俺まで余計に暑くなってくるだろうが」


「何もする気が起きないな・・・」


「少しはムシ子を見習って何かに励んでみろよ」


まぁ俺が言っても説得力ねーけどと笑いながら、武がアゴで向かいの席を示す。

そこに座って何かを真剣に見つめているのは、ムシ子こと小日向雛子。

幼女体型、金髪ツインテール、毒舌家、趣味は昆虫採集・・・。

この間見せられた巨大蛾の標本は思い出しただけで、身の毛がよだつ。

そんなやばげな女にも、生けるフェミニストこと俺は優しく声をかける。


「なんだまた標本見てるのか?」


「・・・・・・・・・」


無視。


「お!また増えたんじゃねーの?」


「・・・・・・・・・」


またも無視。


「・・・この間気持ち悪がったことは謝るんで無視しないで下さい」


俺のフェミニスト精神を傷つける完全無視の態度に思わず涙声になる。

そんな俺に一言。


「うるさい、死ねです」


いいの?これ?この態度。

このクソ貧乳ツインテールが!帰って牛乳飲んでイワシ食って寝やがれ!

そんな俺の気持ちが伝わったのかこちらをじろりと睨んできた。


「な、何も考えてないです、すいません・・・。」


何か逆らえない威圧感を感じる・・・というか何故か俺はムシ子に嫌われている節がある。

なんだろう・・・何かしたか俺?

そう自問してる俺に対して、目の前の席から爽やかな声。


「ムシ子は人見知りだからね。勇輝もあまり気にしないほうがいいよ」


爽やかボイスの主は優等生、文武両道の竹川透だ。

そんな透に真っ先に浮かんだ疑問を返す。


「10年以上の付き合いがあって人見知りってありえんのか?」


「ありえるんじゃないかな?人と人との間に時間は関係ないっていうしね」


それもう絶望的ってことじゃん。止めさすなよ。


「勇輝元気だして」


すっと姫子が俺に飴をさし出してくる。

その薄紙の表記には「焼きそばあんみつ味」とある。

追い討ちは勘弁して下さい。


「よし、俺は家帰って涼しい部屋で漫画でも読ませてもらうわ」


と席を立つ武。

それに続くように透も後片づけを始めた。

みんな集まったばかりだというのに、もう帰ろうとは薄情なやつらだ。


「なんだお前ら、今日は早いな」


「うん・・・ちょっと新しく始めた塾の時間がね」


「わりーな勇輝、この暑さにはかなわねーわ」


そう言って部室から二人が出て行く。

静まり返った部室。

武はわからないが、透に関しては最近みんなが揃うといつもすぐに部室を出て行く。

最近はそれがあからさまな気もする。

何かあったのだろうか。

いくら勘の鈍い俺でも気づくこともある。


ベチョ


「ぬぉうわ!」


唐突に、頬にまた聞きなれた効果音と人を不快にさせる感触が・・・!

と、いつのまにか至近距離に姫子の顔が。


「飴、まだもらってくれてなかったから・・・」


「まだ続いてたんすか!?」


そこにまたムシ子こと雛子の声も至近距離から聞こえた。


「食え、姫からもらったものは残さず全て食えです、クズ野郎」


無理矢理に口につっこまれる飴。

濃厚な味わいが俺の口内に広がり意識が遠のく・・・。

夏の暑さも相まって、本当に意識が途絶えそうだ。

ムシ子がぐりぐりと口の中に飴を塗りこんでくる・・・駄目だこいつ早くなんとかしないと。


「食え!早く食えです!ゴミ!」


姫子は姫子でもう無関心で別の飴を取り出しほおばっている。

もう僕我慢の限界です。


「うおらぁーーー!なめんなや小娘!!こんなもん食えるかー!!!」


盛大に席から立ち上がり、勢いでムシ子を引き剥がす。

こいつ相手にフェミニストの自分はどうやら必要ないらしい。


「お前が食えやコラー!!」


ムシ子の口にさっきまで俺がほおばっていた飴をねじりこむ。

その勢い雷の如し。


「ぐほえぇーーー!!な、なにするです!か、間接キッ・・・!」


そこまで言うとムシ子は凄まじい勢いでトイレの方へ走っていった。

一矢報いるとはこういうことを言うんだな。


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


静かだな、何を話したものか・・・。


「・・・・・・・・・」


「・・・うん?」


いつになくおとなしい姫子に違和感を感じる。

いや普段からおとなしいやつだが、長年の付き合いだろうか、

今日の姫子は何かおかしい。

まったく透といい姫子といいなんだっていうのか。

俺に隠し事とか水臭いぜ。


「姫子、何かあったのか?」


ゆっくりとこちら向いた姫子が驚いた顔でこちらを見ている。

こいつの驚いた顔なんて滅多に見れないからしてやったぜ感がある。

俺だってたまには勘が働くんだぜ?


「・・・・・・うん」


よしよし、お兄さんに相談してみたまえよ。

海のように広い俺の懐で全てを包んであげよう。


「なにがあったんだ?」


「うん、勇輝には関係ないから」


一蹴。

すいません調子こいてました。どうやら俺使えないようです。


「話したくないことだから・・・だから」


「そ、そうか、俺で相談にのれそうだったらいつでも声かけてくれ」


コクリと一度だけ頷き、また飴をほおばり静かに窓の外を眺め始めた。

こうなったら姫子が相談してくれるまで待つか。


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


二人で窓の外を眺める、もう夕暮れ時だろうか。

活気立った部活動の声も聞こえなくなっていき、部室にはただセミの鳴き声だけが響く。

静かだな。姫子と二人でこういう時間を過ごすのはいつぶりだろうか。

ずいぶん久しぶりな気もする。


「それにしてもムシ子のやつどこのトイレまで行ったんだ?」


そんなに吐くほど嫌だったのだろうか、それはそれでショックだ。

それともあっちのほうか?それならばあえて触れまい。

と、その時勢いよく扉が開き、異常なまでに顔面蒼白のムシ子が立っていた。


「・・・そ、そんなに吐いたのか?」


俺はちょっとおどけた風を装い声をかけてみた。


「帰るです」


「え?」


ムシ子はそう言ったきり自分の荷物を勢いよく担ぎ、足早に部室から去っていった。

なんだそこまで体調を崩すほど嫌だったのか、本当にショックかもしれん。

これで部室に残るのは俺と姫子の二人のみとなった。


ミーンミーン


「帰る」


先ほどまで置物のように静かだった姫子も急に立ち上がり荷物をまとめ始めた。


「お、そうか。じゃあ一緒に・・・」


「一人で帰るから」


「・・・・・・・・・」


なんだろう姫子がこういう態度をとるのは非常に珍しい。天変地異の前ぶれか。

いつも一緒に帰ってたのに。

これが避けられるって気持ちだろうか・・・・。


「勇輝ごめん」


「え、いや別に・・・」


俺が言葉を言い終わる前に扉は閉まり、姫子もムシ子同様足早に帰ってしまった。

何かおかしい・・・何かがおかしい気がする。


「・・・帰るか」


俺も同様準備を整え部室の鍵を閉め玄関先へ向かった。


「よし」


俺が玄関先で靴を履き家に帰る準備を万全にしたのは5時半にさしかかろうとしたとこだった。

そこで生徒側の玄関とは別の教員側玄関のほうから激しく言い争っている口論のようなものが聞こえてきた。


「誰だろう?」


だが今日は何か厄日な気がする・・・みんなも何か様子がおかしかったし。

君子危うきに近寄らずだ。

一応生徒と教師のようだが・・・うん?あれは鬼の山城教諭42歳男性(独身)じゃないか。

山城教諭相手にあそこまで本気で口論出来るとは本当に見上げた度胸だ・・・。

まぁ、関わりそうになる前に今日はおとなしく帰ろう。

さらば我が母校よ。まだ卒業してないけど。





家に帰る頃にはもう18時を回っており、家の中には夕飯時のいい匂いが漂っていた。


「お兄ちゃん、お帰りなさ〜い」


丁度玄関先で俺を迎えてくれたのは、今年で小学5年生になる妹の美輝だった。


「おう、ただいま」


と軽く頭をなでてやると、へへへっとはにかんだ笑顔を向けてくれた。

うむ。実に可愛いやつ。

ついでにそこに母親の声も聞こえてくる。


「お兄ちゃん、もうご飯の時間だから手洗ってきなさいなー」


「わかったよ、荷物置いてすぐ行くからー」


部屋に戻るとき父の姿が見えたが、特に会話のやり取りなどはない。

別に仲が悪いとかそういうわけではなく、単純に父は寡黙な人間と言うだけである。

でも怒るときは怒るのでかなり恐ろしい・・・。

部屋に戻り荷物を置いて、手を洗い食卓へ向かうと家族勢ぞろいで、俺の席にも暖かい夕飯が用意されていた。

ちなみに俺の家族構成は両親に妹一人に俺といった4人構成だ。


「いただきます」


とりあえず俺はいただきますと全ての食材に感謝しつつ食を進め始めた。

丁度お茶の間のテレビにはニュースが流れていて、なにやらどこぞの学校の話しのようだが・・・。


「今日午前11時ごろ私立○○中学校で生徒が飛び降り自殺を図り、未だ意識不明の重体とのことです」


自殺・・・かいじめでもあったのかねー、どのみち俺には縁のない話しだな。

うちの学校はいじめとは縁がないような平和なおぼっちゃま学校だからな。

しかし母親のほうは。


「怖いわ〜勇ちゃんいじめとか受けてないわよね?」


「受けてないよ、いつもどおりの5人で仲良くやってるよ」


「お兄ちゃん特に飴のお姉ちゃんと仲いいよねーにへへ〜」


「なにか言いたいのかい?妹よ」


と言いながら妹のほっぺたを引っ張ってやると、ごめんにゃはいごめんにゃはいと謝罪の言葉が返ってくる。

とそこからいつも寡黙な父親の声が割ってはいった。


「近頃は物騒だ、自殺ではなくとも他殺なども十分ありえる。通り魔などには十分気をつけるんだぞ」


「ありがとう、気をつけるよ」


うむ、と納得したように頷く父。心配されているのが嬉しくて、少し胸が温かくなった気がした。


「それじゃ、ごちそうさま」


「はい、お粗末さまでした」


母さんの返事とともに席を立ち、自分の部屋に向かう。


「あ、お兄ちゃん今日私とゲームするって約束してたー!」


「宿題が出てるんだよ、また後でな」


「むーっ、そうやっていつもはぐらかすんだから〜!」


そうやって妹と口論しながら部屋に戻って見ると、携帯の着信ランプが光っていた。

開いて確認してみると透からのメールだった。


「今から学校の屋上に来てほしい、誰にも言わず、勇輝一人で来てほしい。

 待ってる」


「なんだ透のやつメールや電話じゃだめなのかよ。

 とりあえず電話してみっか。」


プルルル・・・プルルル・・・何コールしても出る様子はない。

・・・うーん、こりゃメールの通り学校行くしかないのかね。

そう決めた俺はダッシュで家を出て学校を目指した。

時刻はもう午後19時に差しかかろうとしていた。





「とりあえず学校にはついたが・・・やっぱ正面玄関は空いてないよな〜

 確か1階の男子便所の窓がいつも開いてたはずだからそこから入るか。」


透のやつ本当にいるんだろうな〜、これでいなかったらどんな罰ゲームをくれてやろうか。

そう考えると少し笑いがこみ上げてきた。夜の学校ということでテンションも上がっているのかもしれない。

ようやく屋上の扉が見えてきて、俺は勢いよく扉を開け放った。


「おーい!透きたぞー!」


といったものの透の姿が見えない、やはり騙されたのか・・・とそこに


「勇輝ここだよ」


声のしたほうを振り向いてみると、フェンスの向こうに立っている透の姿が見えた。


「お、おい!そんなとこいるとあぶねーぞ!」


「・・・うーん、どうだろう今の僕はどこにいたってあぶなそうだ」


そう言って話す透は今にも消えてしまいそうで、俺は、嫌な予感に駆られた。


「お前の言ってることはいつも難しいよ、いいから話があるんだったらこっち来てゆっくり話そうぜ」


「勇輝、君に聞きたいことがある、人は何故生きてると思う?」


「哲学的だな、一概には言えねーけど、それを見つけるためとかじゃねーのか?」


「じゃあ見つかった人は幸せだね。僕は幸せだったかどうかわからないけど、それを見つけていたつもりだったんだ」


「・・・つもり?それを最後まで貫き通せばいいんじゃないのか?」


「いや、もう崩れちゃったんだよ、崩れた山にはどんな登山者だってのぼりようがないだろう?」


・・・今日の透は何かが違う。

透は一体俺に何を伝えようとしているんだ。


「また山を作ってそれを登るって選択肢はないのか?」


「君は強いね。強いけどそれは本当の挫折を味わったことのない人間の台詞だよ」


「・・・・・・」


「勇輝、君は姫子のことをどう思ってる?」


「・・・どうって言われても・・・」


「じゃあ、率直に聞こう、好きなのかい?」


「いや幼馴染としては好きだけど、そういう感じではないかな・・・」


「ははっ・・・そうか、ははっはははははははっ!!」


「ど、どうしたんだよいきなり!」


「いや、君にはわからない、わかる日がくるかもしれないけど、今の君にはわからないよ」


何を言ってるんだ透は・・・。

なんだか嫌な予感がさらに増してくる・・・透は何をする気だ・・・!?


「おい透、何が言いたいのかはっきりしろよ!?」


「はっきりするのは君のほうなんじゃないのかい?」


「な、何を・・・」


「もういいよ、話すことは話したし、また会おう」


「また会おうってどこで・・・」


そう言うと透の体が中にふわっと流れた。


「透!!?」


「来世でね」


透の体が目の前から消えた・・・いや落ちたのだ。

この高さだろう、助かるはずがない。

とっさのことだった透の手を取ろうにも間に合わなかった。


「な、なんだよ、何がおきてんだよ、何が!?」


フェンスをよじ登り下に落ちた徹を確認する。

首がありえない方向に曲がっている。明らかに即死だった。


「し、死んでる・・・」


俺か?俺のせいなのか!?

眩暈がする、人の死をこれだけ間近でみたのだ。

そんな俺の視界にだれかの影が見えた。


「な・・・何?」


もう一人、もう一人の自分がいる。

ありえない似ているとかいうレベルじゃない、完全に俺がそこにいる。

ま、まさか七不思議の・・・ありえない!


「なぁ、変わってやるよ、そんなに苦しいんならさ」


「なんだよ!お前は!?こっちに来るな」


「お前が呼んだんだよ。しかももうおせーよ」


「は、はぁ!?」


「食われんだよ、お前は俺に」


な、なんだこいつは、凄まじい恐怖が体を駆け抜ける。

生まれてこの方、これほどの恐怖を感じたことがあっただろうか。


「な、何をわけのわからないことを!?」


「俺もよくわかんないんだけど、交代の時間みたいなんだわ」


「交代?交代ってなんだ?うわああぁぁぁぁぁぁっ!!?」





「はっ!」


気が付くとそこは相変わらずの屋上だった。

・・・なんで俺はここに・・・。

確かもう一人の俺みたいのが現れて・・・。


「いや、それよりも透だ!透!」


早く救急車を呼ばないと!透が!

素早く携帯を取り出し俺は119番の番号を押す。


「・・・・・・なんで繋がらない!?圏外?そんな馬鹿なここは学校の屋上だぞ!?」


時計を確認するともう午後の21時だった。

当然職員室には誰も残ってないだろう。

そうなると学校から一番家が近くて、俺の知り合い・・・姫子だ!

俺は急いで学校から脱出し姫子の家に急いだ。

姫子の家には10分程でたどり着いた。相変わらずの豪邸ぶりに少したじろく。

でもそんなことを言ってる場合じゃない!息を切らしながらインターホンを連続で押しまくる。

するとインターホンから声が。


「勇輝?」


「ひ、姫子か!?」


「う、うん、どうしたのこんな夜遅くに」


「透が透が学校の屋上から飛び降りたんだ!早く救急車を呼んでくれ!」


「え、え、誰が飛び降りたの?」


「だから透だよ透!信じられないかもしんねーけど!」


「・・・・・・・・・」


「どうしたんだよ!頼む!早く連絡を・・・!」


「ねぇ、勇輝」


「なんだよ!?」


「透って誰?」




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