第三話 赤壁
忠義にあつい武将、周泰は命を懸けて主君を守り続ける。その論功行賞に一部の武将からは不満が出てくるが…。中国の三国時代を舞台に、熱き男達の物語が紡がれる!
本小説は、三国志を題材としたオンラインゲームをネタにした筆者のブログ「今日も二泉に月は映えて」にかつて掲載したものを再編集したものです。
建安十三年。
呉都、建業に早馬の一報が入った。
「河北の曹操が荊州へ侵攻!その数、二十万!!!!!」
これが世に言う「赤壁の戦い」の幕開けである。
早馬は次々と曹操軍の侵攻を告げた。
「荊州の劉表、死亡!次男の劉琮が跡を継ぐも曹操に降伏!」
「曹操、荊州の水軍を配下に加えた模様!」
「荊州に身を寄せていた劉備は逃亡、夏口で劉表の長男、劉琦と合流し、軍を整えた模様」
「劉備から、諸葛孔明と名乗る同盟の使者が来ております!」
当時の呉軍は全兵力を集めても三万、同盟を求めてきた劉備軍にいたっては、たったの一万。圧倒的な兵力差だった。
呉の幕僚たちは恐れおののいた。建国以来、最大の窮地である。開戦派はごく少数、諸葛孔明の首を手土産に曹操に和平を求めるべし、との声まで出た。
開戦か降伏か…揉めに揉めた軍議であったが、軍師、周瑜がその場を収めた。
「状況を正しく分析し、理解し、考えねば、道を誤りますよ。」
周瑜は涼やかな笑みを浮かべながら続けた。
「曹操軍は水上戦に慣れていません。劉表配下の水軍に頼るつもりでしょうが、荊州水軍など、呉水軍の足元にもおよびませぬ。風土に不慣れな彼らの陣営では、疫病も遅からず発生するでしょう。それに曹操軍二十万といっても、平定した領土の兵が大半です。彼らが本心から曹操に従っていると思われますかな?」
周瑜の言葉は「勝てない」と決め付けていた呉の武将達に「勝てるかもしれない」という気持ちを芽生えさせた。
そして孫権がおもむろに席を立ち、抜刀し、文台の角を切り落とした。
「曹操軍など、張子の虎よ!我らが呉は江東の虎、張子などには負けはせぬ!降伏などと論ずる奴は、この文台と同じく切り落としてくれるわ!」
かくして赤壁の戦いの火蓋が切って落とされたのである。
決戦を前に、軍師周瑜は自身の幕内に周泰を呼んだ。
「お呼びですか。」
甲冑の音を響かせながら、周泰は周瑜の前に傅いた。
周瑜の傍らには程普がいた。
「貴殿を呼んだのは、他でもない。」
「はっ。」
「貴殿はこれより、孫権様の護衛の任を解き、こちらの程普殿の指揮下に入っていただく。」
程普は軍兵の半数を任される古参の都督だ。
「…。」
周泰は黙して周瑜の命令を聞き続けた。
「精鋭三千騎を指揮し、曹操軍を蹴散らしてくれ。君なら、できる。」
「は、ご命令とあらば。」
程普が口を開いた。
「周泰、貴殿の武は私も認めるところじゃ。貴殿を配下にできるとは、わしは果報者よのぅ。存分に働いておくれよ。」
「ははっ。」
その言葉に周泰は更に深く傅いた。
「何か聞いておくことはないか?」
周瑜が優しく周泰に問いかける。
「いえ、私は命令を遂行するのみです。」
淡々と周泰が答えた。
「…それが、そなたの良いところでもあるが…、私からの忠告は聞いたのだろう?」
「は…。」
自分が一部から反感を買っているという件か、と周泰は思った。
「此度の戦は良い機会だ。貴殿が著しい活躍をすれば、皆、貴殿の行賞に納得するだろう。私は軍師として、内部にしこりができているのを見過ごすわけにはいかないのだよ。」
周瑜が続けた。
「そうそう、孫権様の護衛だが、此度の戦では孫権様を先陣に立たせはしないよ。私がついているしね。貴殿は後方のことは気にせず、前線で戦って欲しい。」
周泰は少し安堵した。
そして周瑜は立ち上がった。
「それでは、策を授ける!貴殿は程普殿とともに、今夜、秘密裏に北岸へ渡航、烏林にて待機せよ!赤壁が赤く燃ゆる後に、馬の嘶きが聞こえるであろう。それは、敗走する曹操軍本隊ゆえ、突撃し殲滅せよ!」
「御意!」
最敬礼した周泰の血は熱く滾っていた。
圧倒的な曹操軍戦力、張子の軍とはいえ、呉が劣勢であることに変わりはない。周泰も死を覚悟して殿を守りきるつもりであった。
が、今の軍師の言葉には守るどころか、劣勢という考えが微塵もない。それどころか、赤く燃ゆる…すなわち火計をもって曹操軍を焼き払い、殲滅させる作戦だ。そして、軍師は自分に重要な任を託した。将として、男として、これで熱くならないわけがない。
その夜、烏林の地には、東南の風に乗って、焦げくさい匂いが漂ってきた。
空が赤く燃えている。
早馬の伝令が次々と周泰の元へやってきた。
「報告します!黄蓋様の火計、成功!東南の風にあおられ、曹操軍艦隊の大半が炎上!!」
「報告します!敗走する曹操軍がこちらへ接近中!」
伏せている呉軍の兵達に緊張が走った。
しばらくすると、悲鳴をあげながら、曹操軍が近づいてきた。
曹操軍の先頭が呉軍兵の目の前を通過した。
「…」
が、周泰は黙したままだ。
「周泰様!?」
側近が突撃を促した。
「まだだ。先頭は、やり過ごす。」
五十人ほど兵士が通り過ぎたところで、周泰は全軍に檄を飛ばした。
「今だ!!かかれ!!!突撃!!!!!」
曹操軍は完全に不意をつかれた。
「ひぃ!!伏兵だ!!逃げろー!!!!」
呉軍騎兵が雄叫びをあげながら容赦なく突っ込む。
「紡錘の陣形にて突っ込む!そのまま駆け抜けよ!!立ち止まるな!!」
周泰が指揮する騎兵は、よく訓練されており、一瞬にして紡錘の陣形を組んだ。そして一気に曹操軍を駆け抜けた。
騎兵の通った後には無残な姿の曹操軍兵が倒れていた。
「そのまま弧をえがき、再度突っ込む!!!」
周泰軍は敗走する曹操軍を中心に螺旋状にぐるぐると回転しながら突撃した。
曹操軍の武将が叫んだ。
「退路は!?右か!?」
「右から呉軍!」
「左だ、左へ!!!」
「左から攻撃を受けています!!!」
「ぬうう!?!?どちらに、どちらに逃げればよいのだ!!!?」
曹操軍は、騎兵の機動力についていけず、退路を求めて右往左往した。
そして周泰は烏林へ敗走してきた曹操軍をことごとく蹴散らしたのであった。
一息つく間もなく、伝令が来た。
「報告します!曹操軍の後詰の曹仁軍がこちらへ接近中!」
程普が周泰に馬を寄せた。
「さすがは曹仁、歴戦の武将よのう。動きがすばやいわい。どうじゃ?攻めるか、引くか?」
「いかに、歴戦の武将でも、誰かを守りながら戦うのは難しいもの。統制の取れていない敗残兵と合流している今が、叩く機会かと存ず。」
周泰の答えに、程普は満足した笑みを浮かべた。
「ふむ、殿の側近を務めさせておくだけではもったいないと思うておったが、百戦錬磨の将軍に劣らぬ軍略ぶりじゃ。よし!全軍迎え撃とうぞ!」
「…誰かを守りながら戦うのは難しいか…側近であった自分のことに照らし合わせたのかもしれぬのう…」
程普は心の中でそう思った。
周泰の予想は的中した。
曹仁軍は敗走兵の保護と、曹操の救出に追われ、戦闘どころではなかった。
周泰が再び味方に檄を飛ばす。
「三列の雁行陣形にて随時突撃!敵を休ませるな!」
土煙と怒号をあげながら呉軍騎兵が突撃した。
「むぅ、これでは戦えん!皆のもの、退却せよ!」
曹仁は体勢を立て直すこともままならず、大打撃を受け、敗走した。
赤壁の戦いは、呉軍・劉備軍の連合軍の大勝利に終わったのであった。