ミステリーの香り
ミステリーの香り
「自殺ですね」
刑事は開口一番憂鬱交じりにこう言った。緊急連絡をした数分後、救急車とパトカーが駆け付けて来た。木瀬川直人は救命処置を施されたが手遅れだった。パトカーから出てきた刑事二人は一通り現場を調べて関係者を事情聴取。その場に居合わせただけの綾女と京は10分程度の事情聴取で済んだ。
「ご遺体の回収は後日順を追って説明しますので……」
と、刑事はやる気のない声調で言った。パトカーに乗り込みその場を去る。
「おい、ちょっと待てよ!」
京の呼び止めは寂びれた民家に虚しく響いただけだった。
「シカトかよ……」
「現状では仕方ありません。自殺にしか見えませんから」
と、綾女は言った。京が怪訝な表情を作る。
「なあ、綾女。自殺じゃないってのは本当なのかよ?」
「はい。紐の位置が変です。それに、来週自身の作品展を開くような人が自殺をするでしょうか?」
「それは……まぁ、変っちゃ変だけどよ」
と、京は口を濁す。
「人形屋敷の首吊り死体。これは――私がまだ出会った事のないミステリーです!」
と、綾女は言った。この決め台詞が出てしまったら後には引けない。綾女は謎が解けるまで、たとえ天変地異が起きようともこの場を離れないだろう。
「綾女、これからどうするんだ?」
と、京は諦めにも似た溜め息をついた。もう綾女とこの事件を引き離すことは出来ない。京に出来ることはただ一つ。推理の手助けをすることだけ。
「現場を調査します。また、専門家の意見を聞けばより確実なものになると思います」
と、綾女は京の携帯電話を手にとって画面をタップする。
「誰に電話するんだ?」
コール音が鳴った後、携帯電話から気弱そうな声が聞こえてきた。
「もしもし? 渡田ですが……」
電話の相手は渡田 平太。楽都島警視庁には珍しいタイプの生真面目刑事で、美女と野獣とはとある事件で知り合った。そして、未だに綾女のことを探偵だと勘違いしている。
「宇治川です。急なお願いで申し訳ないのですが……科捜研の方を一人紹介して頂けないでしょうか?」
「い、今からですか?」
「今すぐにです」
「ええ! そんな、いきなり過ぎますよ! 僕も仕事が立て込んでいて……」
「無理は承知でお願いしています。どうしても力を借りたいんです」
渡田が頭を悩ましている光景が電話越しでも想像出来た。
「科捜研の主任の方でもいいですか?」
予想外の質問が返ってきた。こういう場合、窓際族とかその辺のポジションに立っている人が候補に上がるのではないだろうか。綾女は当然のごとくこう返事した。
「無論、問題ありません」
「では、僕の方からそちらに向かうよう頼んでおきますので」
「ありがとうございます」
「……責任は一切負いませんからね。それでは」
不穏な言葉を残して電話が切れる。
「渡田刑事に電話したのか」
と、京が携帯電話をポケットにしまった。
「一体どんな方なのでしょうか……」
と、綾女は夜空に揺れる桜を眺めながら呟いた。