表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ライマの初恋から~違う未来バージョン

過去にもどって猫になっちゃいました。

作者: zecczec

登場人物

ライマ(男装名ラムール)……現在20歳の女性。 魔法能力に長けている。


ラフォラエル(愛称ラフォー)……5年前に死別した、ライマの最も愛する男。


ドノマン……悪人。


新世……ライマの姉



 結果には原因が必ずある。

 それは疑うことのできない事実である。

 とすれば。

 あの夢を見た原因がどこかにあるはずで。

 原因を見つけ出せば結果を導きだせる訳だから。


「星の配置。 月の欠け具合。 時間。 方角。 呼吸の仕方……ふぅむ」


 大量の資料と計算式、仮定と予想と綿密なシミュレーション。

 その結果、ラムールは「あの時」に戻れる方法を発見してしまった。

 つまりはタイムトラベルの術式を確立したのだ。

 とはいえこれが吉とでるか凶と出るか。

 それは流石に予測不可能だった。

 が。


 愛する男のためならば運命にだって逆らってやる。




+++




 複雑怪奇な立体魔法陣の中で、長ったらしい呪文の詠唱を終え、目を開くとそこは緑の草原。


「……流石に時間がずれたか」


 ライマはそう言って周囲を見回した。

 瞬間記憶能力のある彼女にかかれば間違いない。 ここはロアノフ島。 ただ、ライマが島に流れ着く数日前。 草木の生え方から察するに2日程度前だろうか。

 ライマは自分の身なりを確かめた。 今回はきちんと服も着ている。 秘密道具も揃っている。

 5年前に存在しているものならば5年前に戻っても存在している、という読みは正しかった。

 ここでまた真っ裸ってのは正直困る。 外だし。 それじゃ変態ではないか。

 再び術を用いてタイムトラベルをすることは控えたかった。 巨大な時間軸の僅かな点に着地するのはそう簡単ではない。

 まぁ別に構わない。 だって「事が起こる」前なんだから。

 ライマはふわりと宙に浮いた。 


「良かった。 過去だから心配だったけど、未来と同じだけの能力はあるみたい」


 飛べば足音が響かないので気配に気付かれる確立も低くなるだろう。 そんなことを思いながらそっと家の窓から中を覗き込んだ。


「!」


 そこから見えた彼の姿に思わず息を飲む。 ラフォラエルはリビングのテーブルに資料を広げてペンを走らせていた。 ときおり頬を膨らませて鼻と唇の間にペンを挟んで考える。


――ああ、ラフォー、そんなヘンな顔しちゃって


 嬉しくて思わず声をかけたくなるが下手に干渉して未来を変えてもまずい。

 変える未来は「あの部分」だけでいいのだから。

 ライマはじっと彼を見つめた。 するとその熱い視線に気付いたようにラフォラエルがこちらを向いたので慌てて身を隠す。


「誰かいるのか?」


 聞き焦がれた声が近付いてくる。


――ダメ! まだ会っちゃダメ!


 焦ったライマはおもわず――



+



「にゃーん」

「ありゃ。 猫か」


 窓を開けたラフォラエルの目の前に一匹の子猫がいた。 まだ生後2ヶ月くらいの幼い猫だ。


「親猫は? いないのか?」

「にゃーん」


 猫はえらく機嫌良く鳴いた。

 言うまでもなく、魔法で化けたライマである。

 とりあえずこの場はごまかせたことだし、さっさと退散、とばかりに身をひるがえすが、その体をラフォラエルの手がそっと掴んだ。


「にゃ?(掴まれた?)」


 ラフォラエルはライマ猫を胸に抱き窓を閉めて部屋に戻ってしまった。

 部屋に戻った彼はライマ猫を床に離す。 ライマは周囲を見回すが扉はどこも閉まっていて、今すぐ逃げることは無理そうだ。


――困ったな。 ラフォーが他の部屋に行った時に逃げるしかないかなぁ


 部屋の中をライマ猫がうろうろしていると、目の前に皿が置かれ、新鮮なミルクが注がれた。

 見上げるとラフォラエルがにこりと笑った。


「飲んでいいぞ」

「にゃ?(はっ?)」


 ライマはミルクと彼を交互に見比べる。

 親切はありがたいが、この皿からミルクを飲めといわれても。


――お皿を両手で掴んで飲んだら……猫じゃないよね


 とはいえ猫のように舐めるのは抵抗がある。 悩んでいると、ラフォラエルが指をミルクにつけてライマ猫の口元に差し出した。


「ほら」

「……にゃあ」


 ぺろん。

 ライマはその指をぺろりと舐めた。 人肌に温められたミルクは甘くて、美味しい。


――ラフォー……


 ぺろん、ぺろん、ぺろん。

 ライマ猫はまるでキスをねだるかのように何度も彼の指を舐める。


「な? うまいだろ? だからもっと飲んでいいぞ」


 と、皿を差し出されるがライマ猫はそっぽを向く。

 だから指にミルクをつけて、差し出すと、ぺろん。


「お前、俺のこと親猫と勘違いしてる?」


 ラフォラエルは面白そうに笑いながらライマ猫を抱え上げ顔を近づけた。


「にゃーん」


 ライマ猫も嬉しそうに返事をし、ぺろんと彼の鼻の頭を舐める。


「うわ、くすぐってぇ」




 彼が笑う。

 嬉しくて。

 嬉しくて。

 沢山のキスの代わりに何度も舐めて。 舐めて。 




「にゃ! (はっ!)」

 ライマ猫はふと我に返る。 彼を舐めることに没頭しすぎて逃げなきゃいけないことを忘れていた。

 ラフォラエルはソファーに座るとあぐらをかき、嬉しそうにそこにライマ猫を乗せる。 右手で本を開き、左手でライマ猫を優しく撫でた。

 子猫の大きさになったライマ猫にとって、彼の手は自分の体ほど大きく感じた。 しかし威圧感など全くなく、ときおり顎を撫でてくれたりするものだから気持ちがいい。

 目の前に出された指を甘がみし、頬をすりつける。 彼に触れていられる事実が嬉しすぎる。


「なー♪(すきー)」


 ごろごろと甘えた声を出しておねだりをする。 

 彼の香りはマタタビのようにライマ猫の思考を奪い、どこまでも幸せな気持ちにしてくれる。


「お前、甘え上手だなー」


 不意にラフォラエルが両手でライマ猫を抱き上げた。


「ちゃんと里親は探してあげるから」

「にー?(里親ぁ?)」


 彼は寂しそうな眼差しで話しかける。


「飼ってあげたいけど、俺、もうすぐいなくなるから無理なんだ」

「……にゃー(そんな悲しい事言わないで)」



 

 守るから。

 私が死なせたりしないから。

 だからそんな事言わないで。




 ライマ猫は訴えるように鳴いた。

「カワイイ奴」

 ラフォラエルがおでこを当てた。



+



 ラフォラエルはそのままライマ猫を肩に乗せてキッチンへと行く。 そして手際よく夕食――アワビのバター焼き――を作り出した。 


「みー(おいしそう)」

「ちゃんとお前のも作ってやるからな」


 そう言って作ってくれるのは鳥のササミを蒸してほぐしたもの。

 正しいが、間違っている。


「にゃ(味つきがいい)」


 そう主張するも通らず。

 目の前に置かれた白いササミてんこもりの皿とにらめっこしていると、呆れたようにラフォラエルが笑った。


「ほら、食べて平気だって」


 そう言って、ひとつかみ取って口にする。

 どうやらライマ猫が警戒して食べないのだと思っているようだ。


「鰹節もかけてあげよう」


 正しいが、間違っている。

 今だ食べないライマ猫を心配して、ラフォラエルは鰹節かけササミ蒸しを口の中でもぐもぐして細かく砕いて指に乗せる。


「ほら、食いやすくなったから」


 正しいが、間違っている。

 しかし。


「なーぉ」


 ライマ猫は素直にそれを口にした。

 ライマにとっては、間違ってようが、構わない。




+++




 なんだかんだ言って、沢山食べさせて貰ったライマ猫は満足そうに丸くなった。

 心地よくて、もうこのまま猫でもいいんじゃないかと。

 そんなことを考えながらうとうとしていると、ラフォラエルの手がライマ猫を抱き上げた。


――またお膝に乗せてくれるのかな


 ライマ猫は目を閉じたまま身を任せるが、彼はライマ猫を掴んだまま移動して、部屋の隅に連れていく。 そこには浅い空き箱の中に新聞紙が細かくちぎって敷き詰められていた。


「に?(寝床のつもりかな?)」


 その隣に降ろされ、様子を窺っていると、彼が濡れたガーゼを取りだした。

 ……嫌~な予感がする。


「えーっと、子猫って食事の後に……」

「に、にゃ?(まさか?)」

「お尻を刺激して排泄させなきゃいけないん……だっけ?」


 正しいが、間違っている。


「に゛ゃー!(ダメ! それだけはダメっ!)」


 ライマ猫は慌てて彼から逃げた。


「お、おい、待てよ。 トイレそっちじゃないから。 怖いことはしないから、平気だって」

「にゃー!(そんなこと分かってるう!)」


 部屋中を駆け回るが、隠れる場所などさほどなく。 だからといって彼に捕まれば生き恥ものだ。

 覚悟を決めたライマはヒョイと彼をかわして先ほどの箱の中に入り、お座りの姿勢で――


「にゃ(水)」


 水の呪文を詠唱した。 掌から水が溢れ、新聞紙を小さく丸く濡らした。


「おお~! 何、お前ってトイレトレーニング済み?」

「にゃん(そういうことにして)」


 感動するラフォラエルに、ホッと胸をなで下ろすライマ猫。

 とりあえず、危機一髪だ。

 しかし気を抜いたのが悪かったのか、彼の手が再びライマを掴んだ。


「に、にゃあ~!(お尻はイヤぁ~!)」


 精一杯、抵抗して暴れるが、いかんせん相手は大好きな彼だ。 爪なんかで傷つける訳にはいかない。


「みぃ~っ!(やだ~!)」


 ライマ猫の叫びなど気にせず、ラフォラエルはきちんと掴み直し――


「そっか、お前、女の子かぁ」

 と、感想一言。


「にゃ~(えっち)」

 恨みがましくライマ猫はつぶやいた。


 その気持ちが届いたのか、ゴメンゴメンと彼は言いながら、再び部屋を移動する。

 とりあえず公開排泄の危機は過ぎ去ったのだからまぁいいか、とライマ猫が安堵したのもつかの間。


「に゛?」


 彼がライマ猫と共に入って扉を閉めた先は、脱衣場。

 彼はライマ猫を床に置くと、さっさと服を脱ぎだした。


「に゛、に゛ゃっ、にゃっ!(な、な、まさか?)」


 当然のことながら猫相手に彼が恥じらうはずもなく。 下から見上げる彼の裸体はそれはもう迫力満点で、ライマ猫は思わず赤面硬直。


「ほら、入るぞ」


 もう、ここまできたらなすがままである。

 ライマ猫は彼と一緒に湯船につかり、彼の大きな手で体中を洗われて。


「なぉん」


 その指の気持ちよさに感じてしまい時折声が漏れてしまう。


「ん? 気持ちいいか?」

「……にゃぉん」


 彼の言葉にそういう意図は無いと知りつつも、思わず、うっとり。

 ビバ、猫!





+++




 翌朝、ライマ猫はラフォラエルの家を後にした。

 本来ならもっと側にいたかったが、下手に里親を探されても困る。 いきなり消えたら心配するかもと思ったので、窓から外を覗き、通りすがりの野良猫を猫語で「動くな」と脅し、いかにも「おかあさ~ん」と言わんばかりの態度で鳴いたら、ラフォラエルが窓を開けて離してくれた。

 その後はつかず離れず。 誰にも気付かれないようにじっと彼を見守った。

 彼が自分を拾ってくれたところも。

 喧嘩したあと、謝るために薔薇の花を手にしたまま稽古をしているところも。

 ベットで伏せるライマを早く回復させるために、市場でものすごく頭をひねって料理を何にしようか考えているところも。

 ミントの葉を摘んでいるライマに見とれてくれているところも。

 タートゥンと二人で島を出た後に、ライマが島からいなくなっていないかすごく心配そうにしているところも。

 自分の知らないところで、彼はこんなに想っていてくれた。

 ライマはそれを目に焼き付けるようにずっと見つめた。




 幸せにしてあげるから。

 この過去の世界でライマとラフォラエルが結ばれるように、

 私が幸せにしてあげるから。




 そして、そのときが来た。





+++





 過去の世界に来てからというもの、ずっとラフォラエルを見つめていたライマだったが、「その時」だけは見る勇気が無かった。

 それは、テノス城の塔の上で、ラムールがラフォラエルに剣をつきつけた時。

 そう、ラムールの剣が、彼の腹を突き刺すその瞬間を。

 自分が彼に行った、その瞬間を。

「ラムール様が! ラムール様が! 暗殺者をお捕らえになった!!」

 歓喜に沸く兵士達の声を、耳をふさいで、遮断した。





+++




 テノス城地下牢の扉が開いた。

「こいつは王子を暗殺しようとした極悪人だ! 絶対に逃がすな!」

 兵士がそう告げて牢の鍵をかけた。 

「はっ! 絶対に目を離しません!」

 見張り兵が威勢良く返事をし、守りにつく。

 牢の中で横たわったラフォラエルの腹からどんどん血が滲み出していく。

「絶対に目を離すなよ!」

 見張り長がそう告げてドノマン達を連れに再び牢から出る。

 そしてその見張り長がドノマン達を連れて元のフロアに戻ってきた時、異変に気が付いた。

 ラフォラエルの牢の見張りが神妙な顔をして牢の中を覗いていた。

「どうした?」

「あの、ぴくりとも動かなくなりました。 死んでるんじゃないでしょうか?」

「死んだ!?」

 見るとラフォラエルは青白くなって動かない。 慌てて見張り長が近付いて触れるが、脈は感じられなかった。

「死んだか。 死体置き場に持って行け」

 見張り長が命令した。





+++





 20歳のライマは宙に浮いたまま、成り行きを見ていた。

 今、陽炎の館の裏の森の少し広くなった場所にラフォラエルが横たわっていた。

 死体置き場にあった彼を新世が連れていったのだ。

 だから当然、ラフォラエルの顔は青白く生気が感じられなかった。

「ここから、だ」

 ライマはぽつりと呟いた。





+++ 





 茂みをかき分けて15歳のライマが必死に駆けてくる。 

 助けてと新世に頼んだのだから、もう平気。 きっと彼は新世の法術治療により、腹の傷も治って元気になっているはずだ。

 そう考えていた。

 待ち合わせの場所にいけば、大好きな彼が――


「!」


 ところが広場に出てみると真っ先に嫌な光景とでくわした。

 ライマを待ちこがれているはずの彼は広場の中央で蝋人形みたいに青白い顔で横たわっていた。

 そしてそのすぐ隣に、難しい顔をした新世がいた。


「し、新世?」


 予想外の出来事が起こったことはすぐ気が付いた。 慌てて彼に駆け寄りその体に触れるが冷たくなってぴくりとも動かない。


「新世!!」


 ライマが叫ぶと新世が首を横に振った。


「ライマ。 彼と逃げる計画は無理よ。 覚悟しましょう」

「なんで!?」

「彼には魔法が効かないの。 私には彼の傷を治すことは出来ないの」

「! ……じゃあ、ラフォーの……あの傷を……新世が治せなかった……って?」

「というより、私が行った時には、冷たくなった彼が死体置き場に置いてあったのよ」

「ウソっ! ラフォーは死んだりしない! ねぇ、そうだよねっ! ラフォー!」


 ライマは慌ててラフォラエルの頬を叩くが反応がないので耳を胸に当てた。

 その体はとても冷たく――心臓の音は全く――



 とくん



 小さな小さなその響きが耳に届いた。


「生きてる!」


 ライマは跳ね起き、治癒魔法を彼に当てた。 しかし彼は目を覚まさない。

 あれだけの傷を負い、治癒魔法もきかないとすると残るは死しかない。


「ラフ……」


 そのとき、「その文字」が目に入った。 ラフォラエルの服の裏側に焼けこげた跡が文

字を成している。 古代語だった。


「【低体温・手術・仮死状態】? 仮死状態で脈拍や呼吸数が激減して、出血していたから兵士は死んだと早とちりしたんだわ」


 慌てて彼の上着をはだけさせて刺した箇所を確認する。

 すると、なんということだろう。 外科的手術が施されて傷がきちんと縫われていた。


「誰がこれを?」


 ライマが呟くが新世は首を横に振り、心配そうに尋ねる。


「法術がきかないのだけれど、彼にしてあげられることはあるのかしら?」

「ある。 体を温めてあげればいいの」




 ラフォラエルが目を覚ましたのは、それから3時間後。

 陽炎の館のライマの部屋で、彼女から温められて。



 ラフォラエルは死ななかった。




+++




 20歳のライマは静かに微笑みながらその後の成り行きを飛び飛びで確認した。


 まず、ラフォラエルは法術治療が効かないので「覚悟を決めて」陽炎の館で養生するしかなかった。

 ドノマン及び右大臣達は、ラフォラエルが消えた訳ではないので、誰も怯えることなくその刑を執行された。

 そして、案の定。 ラフォラエルはライマに教育係を続けるよう願った。

 今回の功績を買われて教育係復帰の依頼もきた。

 ライマは?

 彼さえ側にいてくれるなら、何だってアリだった。




 陽炎の館の裏の森に、小さなログハウスを建てて二人で移り住んだ。

 二人の愛の巣には二人の結婚式の写真が飾られていて。

 その写真の中では一夢が大泣きして周囲をドン引きさせていた。

 そしてラフォラエルの傷が完全に癒えた後、ライマは再び教育係の職についた。

 ラフォラエルは主夫業と研究に没頭し、穏やかな日々を送り。

 沢山の笑顔と幸せが、二人を包んでいた。


 本当に幸せそうな二人の姿を羨ましそうに見つめ、そして、ライマは現在へと時を超えた。






+++






 ライマは立体魔法陣の中に現れた。

 魔法陣はその役割を終えて霧のように消えて無くなる。

 ここは白の館のラムールの居室。

 今は夜中で静まりかえり、物音ひとつ聞こえなかった。

 ライマは、用意していたテノス国の歴史書をめくる。

 そこには、右大臣及びドノマンがラムールの殺滅権により処分された記述があった。

 しばらくその文字を見つめ、そして深いため息とともに歴史書を閉じた。


「想像はついてた」


 ライマはそう言って殺滅権の印を宙に浮かび上がらせた。


「過去を変えたからって、今の私の過去5年が変わらないってことくらい」


 左薬指につけられた二重の指輪に視線を落とす。

 彼の分の指輪がある、それは彼が指輪をはめていないという証拠。

 彼が今の世界に不在の証。

 

 実際。 過去を変えてしまえば「今」のライマの存在が消えてしまう可能性があった。

 だからライマはあえて過去において変える部分は一カ所にとどめた。

 そう。 見張り兵にあらかじめ扮しておき、用意していた医療器具を用いて彼に対して外科的医療手術を行ったのである。 5年前は気付いた時にはもう手遅れだったが、今回は負傷して直ぐでもあったので手術は簡単だった。 彼の負担を減らすためと彼が死んだと思わせるためにあえて仮死状態までもっていった。 彼に魔法は効かないとあらかじめ分かっていれば手だてはいくらでもあったのだ。

 そして彼の命を助けた瞬間から、ライマは自分の存在が無くなることを覚悟していた。 だが5年後の彼女の存在は消えてはしまわなかった。

 理由は見当がついていた。

 殺滅権だ。

 殺滅権は巨大かつ特殊な権利である。 一度手にしたら手放すことは不可能。

 そしてこれは、ライマにとって彼が死ななければ手にしなかった権利。

 ならば彼が死ななかった過去でライマが殺滅権を得る理由はなく、そこに大きな差が生まれる。

 案の定、過去は今とは全く違う未来を紡ぎ出していった。

 全く違う未来を歩き出したライマと20歳のライマは別の物だ。

 5年間も違う歴史を刻んでいくのだから。

 だから。


「未来が二つに分かれた。 ただそれだけ」


 ライマは静かに居室を見回した。

 カーテンが閉じられ、暗く静まりかえった居室は、さきほど見てきた二人の愛の巣とはうってかわって冷たかった。


「……でも、よかったよね。 とりあえずはラフォーを死なせずに済んだんだし」


 ライマは明るく声を張り上げた。


「私、幸せそうだった! 結婚式だって、すごくいい式! ラフォーも笑ってた! あの二人は幸せになれた、それで……十分!」


 叶えることの出来なかった過去。

 それが叶った。

 それだけで十分。


「そうだよねっ?!」


 自分に言い聞かせるように声を張り上げた。


「……」


 なのに、涙があふれ出してきた。

 とめどなくあふれる涙は、ぬぐいきれないほど多くて。


「……ラフォー」


 その愛しい名前を口にすれば、胸はもっと痛く苦しくなって。


「らふぉー」


 別の自分がラフォラエルと幸せに暮らしている姿がどうしようもなく切なくて。



 愛する男のためならば、運命にだって逆らった。

 過去を幸せなものとした、それと引き替えの苦しみだと分かっていても。

 嗚咽しそうになる口元を押さえながら泣いた。

 寂しいよ、会いたいよ、そんな気持ちだけが言葉にならず涙となって頬を流れ落ちた。



――期待なんてするもんじゃない


 そう思った、その時だった。


 この居室はライマが許可した者しか入ることが出来ない。 なのに今まで誰もいなかったはずのベットに腰かけている「それ」にライマは気が付いた。 

 部屋に明かりを灯していないためシルエットしか分からなかったが、その人物は微かにうねった髪が腰まで伸び、その体格から判断するに男のようであった。 そしてその指の先は細く渦を描くように伸びており、まるで何かを確認するかのように手を裏に表に返していた。


「誰だ!」


 我に返ったライマはすかさず掌から「光」を出して部屋を照らした。

 しかし。

 光は「それ」の周囲では力を失ったかのように存在を消し、「それ」の周囲は闇に包まれたままだった。


「な……?」


 予想外の出来事にライマは身を固くする。 「それ」は周囲にまとった闇ごと移動を始めた。

 ベットから床に降り、「それ」は窓に向かって歩いていく。



「結果があるってことは、原因があるってことだよな」



 不意に「それ」が発した声が、ライマの心臓を鷲づかみにした。



「殺滅権のせいで、この未来を消すことはできなかったんだろうけど」



 「それ」は説明するように続けながら、固く閉ざされたカーテンに手を伸ばす。


「とはいえ、現在は過去に逆らえない。 だから、俺を死んでることにはできなかったらしい」


 伸ばした手が、カーテンをきつく掴んだ。

 ライマが思わず一歩近付くと、制するように「俺」は告げた。


「……にしても、コレは無いよなぁ。 まったく、恨み言や文句のひとつ、マジで言いてぇ」


 その心底不愉快そうな一言に青くなってライマは立ちすくんだ。

 過去を変えたことを彼が悔やんでいるとするならば、耐え難いほどに会わせる顔が無い。

 そんなライマに気付いたのか、彼は逆に、小さく微笑んだ。

 そして掴んだカーテンを勢いよく引き開ける。 窓から差し込む半月にしてはあまりにも明るい月光が居室の中に降り注ぎ彼を浮かび上がらせた。


「5年分まとめて存在させるなんて有り得ないだろ」


 そう微笑む彼は。

 髪が伸び

 骨格もより男らしくなり

 そう。

 5年前と寸分変わらぬ優しさと愛に溢れた眼差しのまま、18歳ではなく、23歳のラフォラエルがそこにいた。



―― ラ フ ォ ー !



 声になんてならなかった。

 ライマは反射的に彼に駆け寄り、その胸に飛び込んだ。

 その暖かなぬくもりと確かな質感を確かめるように抱きしめると、あとはただ大声で泣いた。

 彼に抱きしめられながら、5年分の寂しさを涙とともに流した。




+++




 どの位泣いたのだろうか。 やっと呼吸が整ってきて、しゃくりあげるライマを撫でながらラフォラエルが告げる。


「俺の分の指輪、返してくれるかな?」


 頷いたライマが二重になった指輪の彼の部分だけを外すも、彼の指を見て躊躇した。

 彼の指――いや、爪が5年分、伸びている。 5年間生「生活」はしていないから汚れてはいない綺麗な爪だが伸びすぎて渦をかくように巻いている。


「な? 文句の一つも言いたくなるの分かるだろ? こんなんじゃ手入れ終わるまで何にもできやしない」


 ラフォラエルは笑いながら巻いた爪に指輪を通してクルクルクルと進めていく。

 それを見ていたライマが真面目な顔つきになって言った。


「髪の毛は73.6センチ、爪は17.2センチ伸びてる」

「さっすが」

「……伸びた部分の元素分析、したい」

「はははは。 ライマらしい。 だけど、それは俺も興味あるなぁ」


 言い終わると同時に指輪が薬指の根元におさまった。 それを確認した二人はお互いに視線を合わせて微笑む。

 そして、どちらからともなく顔を寄せてキスをした。

  

 

 ずっと、ずっと共に生きていく。

 あらゆる障害も二人で乗り越えていこう。



 そう誓う二人を月が柔らかな光で祝福していた。





 


                 完


簡易説明※

 この物語は当方の作品である「ライマの初恋」の先に起こった「もうひとつの未来」です。

活動報告に投稿していたのですが見づらいので短編として投稿することにしました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 未来が三つのパラレルワールドになったんですね。 死んでなかった世界だと、新世達も生きて居そうです。 それにしても仔猫ライマ可愛いですw 生き返ったラフォには、5年分の魂で居た記憶があるんでし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ