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実験

   

   実験


 事情聴取が終わったのも束の間、すぐに推理タイムが始まった。

「あーもう! さっぱり解らない!」

 京の推理タイムはたった五分で終了した。

「あの二人が犯人ではないという事はわかりましたが……そこから先が見えて来ません」

 と、推理が得意な綾女も頭を悩ませていた。その時、客間の襖が開いた。

「おはよう。犯人は分かった?」

 と、ひと眠りして頭が少しスッキリした鍵丘主任が入ってきた。全然おはようの時間ではないが。

「鍵丘さん。もう起きてこないのかと思ったぜ」

「実は……面白いことがわかった……かも」

 と、鍵丘主任は首を傾げながら言った。この人は昼夜問わずいつでも眠そうだ。鍵丘主任は二人を寝室に連れて行くと、一回欠伸をして、説明を始めた。

「この紐にはね……ちょっとした仕掛けがあったの……」

 そう言って、鍵丘主任は首吊り紐の上の方を指差した。ちょうど天井に交差してる部分だ。

「天井がなんだって言うんだよ」

「よく見て……首吊り輪っかと天井が交わっている所……」

「――結び目がありませんね」

 綾女は重大な事に気付いた。紐が天井に結ばれてなければ、当然死体を支えられない。

「そう……わたしも最初見た時ビックリした……『この死体は浮いてるの?』ってね。だから……試しにその紐の先を辿(たど)ってみることにしたの」

 と、鍵丘主任は天井からさらに伸びた紐を辿りながら、寝室の隅まで歩いて行った。

「首吊り死体を支えていたのは……この……段ボール」

 死体の首にかかっていた紐の先は、部屋の隅っこにある段ボールに結ばれていたのだ。

「つまり――どういうことだ?」

 と、京は首を傾げた。

「えーっと……これは実際にやってみた方が早いかな」

 と、鍵丘主任は気だるそうにうだった。そして、どうやって犯人が首吊り死体を作ったのか実験してみることになった。数分後、実験の準備が整った。

「今回は……この人間と同じぐらいの大きさの……マネキンを使います」

 と、鍵丘主任はどこからか持ってきたマネキンの首を手で絞めた。

「次に……うつ伏せになった死体の首に紐を掛けます……」

 と、鍵丘主任は寝室の真ん中で倒れているマネキンの首に紐を掛けた。

「ここで……あらかじめ、さっきの段ボールの中に適当な物を入れて……死体より重くします」

 と、鍵丘主任は段ボールに物を入れ始めた。

「そして、重くなった段ボールの持ち手部分に……紐を通します。あ、穴が開いてる所ね」

 と、鍵丘主任は段ボールに紐を通して、それを持ち上げた。

「なんかロープウェイみたいだな」

「さらに……紐の反対側の先を……天井の出っ張りにくくりつけます」

 と、鍵丘主任は背伸びをして天井の出っ張りに紐を結び付けた。紐と段ボールをガムテープで補強したところでセッティングが完了した。

「……これで……準備完了」

 と、鍵丘主任はまたもや大きな欠伸(あくび)をして言った。

「何が起こるんだ?」

「私の予想は自動首吊り機と言ったところでしょうか」

「宇治川さん……正解」

 と鍵丘主任は天井側の紐を鋏で切った。すると――

「なっ!」

 支えを失った段ボールが地面に向かって真っ逆さまに落ちる。ドスン、という大きな物音が鳴った後、マネキンの首が締まり、滑車の要領でマネキンはそのまま天井に向かって勢いよく上がっていく。そして最後には、さっきの事件現場と同じ光景が綾女達の前に広がっていた。

「まとめると……犯人は紐を鋏で切るだけで……首吊り死体を作り上げた……」

 と、鍵丘主任は満足した表情で言った。思いの外実験が上手くいったようだ。

「木瀬川さんの後頭部には……打撲の跡があったの……だから……犯人がこの方法で……被害者の死を自殺に見せかけたのは明確」

「ドスンっていう大きな物音は、この仕掛けの段ボールが落下した時の音だったのか!」

 と、京は納得したように言った。

「綾女! これで犯人が――」

 と、京は大喜びだったが、綾女はさらに頭を悩ませていた。

「ですが……逆に容疑者が増えてしまいました」

「何だって?」

「私は最初、木曽川さんのような体格のいい人の死体を吊り上げられるのは、宅配人の赤石さんしかいないと思っていました。ですが、この仕掛けが使われたなら――非力そうな飛田さんでも、年老いた奥羽さんでも、自殺に見せかけるために死体を吊り上げることは可能です」

 と、綾女は説明した。それを聞いて京が絶望する。

「何やってるんだよ! 犯人候補が増えちゃったじゃねぇか!」

 と、京は鍵丘主任の肩を思いっきり両手で揺する。

「……ぅあぅあ! ちょっと……待って」

 と、鍵丘主任は白衣のポケットから一本の紐を取り出した。

「これは……事件現場の寝室に落ちていた紐……恐らく犯人が実際に使ったものだと思う」

「だから! 犯人はさっきの仕掛けを使ったんだろ?」

 京がこの上なく躍起になってしまっている。口調も荒い。

「そう。でも……この紐の切り口が……飛田さんの持っていた鋏の刃の形と一致したの!」

「何だって!?」

 本日二回目の「何だって」である。

「そんなことまで判るのですか?」

 と、綾女は鍵丘主任に訊いた。

「うん。飛田さんのエプロンのポケットに入っていた鋏は……かなり特殊な刃の形だったから……すぐに判った」

 と、鍵丘主任は説明した。科学捜査の腕は確からしい。

「決定的な証拠だな! 飛田さんは死体を発見した時、鋏を持ってた。しかも、ドスンって音が鳴る前に寝室に入っていく飛田さんを赤石さんが見てる。犯人は飛田さんだよ」

 と、京は得意げに言った。

「岩井さんと石田さんも同じような証言をしていましたね」

「あとは飛田さんに犯行の動機を問い詰めるだけな!」

 トントン拍子に話が進んでしまっている。本当にこれでいいのだろうか。

「わたしの……役目は……終わった……みた……い……ね」

 鍵丘主任はそう言い残し、深い眠りについてしまった。

「でも、何か食い違ってるような気が――」

「鍵丘さん……あんたのことは忘れないぜ。後の事はアタシ達に任せて安らかに眠ってくれ」

 と、京は大袈裟に合掌した。そして、容疑者たちが集まる茶の間へと走って行った。


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