表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編ファンタジー

魔力配達人

作者: 川浪 オクタ
掲載日:2026/02/26

 風は吹いているのに、村は息をしていなかった。


 淀んだ空気が風で運ばれていないように。




 乾いた空気が、喉の奥に砂を残す。


 音はある。足音も、声も、鍋のぶつかる音も。


 それでも、何かが止まったままだった。


 街道から外れた村だ。


 木柵は古く、門番の姿もない。


 ……引き返すか。


 来た道を戻ろうと踵を返した瞬間、


「……来てくれ」


 門の前で、誰かが僕を呼んだ。


 振り返ると、土に汚れた手と、赤く充血した目があった。


「息子が……三日、熱が下がらない。医者も呼んだが……」


 言葉の続きを待つ前に、空気の匂いが変わる。


 焦げた草。鉄錆。ほんのわずかだが、確かに混じっている。


 ーー戦場の匂い。


 僕は頷いた。


「案内して」


 家は村の中央にあった。


 土壁はひび割れ、床板の下に熱がこもっている。


 布団の上で、少年が身を丸めていた。


 額から汗が流れ、呼吸は浅い。


 膝をついて、そっと手首に触れる。


 皮膚の下で、淡い青が揺れている。


 水のように静かな魔力だ。


 だが、その奥に――


 赤い粒子が絡みついていた。


 荒い。熱を帯び、拍ごとに青を弾いている。


 混ざり合わない二つの色が、衝突を繰り返していた。


「勝手なことは許さん」


 背後から低い声。


 革鎧の音が近い。調査隊だろう。


「素人の介入で、悪化した例は多い。医師にも診せている」


「もう動いている」


 僕は視線を外さずに言った。


「放っておけば、青が削れる」


「青? 何の話だ」


「見えないなら、少しだけ黙っていて」


 男は言葉を失った。


 窓を開け、桶の水を替え、床板の下に木片を差し込む。


 熱の逃げ道を作る。


「声を絶やさないで」


 家族に告げる。


「名前を呼んで。ここにいるって、伝えて」


 母親が震えながら、少年の名を呼ぶ。


 青が、かすかに応じる。


 少年が薄く目を開けた。


「……こわい」


「うん」


 僕は小さく息を吸う。


「怖さは僕がもらう。


 君は、呼吸だけして」


 腰の封印具に手をかける。


 まだ開けない。角度と距離を測る。


 青が集中しているのは左胸。


 何拍かで、赤の干渉が弱まる瞬間がある。


 赤の魔力は、戦場の匂いを持っていた。


 怒り。恐怖。絶望。


 誰かが置いていった感情の残り火。


「治すんじゃないのか」


 後ろで誰かが言う。


「治さない」


 僕は答える。


「余ったものを、引き取るだけだ」


 少年の呼吸が乱れる。


 赤が強く反発する。


 父親が、少年の名を叫ぶ。




 赤が跳ねた。


 胸の奥が、同じ速さで鳴る。


 ――静まれ、僕。


 ……ここだ。


 一拍、遅れてから、封印具の栓を針穴ほど開く。


 空気が吸われ、部屋の熱が一枚、剥がれた。


 赤が糸のように立ち上がる。


 青に絡みつきながら、抵抗する。


「……っ!」


 少年が声を上げる。


 家族の呼ぶ声が重なる。


 青が踏みとどまる。


 吸って。


 吐いて。


 吐く拍で、赤を引く。


 手のひらに、熱が走る。


 緑の光が、赤を絡め取る。


 体の奥で何かが軋む。


 ――痛い。


 だが、止めない。


 焦げた匂いが薄れていく。


 熱が、ゆっくりと下がる。


 最後に、赤が暴れた。


 戦場の残り火。


 誰かの叫び。


 それもすべて、瓶へ。


 封印具の底で、赤が沈んだ。


 沈黙。


 少年の胸が、大きく上下する。


 僕は確かめるように言った。


「……青が、きれいに呼吸してる」


 母親が声を殺して泣いた。


 父親は唇を噛みしめている。


 誰かが深く息を吐く。


 ◇ ◇ ◇


 夜が明ける。


 村の空気は変わっていた。


 風が通り、乾きが消えている。


 少年は目を開け、僕を探した。


「……魔力、持っていった人だ」


「そうだね。持っていくよ。いいかな」


「もう要らないから、いいよ!」


 笑い声が広がる。


 調査隊の男は、何も言わず剣から手を離した。


 記録係は帳面を閉じたまま、こちらを見ていた。


 誰も、名前を聞かなかった。


 ◇ ◇ ◇


 村を出る。


 背後で、子どもの笑い声が弾ける。


 封印具の中を確かめる。


 赤い光が、静かに沈んでいる。


 風が吹く。


 封印具の中で、瓶が鳴る。


 コトン。


 瓶は鳴った。


 中の赤い光が揺れる。


 その奥で、もう一つの光が、静かに動いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ