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短編ファンタジー

魔力配達人

作者: 川浪 オクタ
掲載日:2026/02/26

 風は吹いているのに、村は息をしていなかった。


 乾いた空気が、喉の奥に砂を残す。

 音はある。足音も、声も、鍋のぶつかる音も。

 それでも、何かが止まったままだった。


 街道から外れた村だ。

 木柵は古く、門番の姿もない。


 ……引き返すか。


 来た道を戻ろうと踵を返した瞬間、


「……来てくれ」


 門の前で、誰かが僕を呼んだ。

 振り返ると、土に汚れた手と、赤く充血した目があった。


「息子が……三日、熱が下がらない。医者も呼んだが……」


 言葉の続きを待つ前に、空気の匂いが変わる。

 焦げた草。鉄錆。ほんのわずかだが、確かに混じっている。


 ――戦場の匂い。


 僕は頷いた。


「案内して」


 家は村の中央にあった。

 土壁はひび割れ、床板の下に熱がこもっている。


 布団の上で、少年が身を丸めていた。


 額から汗が流れ、呼吸は浅い。

 膝をついて、そっと手首に触れる。


 皮膚の下で、淡い青が揺れている。

 水のように静かな魔力だ。


 だが、その奥に――

 赤い粒子が絡みついていた。


 荒い。熱を帯び、拍ごとに青を弾いている。

 混ざり合わない二つの色が、衝突を繰り返していた。


「勝手なことは許さん」


 背後から低い声。

 革鎧の音が近い。調査隊だろう。


「素人の介入で、悪化した例は多い。医師にも診せている」


「もう動いている」


 僕は視線を外さずに言った。


「放っておけば、青が削れる」


「青? 何の話だ」


「見えないなら、少しだけ黙っていて」


 男は言葉を失った。


 窓を開け、桶の水を替え、床板の下に木片を差し込む。

 熱の逃げ道を作る。


「声を絶やさないで」


 家族に告げる。


「名前を呼んで。ここにいるって、伝えて」


 母親が震えながら、少年の名を呼ぶ。

 青が、かすかに応じる。


 少年が薄く目を開けた。


「……こわい」


「うん」


 僕は小さく息を吸う。


「怖さは僕がもらう。

 君は、呼吸だけして」


 腰の封印具に手をかける。

 まだ開けない。角度と距離を測る。


 青が集中しているのは左胸。

 何拍かで、赤の干渉が弱まる瞬間がある。


 赤の魔力は、戦場の匂いを持っていた。

 怒り。恐怖。絶望。

 誰かが置いていった感情の残り火。


「治すんじゃないのか」


 後ろで誰かが言う。


「治さない」


 僕は答える。


「余ったものを、引き取るだけだ」


 少年の呼吸が乱れる。

 赤が強く反発する。


 父親が、少年の名を叫ぶ。


 


 赤が跳ねた。

 胸の奥が、同じ速さで鳴る。

 ――静まれ、僕。


 ……ここだ。


 一拍、遅れてから、封印具の栓を針穴ほど開く。


 空気が吸われ、部屋の熱が一枚、剥がれた。

 赤が糸のように立ち上がる。


 青に絡みつきながら、抵抗する。


「……っ!」


 少年が声を上げる。

 家族の呼ぶ声が重なる。

 青が踏みとどまる。


 吸って。

 吐いて。


 吐く拍で、赤を引く。


 手のひらに、熱が走る。

 緑の光が、赤を絡め取る。


 体の奥で何かが軋む。


 ――痛い。


 だが、止めない。


 焦げた匂いが薄れていく。

 熱が、ゆっくりと下がる。


 最後に、赤が暴れた。

 戦場の残り火。

 誰かの叫び。


 それもすべて、瓶へ。


 封印具の底で、赤が沈んだ。


 沈黙。


 少年の胸が、大きく上下する。


 僕は確かめるように言った。


「……青が、きれいに呼吸してる」


 母親が声を殺して泣いた。

 父親は唇を噛みしめている。

 誰かが深く息を吐く。


◇ ◇ ◇


 夜が明ける。


 村の空気は変わっていた。

 風が通り、乾きが消えている。


 少年は目を開け、僕を探した。


「……魔力、持っていった人だ」


「そうだね。持っていくよ。いいかな」


「もう要らないから、いいよ!」


 笑い声が広がる。


 調査隊の男は、何も言わず剣から手を離した。

 記録係は帳面を閉じたまま、こちらを見ていた。


 誰も、名前を聞かなかった。


◇ ◇ ◇


 村を出る。


 背後で、子どもの笑い声が弾ける。


 封印具の中を確かめる。

 赤い光が、静かに沈んでいる。


 風が吹く。


 封印具の中で、瓶が鳴る。


 コトン。


 瓶は鳴った。


 それだけが、残った。

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