チュウニのショウゴ1 【ショウコ】
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当作品は、企画『ミステリア』に参加しております。
ネタバレするから読了前に感想欄を読まないでね。
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ショウゴはチュウニである。
そう書くと、何が何だかなのでもう少し丁寧に説明する。
湯谷正悟(ユタニ ショウゴ)は中学2年生である。
帰宅部の正悟が放課後に帰路をとぼとぼ歩いていると道のど真ん中で立っている3人の人物を見つけた。
「あれ、お母さんだ。……それにおまわりさんも」
3人のうち2人は知っている人物だった。
1人はまぎれもない正悟の母親の朝子。専業主婦で、買い物の途中なのか竹で編んだ手提げの籠をぶら下げていた。もう1人は地元の警官だ。
「どうしたの、お母さん」
「あら、おかえり。あ、そうそうあんた誰だかわかる?」
母親・朝子から突然聞かれた、横にいる謎の女性の正体。
「え……誰、だろう?」
30代くらいか。初めて見る顔だと思う。名前が正悟で、身長も小5並に低い自分より圧倒的に高い。成人男性の警官と同じくらいだろうが、ヒールの靴で、女性の方がわずかに勝っている。
「あー、あんなに世話になったのに。あんたのおむつを代えてもらっていた時だってあるのよ、と言っても覚えているわけないけど。ほら、祥子ちゃんよ。安城(アジロ)さんとこの娘さん」
安城さんというのはこの街では有名な土地持ちの名家である。
そうなんだ、正悟が反応する前に祥子が反応した。
「あー、覚えてる覚えてる。正悟くんでしょ。大きくなったねー。それでもってかわいいってもう犯罪じゃない?」
祥子に抱きかかえられた正悟。やわからく、なおかつ張りのある胸の部分が顔に当たる。スレンダーな身体に合わない豊かな乳。まだFカップの存在を知らない正悟にはちょっと刺激が強かった。
この頃の男の子には胸を楽しむというより早くこの場から離れたいという気持ちが勝っている。そうやってもがいて逆に揺れる乳をさらに味わってしまうわけなのだが、そんなことは知る由もない。
「えへん。ちょっといいかな」
そんな全てを帳消しにしたのが警官だった。
そもそも、警官と正悟の母親と昔世話になったらしい安城祥子。この3人が何故こんな道の真ん中にいるのか。
話は少しさかのぼることになる。
14時10分。ニューヨーク発成田着便。
「はぁ~、久しぶりの日本だ」
安城祥子(アジロ ショウコ)は12年ぶりに日本に帰ってきた。
大学2年生の時に、何かを思い立ち海外留学した祥子。その先でボーイフレンドができてそのまま結婚してしまった。そんな祥子だが、昨年夫の浮気が発覚して離婚を考えている中に母親から届いた1通のエアメール。『父親が末期の癌だとわかった。余命半年らしい』そんな内容だった。
今まで好き勝手やっていた自分を積極的にではないが陰で支えてくれた両親。自分が最後にできることといえば会いに行くことだった。
時間がなかったが、慰謝料をもらえるだけ貰って離婚し、帰国した。
……自分は馬鹿にでもなったのだろうか。
故郷は変わっていなかったのだが、迷子になってしまった。
考えてみると中学・高校は都内の私立で寮生活。中退した大学も1人暮らしだったため、まともに地元にいた期間は小学生までとその後の帰省期間を含めても1年もなかった。
元々地図には弱いが、自分の実家くらいはわかるものだと高をくくっていた。しかし突きつけられた現実。
「まいったなー。近所の人にも聞きにくいし……お!」
すると前から自転車に乗った若い駐在が見えた。警官なら道を尋ねても不自然ではない。ここはぶりっ子でよそ者のふりをして……祥子は聞くことにした。
「すいませーん、刑事さん」
「はい、どうかしましたか?」
「あのー、6丁目1193番地ってどこかわかりますー?」
「6丁目の1193番地? 6丁目ということはあの辺りだから……」
「えーっと、多分、安城さんという人が住んでいると思うんですけどー」
「ああ、1193は安城さんとこか。……あんた見慣れん顔だけど、安城さんところに何か用か?」
不意打ちだった。
「え? ちょっとー、そのー、色々あってー」
具体的なキャラ設定をしていれば変なことにはならなかったはずだ。
しかしこの街で安城といえば膨大な土地を持ち、本家は昔から代々伝わっていますと言わんばかりの日本家屋に塀で囲まれた門付きの名家である。そこにヒール含めて170cm越えの30過ぎの茶髪の肩を出した露出の多めの服を着た女が一体どんな用があるのか。普通なら、なかなか想像はしにくい。
この場をどう処理するべきか。こうなれば理由をうやむやにして警官にすり寄れば教えてくれるだろうか。
「……身分を証明できるものはある?」
だがその一言には我慢できなかった。すり寄りプランもパーだ。
「ちょっと! 何で私が何もしてないのに身分を証明しなければいけないわけ? 道を聞いてるんだからとっとと教えればいい話でしょ! ふざけないでよ、だったらあんたから見せなさいよ!」
「何ぃ!?」
あまりの豹変ぶりに警官もその場はただ驚くことしかできなかった。
正悟の母・朝子は友人宅へ寄ってから帰りにスーパーへ行こうと出かけていた。
しばらく歩くと目の前で警官と1人の女性が言い争っていた。
警官は地元の駐在。そして女性はこの街の人間ではなさそうな服装……と、全体を見渡して女性の顔を確認したところでどこか見覚えがある顔なことに気付いた。
「もしかして、祥子ちゃん?」
半信半疑ながらも出てきた答えは地元で知らない者はいない安城家の娘だ。
しかし小学生以降のほとんどを実家から離れている娘の姿をしっかり覚えている者はあまりいない。その点、湯谷家は地域のイベントを通じて祥子と知り合い、以降家に遊びに来るようになった。祥子自身あまり名家というものに関心が薄かったみたいだ。小さい頃の正悟の世話をお願いしたこともあった。
「……あ、おばさん! 久しぶりです。お元気ですか?」
祥子も地図は読めなくても、人の顔は忘れなかったようだ。
「こんなに大きくなって~。今帰ってきたの?」
「そうなんですよ。あ、それより聞いてくださいよ。この人警察官のふりをした悪い人なんですよ!」
「え? 平塚さんの事? 何言っているの、立派な巡査さんじゃない」
「え?」
また聞きだが、母親から簡単に事情を聴いた正悟。
「えっと、祥子さんは――」
「お姉ちゃん!」
「……祥子お姉ちゃんはおまわりさんが偽物だと思っているわけなんだよね?」
「うん」
そんなことはないはずだ。正悟が物心ついた時からいたのだから、仮にそうだったら大問題である。
「多分。多分だけど、きっとお姉ちゃんの勘違いだと思う。その原因は知らなかったからだと思うけど」
「知らなかったって何を?」
さて、問題です。
祥子の勘違いの原因は何でしょうか?
答えを出してから次へ読んでいただければより一層楽しんでいただけるかもしれません。
よろしいですか? では、下へとどうぞ。
「おまわりさん、警察手帳を見せて」
「いや、みだりに人に見せるものではないよ」
「でも、この誤解を解くには必要なんです!」
平塚は3人に見せるように示した。
「警察手帳ってね、昔はこの生徒手帳みたいな横開きだったんだけど、今はこの上下に開くタイプなんだよ」
「え、変わってたの!?」
やっぱり。正悟の推理はビンゴだった。
「身分証明を求められてお姉ちゃんはおまわりさんの身分証も確認しようとしたんだよね。お姉ちゃんは12年間日本にいなかったでしょ? ほら、最近の刑事ドラマと昔のを見比べると警察手帳が変わっているからさ。おまわりさんを偽物と判断するきっかけには十分なるのかなって思って」
事実、2002年に警察手帳は新しくなっている。その場の全員が理解した。
「すごーい。すごいね、正悟くん。かわいくて賢いなんて最強の組み合わせじゃない」
「ほら、祥子ちゃん。せっかく戻ってきたんだから早く帰りなさい。いいでしょ、駐在さん?」
「え? はい、どうぞ」
「ありがとう、おばさん。それに、正悟くん。ごめんなさいね、おまわりさん。じゃあ、落ち着いたら顔出しますから!」
祥子はその場から駆け足で家へと
「ところで、私の家ってどこでしたっけ?」
向かうのだった。