刑事の真似事
刑事の真似事
綾女達が現場から戻ってきて数分後――リビング(茶の間)には、犯行時刻の前後にこの屋敷にいたと思われる三人の人物が集まった。そして、綾女が「一人ずつ話を訊きたい」と促したので、茶の間の隣にある客間を使って事情聴取をすることになった。ちなみに、鍵丘主任は夢の中から戻って来ていないようだ。
「じ、事情聴取って何をするんですか?」
最初に綾女は飛田に話を訊いた。彼女の本名は飛田 未来。この家で働くことになったのは二か月前。家政婦の仕事にも慣れてきた矢先にこの事件である。
「緊張する必要はありません。ちょっと事件当時のことを訊かせてもらうだけですので」
「そうですか……。すいません、先程は取り乱して。死体なんか見たの初めてで……」
「お気持ちはわかります。ですが、事件の早期解決の為に協力してほしいのです」
「……わかりました」
と、飛田は小さく頷いた。
「ありがとうございます。では、まず初めに、死体発見までの経緯を教えて下さりますか?」
「はい。私は五時に買い物から帰ってきて、そのまま夕飯の支度をしてました。木曽川先生とは会ってません。『入らないでくれ』という張り紙が先生のいる寝室に貼ってありましたから。そして、六時ぐらいになった時に停電が起きたんです」
「えっ? 停電ですか?」
「ご存じないんですか? 楽都島東部東地区は、六時から七時ぐらいの間停電だったんですよ」
「それは知りませんでした。夜道を歩いていたので気付きませんでした」
と、京はすかさずメモを取った。捜査メモをとるのは京の仕事。出席点は悪い京だが、ノート点は綾女よりも高い。京の数少ない女の子っぽい特技なのである。
「停電の影響で家事が出来なくなってしまったので、しばらく何も出来ずに座っていました。けれども段々心配になってきて、エプロンを外して部屋の様子を見て回ることにしたんです。そしたら、十分ぐらいして木曽川先生のいる寝室からドスン、というような大きな物音が聞こえたので――」
「音……ですか。どのような音でしたか?」
と、綾女は話を中断させて質問した。
「何か、重い物が落ちた時のような音でした」
「そうですか……失礼いたしました。話を続けて下さい」
「私は暗闇の中寝室に向かったんです。それで、部屋に入った時にちょうど電気が復旧したみたいで……木曽川先生の死体を見つけてしまったんです。あまりの出来事に思わず、悲鳴をあげてしまいました」
「お察しします。その他に、気付いたことや変わったことはありませんでしたか?」
綾女は最後に尋ねた。
「そういえば、停電が起きる少し前、奥羽さんが家から出て行くのを見たような……」
と、飛田は少し考えてから言った。そして最後に飛田は、
「すみません……暗いところは苦手なもので……」
と、申し訳なさそうに言った。
「お嬢さん達も大変じゃのう」
綾女が次に話を訊いたのは、日本人形展を開く博物館の館長――奥羽 千世朗だった。見た目は気のいいお爺さんそのもので、立派な白い髭を蓄えている。大きく腰が曲がって杖をついているが、まだまだ元気そうである。
「好きでやっているので。これも趣味の一つです」
と、綾女は笑って言った。そして、早速事件当時のことを訊いた。
「わしは四時半からずっとこの家にいたぞ。木曽川とは『作業の邪魔になるから入らないでくれ』っていう張り紙が寝室の襖に貼ってあったから、今日は一度も会っとらん。こうなることになるんだったら、死ぬ前に一度ぐらい話しておけばよかったかのう」
と、奥羽は大きなため息をついた。
「それは残念でしたね……。停電があったそうですが、その時はどうされてましたか?」
「おお。その時は博物館におったぞ。ちょうど従業員に呼び出されてのう」
さっきずっと家にいたって言ってたよな? 京はそう思ったが口には出さなかった。
「いや~この家の時計は暗いと全く見えなくてのう」
「というと、停電があった六時から七時の間は博物館にいた……ということでよろしいですか?」
「そうじゃよ。その後、停電中で真っ暗な中この家に着いたんじゃ。家に入って五分ぐらいウロウロしとったら、突然飛田さんの悲鳴が聞えたんじゃよ」
「悲鳴というのは、飛田さんが木曽川さんの死体を発見した時のものですね」
と、綾女は確認するように言った。
「そうなんじゃ。宅配人の赤石さんと二人で寝室の様子を見に行ったら、あの有り様じゃ。木曽川が天井からぶら下がってて、すぐ側に鋏を持った飛田さんが腰を抜かしておったんじゃ。さぞショックだったろうに……」
と、奥羽は事件当時の事を思い出したのか、少し肩を落とした。京は奥羽の話をひたすらノートにまとめる。
「ありがとうございます。大変参考になりました。その他に、何か変わったことはありませんでしたか?」
と、綾女は最後に訊いた。
「そういえば……おお、そうじゃ! 停電が直ってすぐ、寝室から出てくる赤石さんを見たような気がするぞい! 帽子をかぶっていたから確実に赤石さんじゃ!」
と、奥羽は思い出したように言った。だが、京は奥羽の証言の曖昧さから、
「見間違えとかじゃないよな?」
と訊き返した。奥羽は、
「失礼な! わしは老いぼれても目だけはいいんじゃ!」
と怒って言った。京が恐縮しながら「ごめんなさい!」と謝る。
綾女は奥羽の言った鋏という言葉が何故だか頭から離れなかった。
「刑事の真似事なんかしないでくれ。この後も仕事が立て込んでるんだ」
綾女が最後に話を訊いたのは、木瀬川の作品を博物館に運ぶためにこの家に来ていた宅配人――赤石 力斗であった。宅配業者に努めてこの道十五年だそうで、見た目通りかなりの力持ちである。背が高く、頼りになるお兄さん、というような印象の人物だ。
「木瀬川さんは自殺したのではありません。殺されたのです」
「警察の人が自殺だって言ってただろう。一般人が出しゃばるな」
「一般人ではありません。事件現場に遭遇した関係者です」
綾女と赤石の視線が交差する。間には火花が飛び散りそうな雰囲気だ。
「まぁまぁ、少しぐらい刑事ごっこに付き合ってくれよ。そしたら箱詰め手伝うからさ」
と、京は赤石を説得した。すると、赤石は担いでいた荷物を床に置いた。
「少しだけだからな」
「サンキュー! やっぱり力仕事をしてる人は話がわかるぜ」
と、京は赤石の肩を叩いた。
「京ちゃん! 私はごっこ遊びをしているわけでは――」
「わかってるって。ここはアタシが引き受けるよ。綾女は休んでて」
綾女が渋々畳の上で正座する。赤石はあぐらをかくと、事件当時のことを話し始めた。
「俺は四時にこの家に着いたんだ。丁度買い物に出かける飛田さんとすれ違ったよ」
「飛田さんは四時に買い物に出かけたみたいだね」
「ああ。それで三十分経ったら奥羽の旦那が来て、さらに三十分後には飛田さんも帰ってきたから、五時には全員集合してたな。木曽川さんも寝室にいたんだけど『入るな』って張り紙がしてあったから会ってない」
京は、ここまでは他の二人と証言が一致するな、と心の中で確認した。
「それで、俺はすでに完成している木曽川さんの作品を箱詰めしていったんだ。だけど六時ちょうどに、突然この地区一帯が停電しちまってな」
と、赤石は訴えかけるように言った。
「これじゃあ作業が進まないと思って、アルバイトを二人呼んだんだ」
「何ですって? アルバイトの方を呼んだ?」
綾女は絶句した。何故なら、容疑者が二人も増えてしまったからだ。
「でも、このバイトっていうのがこれまた馬鹿でさぁ。暗くて困ってるから呼んだのに、懐中電灯の一つも持ってきやしない」
赤石は綾女が頭を抱えているのを尻目に話を続ける。
「だから、しょうがないから真っ暗なままで作業をしていったんだよ」
「暗い中でも箱詰め作業って出来るもんなのか?」
と、京は赤石に尋ねた。
「俺みたいなベテランだったらね。アルバイト達は入ったばかりの新人だったから、停電中はずっと俺が指示してたよ。それでそのまま一時間作業してたら、寝室からドスンっていう大きな音が聞こえたんだ」
「飛田さんからもその音については聴いてる」
「なんだ? と思ってたら、家の電気が復旧したんだ。そしたら、いきなり寝室から飛田さんの悲鳴が聞こえてね。その時ちょうど奥羽の旦那が戻ってきたんだ」
「アルバイトの二人は?」
「もちろんアルバイト達も一緒にいたよ。その後、寝室の襖を開けたら死体とご対面さ。すぐ側には青ざめた顔の飛田さんがいたなぁ。鋏を持って床に座り込んでたね」
「他に気になったことはない?」
と、京は軽いノリで質問した。
「気になったことねぇ……ああ、例のドスンって音が鳴る少し前に、飛田さんが寝室に入って行くのを見たよ。エプロンをしてたから間違いないね」
と、赤石は手を叩いて言った。