第四話 酒宴
忠義にあつい武将、周泰は命を懸けて主君を守り続ける。その論功行賞に一部の武将からは不満が出てくるが…。中国の三国時代を舞台に、熱き男達の物語が紡がれる!
本小説は、三国志を題材としたオンラインゲームをネタにした筆者のブログ「今日も二泉に月は映えて」にかつて掲載したものを再編集したものです。
黄蓋をはじめ、曹操軍艦隊を火刑で焼き払った水軍部隊は勲功第一として比類なき報償を授かった。
陸上部隊の程普軍も多大な報償を拝領した。その中でも周泰の功績は非常に高く評価された。
行賞の日、孫権は周泰に言った。
「此度の戦、周泰の活躍は、曹操軍艦隊を壊滅させた水軍に勝るとも劣らぬ。そなたを平虜将軍に任命する。濡須の督として、活躍して欲しい。」
「過分な報奨、恐悦至極。」
「配下の将として、徐盛、朱然を同行させるがよい。」
「はっ。」
周泰は深々と頭を下げた。
その奥で徐盛と朱然が顔を見合わせて驚いた。
「な…っ!?」
そんな二人を気にとめることもなく、孫権が続いて言った。
「皆の者、明日は戦勝の酒宴じゃ!そして、周泰、徐盛、朱然を盛大に送りだしてやろうぞ!」
「ははっ!」
全員が敬礼した。
徐盛と朱然は眉間にしわを寄せながらではあったが…。
翌日、戦勝の宴は、始まるやすぐに、孫権が「今日は無礼講でかまわぬ!」と宣言したこともあって、大いに盛り上がった。
酒を酌み交わし、皆口々に、火計後の先陣を切ったのは自分だの、曹操軍を何百人討ち取っただの、己の武功を自慢しあった。
そんな中、酒には手をつけず淡々としている者が2人いた。
徐盛と朱然である。
徐盛と朱然は隅の席で、周泰の配下となったことへの不平不満をつぶやきあっていた。
二人のあたりには、次第に気まずい空気が流れはじめた。
その空気を振り払うかのように、大柄な体躯に腰の錫を鳴らしながら、甘寧が近づいて言った。
「おぅおぅ、おめぇら、シケた面して、シケた話してんじゃねぇよ!せっかくの酒が不味くならぁ。」
腫れ物に触るかのごとく、見てみぬふりの態度をとっていた幕僚たちであったが、ことの成り行きが気になり、皆、甘寧の言動に注目した。
「…。」
徐盛と朱然の二人は黙った。語りはしなかったが、その目じりの上がった顔は、不満があることを物語っていた。
「ったくよぅ、はっきり言ったらどうなんでい?俺達のほうが、周泰よりも強くて、武勲を重ねてきたのに、配下の扱いってどういうことなんだってなぁ?」
「…。」
二人は黙ったままだったが、核心をずけずけと言う甘寧に幕僚たちがざわめいた。
「甘寧…。」
見かねた孫権は間に入ろうとしたが、周瑜が
「殿、ここは甘寧殿に…。」
と制した。
甘寧は頭をくしゃっと掻きながら言った。
「あー!ったくもう、めんどくせぇやつらだな?ん?男だったら、こそこそ言わねぇで腕っぷしで語れや!…んと、孫権様!」
「なんだ?甘寧?」
「あー、俺の記憶が確かなら、今日の宴は無礼講っすよね?」
「あぁ、そのとおりだ。」
「どうっすか?宴の余興に、周泰と、こいつらでひと勝負してもらいましょうや!」
すかさず、周瑜が孫権に小声で言った。
「殿、甘寧殿の提案を受けましょう。」
孫権は迷ったが、周瑜が平静を保っていたこともあり、その言を聞き入れることにした。
「まぁ、それもよかろう。誰か!訓練用の剣と棍を持ってまいれ!」
徐盛と朱然は、あまりにも唐突な展開に面食らった顔をしていた。
「周泰よ、よいな?」
孫権が周泰に言った。
「はっ。殿の仰せであれば。」
周泰は起立して言った。
徐盛と朱然は、「これは周泰に恥をかかせる絶好の機会だ」と思った。二人とも、歴戦を経て、腕に相当な自信を持っていた。周泰の実力は二人には未知だったが、戦場で気絶するくらいだから、たいしたことはないと思っていた。
「しからば、まずは私が…」
徐盛が一歩前に歩み出て言った。
「朱然殿の出番はないかもしれませぬがな。」
周泰は訓練用の剣を、徐盛は訓練用の棍を手に対峙した。
「おっと、ちょいと待ち。」
甘寧が間に入った。
「このままじゃ、実力の差がありすぎるからなぁ…。周泰、徐盛と朱然の二人を同時に相手してやれや。」
「な!?」
甘寧の言葉は徐盛と朱然のプライドを傷つけ、感情を逆撫でするには十分すぎた。
その火にさらに油を注ぐがごとく周泰が
「かまわぬ。」
と言ったので、二人は憤怒の表情を浮かべた。
「二言はありませぬな!?しからば!!!!!!」
怒りに震える手で、朱然も剣を手にした。
皆、固唾を呑んで、事の成り行きを見守った。
その膠着を絶つかのように甘寧が号令をかけた。
「それでは、はじめ!」
先に動いたのは徐盛と朱然だった。
並み居る武人達を凌駕する武術を身につけている二人である。
徐盛の棍が足をなぎ払い、朱然の剣が喉を突いた。ともに幾多の戦場で戦った者同士ゆえの阿吽の呼吸、連携だった。
「速い!!」
誰もが徐盛の棍と朱然の剣が周泰にあたったと思ったその刹那、
パーン!!!!!
という音とともに、徐盛と朱然が後方に吹っ飛んだ。
周泰の剣術は我流の抜刀術である。
鞘に刀身を押し当て、負荷をかけつつ抜くことで、至近距離でも太刀を目一杯振り下ろしたときほどの威力が出る。
加えて、しなやかでバネのきいた筋肉の動きで、その切っ先は音速を超える。パーンという破裂音は、切っ先が音速に達したときに生ずる衝撃波の音で、その衝撃で、2人は吹き飛んだのであった。
「うぅう…」
徐盛と朱然が呻き声をあげた。
「あちゃー…。もぅちょっとマシかと思ったんだが、てんで話になんねぇなぁ。」
甘寧が苦笑いを浮かべながら言った。
「わかったか?おめえらの武術は周泰の足元にもおよばねぇんだよ。こいつとなぁ、互角に対峙できるのは、俺様くらいのもんだぜ?」
この言葉に周囲はざわめいた。
甘寧は呉軍最強の武将である。それも、飛び抜けて強い。その甘寧が自分自身と互角に対峙できるというのだ。
よろよろと立ち上がりながら、朱然が言った。
「確かに、武術の力量差は歴然。それについては負けを認めましょう…。しかし!」
きっと周泰に目を見据えた。
「軍略では遅れを取りませぬ!周泰殿の、赤壁の戦いには疑義がありますゆえ!」
周瑜が一歩近づき言った。
「周泰殿のどれに対する疑義ですかな?軍略なら軍師たる私がお答えしましょう。」