完璧過ぎた目撃者
完璧過ぎた目撃者
「よいしょっと。これで残りはあと一つか」
と、赤石はトラックの荷台に段ボールを詰め込んで言った。
「赤石さん。最後の荷物を忘れていますよ」
と、綾女が『からくり人形』と書かれている段ボールを両手で持ちながら駐車場へと入ってきた。
「悪いね。手伝わせちゃって」
「こちらこそ仕事の邪魔をしてすみませんでした」
と、綾女は持っていた段ボールを荷台に詰め込んだ。
「ありがとさん。後は伝票を書いてと……」
赤石は慣れた手つきで宅配の伝票を書き終ると、その片方を綾女に手渡した。
「そっちは控えだから飛田さんに渡しといてくれ」
と、赤石はトラックの後ろの扉を閉める。
「承知いたしました。この伝票は鑑識の方に届けておきます」
「おう。頼んだぜ……って、今なんて言った?」
赤石は思わず振り返った。そこには、深緑色の着物を着ている女子高生が自信満々の笑みを浮かべながら立っていた。
「残念ですけど、貴方はこの荷物を届けられません」
「いきなり何言ってんだ? それに鑑識って……」
「単刀直入に言いましょう。貴方がこの事件の犯人です!」
と、綾女は言い放った。
「俺が犯人? 冗談きついな。自分はただの宅配人だよ」
「前の宅配会社は木曽川さんが原因で辞めさせられたのでしょう?」
「それは……」
と、赤石は言葉を詰まらせる。綾女が推理ショーを始めた。
「貴方は木曽川さんを恨んでいた……。そして、復讐しようと考えた。貴方が突然木曽川さんの専属宅配人になったのも復讐のためだったんでしょう?」
「そうかもしれないな。でも、この事件とは関係ないだろ」
赤石の口調が自然と強いものになる。
「人の過去を勝手に調べるのは良くないぞ」
「ごめんなさい。これも探偵の仕事ですから」
と、綾女は真剣な表情をして話し始める。
「赤石さん。貴方は今日この家に四時に来たと言っていましたよね」
「ああ、飛田さんが丁度家から出かけるところだったからよく覚えてるよ」
「その時、飛田さんは買い物に出かけていて、その後奥羽さんが来たのが午後四時半。つまり――あなたは四時から四時半までの間は木曽川さんと二人っきりだった」
「まぁ……そういうことになるな」
「私の推測ですと、貴方は既にここで木曽川さんを殺害しています」
「へぇ、随分と早いね」
赤石は依然、表情を変えない。
「そして、この時にあなたは寝室にある仕掛けを施した。他殺を自殺に見せかけるための仕掛けを作り上げたのです」
「自殺じゃなくて他殺だって言いたいのか?」
「ええ、仰るとおりです。先程の仕掛けは、簡単に言えば紐を鋏で切れば首吊り死体が出来る便利な仕掛けになっています。この仕掛けの構造自体はあまり重要ではありません。重要なのは『紐を鋏で切る』というところです」
「テストにでも出るのかよ」
と、まだまだ赤石は余裕の表情だ。
「木曽川さんが作業をしていた寝室の襖には「作業の邪魔になるから入らないでくれ」という張り紙がしてありました。この張り紙は木曽川さんが書いた物じゃなくて貴方が書いたものですね?」
「書いた覚えはないな」
「何故このような張り紙を張ったのか? 答えは簡単です。木曽川さんの死体と仕掛けを他の人に見られないため。仕掛けを作動させる前に見られてしまったらそこで計画は水の泡です」
「……俺が書いたって証拠は?」
赤石は思わず声の調子を変えた。
「あら、書いてないと言っていましたよね?」
と、綾女は悪戯に微笑んだ。そして、先程受け取った伝票を見せる。
「この伝票の筆跡と張り紙の筆跡を比べれば……貴方が書いた物だと証明されます」
「あー、そうだそうだ。木曽川の旦那に書いてくれって頼まれたんだよ。忘れてた」
「木曽川さんを殺して寝室に仕掛けをした。さらに、寝室の襖には『入るな』の張り紙を作って貼った。そして、貴方は何食わぬ顔で奥羽さんと飛田さんと一緒に六時までこの家で過ごした」
綾女の髪が夜風に揺れる。日本人形のように艶やかで美しい立ち姿だった。
「後は後輩を呼んで、このままどこかで一瞬のスキをついて紐を切れば、貴方の計画は完璧だった。けれど、予想外の出来事が起きた」
「……停電か」
「そう。これだけは用意周到な貴方でも予想してなかった。ここからあなたの計画は崩れ始めたんです」
と、綾女は言った。
「貴方は焦った。けれども、その状況を上手く利用した。暗闇だったら紐を切る瞬間を見られるリスクが減る、そう考えたんです」
午後十時の真っ暗な駐車場一帯に綾女の声が響き渡る。
「そして、貴方は計画通り紐を切った。仕掛けが作動して段ボールが落ちる。ドスンという低い音が鳴って、首吊り死体が出来あがる。貴方はすぐに寝室から出て、博物館から戻ってきた奥羽さんと後輩さんたちと合流して、再び寝室に向かったんです」
「停電中俺は後輩達と作業してたっていうアリバイがある」
「作業と言っても、貴方は指示を出していただけでしょう? 後輩さんたちも声しか聞いていないと証言しています。停電中、貴方は他の部屋にいたのです」
「………………」
赤石はついに黙ってしまった。綾女は話を続ける。
「貴方は後輩さんたちに鋏を持ってくるようにと言いました。恐らく、凄く特殊な刃の形をした奴を持って来いと。宅配人であれば、鋏の一つや二つぐらい持っているはずなのに」
と、綾女は着物の袖から鋏を二つ取り出して赤石に見せた。
「左が飛田さんがいつも使っている鋏。右が今日貴方が後輩さんたちに持ってきてくれと頼んだ鋏です。色も形もそっくりです」
「偶然一緒だったんだよ」
「いいえ、必然です。貴方は飛田さんが犯人だと思わせるために、同じ物を後輩さんたちに持って来させたのです」
と、綾女は両方の鋏を自分の真下に投げ捨てる。
「まだあります。石田さんは懐中電灯を忘れたわけではありません。貴方が持ってくるなと念を押したんです。折角の暗闇を明るくされると困るから」
「そこまでして俺を犯人にしたいのか? 他の人でも出来ただろ!」
と、赤石は綾女の言葉に過度に反応する。
「いいえ。あの時寝室の紐を切れたのは貴方しかいないのです」
「……どうしてだよ」
「仕掛けの紐が切られた時、この家は停電中でした。それに加えてここは都会から離れている場所なので、ほとんど真っ暗闇に近い状況です。そんな中で貴方は寝室に入って行く飛田さんを目撃しました」
「そうだよ。音が鳴る前にな!」
「飛田さんは大きな物音が鳴ったから寝室に様子を見に行ったのに、貴方は音が鳴る前に寝室に入って行く飛田さんを見たと言っています。おかしいと思いませんか?」
「み、見たよ! エプロンをしてたから絶対に飛田さんだ!」
と、赤石は断言した。
「飛田さんは停電中にエプロンを着ていません。家事が出来ないから外したと言っています」
「そんなはずは――いや、違う! 見間違えたんだ! あの時は暗かったから!」
「確かに見間違えたのかしれません。でも、仕掛けを作動させるために寝室に入ったのは貴方です。飛田さんを見たという証言は真っ赤な嘘」
「嘘じゃねぇ!」
赤石の大きな声が響き渡る。綾女は憐みの視線を赤石に向けて、
「貴方は飛田さんが鳥目だという事を存じ上げていましたか?」
と言った。
「鳥目?」
「はい。飛田さんは暗い所だと全く目が見えない病気だったのです」
「……!」
赤石は何かに気付いた。
「もう、おわかりになられましたよね。飛田さんは紐を切りたくても切れなかったんです。鳥目でしたから。停電中の真っ暗な家の中を歩くだけでも大変なのに……紐を鋏で切るなんて高等テクニックが出来るはずないのです」
と、綾女は悲しそうな表情を浮かべて言った。
「奥羽さんは博物館に戻ってて、後輩さんたちは作業中。そうなると、停電中自由に動けたのは貴方しかいなかったんです」
「……証拠は」
と、赤石は震える声で言った。
「これはお前の推論でしかない。俺が犯人だって決定づける物はあんのかよ」
「それは――」
「証拠ならあるぜ」
京が一体の人形を片手に持ちながら現れる。
「綾女! 大事な証拠を玄関に忘れるなよ!」
「京ちゃん! とんだ失礼を……」
「まぁいいよ、続き続き」
京は一呼吸置いてから話を始めた。
「これは木曽川さんが作った最後の作品」
と、京は持ってきた人形を赤石に見せる。
「この人形が出来上がったのは多分今日の午後ぐらい。どういう意味だかわかる?」
「わかんないね。ただのからくり人形だろ」
「赤石さんの言う通りこの人形はからくり人形だ。でも、この事を奥羽さんと飛田さんは知らなかった。なんであんただけ知ってるんだ?」
「そんなの……たまたま見たからだよ」
「違うね。停電中にあんたが木瀬川さんの寝室に入ったから知ってるんだろ?」
と、京は言った。続けて、
「このからくり人形は周りが暗くなると中の仕掛けが作動するように出来てるんだ。明るい場所では誰がどう見ても普通の日本人形にしか見えねぇ。つまり――アンタだけがからくり人形だと知っていた。言い換えると、あんただけが停電中に寝室に入って動いているからくり人形を見たっていうことになるぜ」
「他の人形と……見間違えたんだよ」
と、赤石は反論する。
「それもただの推測だろうが! 証拠はどうした? ないならないって言えよ!」
と、赤石は最後の足掻きを見せる。そんな赤石に綾女が、
「赤石さん……このからくり人形の名前、知ってますか?」
と問い掛けた。
「それがどうしたってんだよ!」
「写真機を持つ少女……という名前です。右手に持っている小さな箱のような物が写真機です」
と、綾女は人形の背中を開けた。そして、中からフィルムのようなものを取り出した。
「写真機は今でいうカメラのようなものです。先程、部屋の電気を消してしまったので寝室が真っ暗になりました。暗くなると仕掛けが作動するこの人形は動き始め、何枚か写真を一枚撮っていました。つまり――」
「……まさか!」
と、赤石は言った。その顔はすっかり青ざめてしまっている。
「停電中にも仕掛けが作動して写真を撮っているということになります。赤石さん。このフィルムには何が写ってるんでしょうね?」
と、綾女は最期の推理結果を報告した。
「木曽川の奴……そんな人形も作っていたとはな」
と、赤石は力なく両膝を地面に着いた。もう、抵抗する気力は残ってないようだ。
「昔は木曽川の作る人形が大好きだった。宅配に行くといつも新作の人形を見せてくれてさ。楽しかったなぁ……。でも、専属宅配人になってすぐに人形壊されたって濡れ衣着せられて……。その時だよ、あいつが金の亡者だって気付いたのは」
赤石は真っ暗な夜空を見上げる。
「まさか……その人形に見られてたとはね。夢にも思わなかったよ」
と、赤石は皮肉そうに笑って言った。
「それは自白と捉えていいのでしょうか? 宅配人の赤石さん」
と、綾女は言った。
「構わないよ。でも、一つだけ訊いていいか?」
赤石がゆっくりと立ち上がる。
「いつから俺が犯人だって判ってたんだ?」
と、赤石は綾女に言った。
「最初に貴方の話を聞いた時です。赤石さん以外の人は「~ぐらい」とか「~かもしれない」など曖昧な証言が多かったのに対して、赤石さんの証言は時間も場所も正確でした。貴方の目撃証言は完璧過ぎたんです」
綾女の言葉に赤石は落胆した。こんなうら若き女子高生に負けるなんて……格好悪過ぎる。いや、これで良かったのかもしれない。赤石は不思議な達成感を身に宿していた。
「そうか……。少しは工夫したんだけどな」
「貴方のトリックは三十点です。停電が起きなければもっと点数上がっていました」
と、綾女は屈托の無い微笑みを赤石に向けた。赤石がふっ切れたように笑う。
「厳しいね。俺の完敗だよ」
「綾女に出会っちまったのが運の付きだったな、おじさん」
と、京が携帯電話で警察に連絡する。
「パトカーがすぐに来ますので玄関の方で待ってましょう」
「ああ……」
赤石は美女と野獣に連れられて玄関の方へと歩いて行った。
事件あるとこ美女と野獣――そんな噂が楽都島の街に流れ始める。
美女と野獣と人形師 完