万年睡眠主任研究員
万年睡眠主任研究員
「こんな時間だけど科捜研ってやってるの?」
「きっと24時間営業ですよ」
二人が現場となった和室で腰を下ろして話していると、
「こんな時間に呼び出さないでよ。眠くて眠くて……」
と、眠そうな顔をした白衣姿の女性が現れた。渡田刑事の友人で、科捜研の主任研究員の鍵丘 証子である。長い黒髪に黒縁メガネがよく似合う美人研究員。言うまでもないが、頭も良い。しかし、たった一つだけ大きな欠点がある。それは、どこでも寝てしまうという変なクセ。なので、常に寝癖が目立っている。
「ご足労。感謝いたします」
「来たけど……眠い」
鍵丘主任は、目は半開きで足元がフラフラしていて、今にも寝てしまいそうだった。
「綾女、この人大丈夫?」
と、京は心配そうな顔をして言った。
「渡田警部の念押しが今理解出来たような気がします」
綾女の言葉を聞いて、京はますます鍵丘主任のことが心配になった。
「現場は……どこ?」
「隣の部屋です。案内します」
と、綾女は隣の部屋の襖を開けた。部屋に入るとすぐに首吊り紐。その周りには散乱した日本人形。あまり、見ていて気持ちが良いものではない。
「……自殺じゃないの?」
と、部屋に入るなり鍵丘主任が言った。
「その可能性は低いと思います。遺書もありません」
綾女は鍵丘主任の後ろから言った。
「ちょっとどいて……」
と、鍵丘主任は欠伸をしながら言った。何か不可解な点を見つけたのだろうか。鞄からおもむろに道具を取り出すと、事件現場を細かく調べ始めた。
「えーっと……まず、この被害者の死体だけど……死後硬直が起きて間もないから……死後二、三時間ってとこかしら。あと……首に紐か何かで絞められた跡があるから……死因は窒息死で間違いないと思う。あと…………」
そこまで言って、鍵丘主任は黙ってしまった。
「あれ? 鍵丘さん?」
と、京が呼び掛けてみても反応がない。
「………………ぐぅ」
「鍵丘主任! 重要な所で寝ないで下さい!」
と、綾女が鍵丘主任の肩を必死に揺する。話をしている途中で寝る人なんて見たことがない。
「ぅあ!? ごめん……ちょっと……寝てた」
「しっかりして下さい。他に何かわかった事が?」
「……そうだったね。この死体……いや、被害者は二回首を絞められてるの」
と、鍵丘主任は眠い目をこすりながら言った。
「被害者は二回殺されたってことですか?」
時折、綾女が探偵に見えなくなってくる。そもそも本物の探偵ではないが。
「多分……首の跡はそれぞれ形が違うから……一つは手で首を絞められた時に出来た跡で……もう一つは……この紐で吊り上げられた時の跡だと思う」
と、鍵丘主任は眠そうなわりには的確な分析をしている。
「つまり、犯人は被害者を首を絞めて殺した。そして、死体を紐で吊り上げて自殺に見せかけようとした――ということですね」
と、綾女は鍵丘主任の分析をまとめた。
「そういうこと……あー眠い」
「犯人は何でそんな面倒臭い事をしたんだ?」
と、京は腕を組んで言った。
「それを……調べるのが……あなた達の仕事……」
と、鍵丘主任はついに深い眠りについてしまった。殺人現場で寝れる人なんてそうはいない。
「鍵丘さん? 鍵丘さん!?」
「寝てしまいましたね」
「こうなることは何となく予想してたけど……これからどうするの?」
「とりあえず現場検証はこれで十分です。次は事情聴取をしましょう」
と、綾女はサッサと事件現場から出て行こうとする。
「ちょっと待ってよ綾女! 鍵丘さんはこのままでいいの!?」
「疲れているのでしょう。無理やり起こすのも可哀想ですし……もう、役に立ちません」
死体の隣で鍵丘主任がぐっすりと眠っている。何とも言えない光景だ。
「なんか……渡田警部の友達って聞いて納得したよ」
と、京は言った。




