実験動物
研究所に来て、数週間が過ぎた。
“記憶量拡張装置”も気がついたら、右耳に三個、左耳に五個と増えていき、
慢性的な頭痛と友達になった、初めての友人だ。
あれからヴォーチェさんは、
「酸素を吸って、二酸化炭素を排出するしか能がない。」
「汚物しか詰まってない肉袋のくせに。」
「アンタの存在価値って何?」
様々な暴言を吐き捨ててくるが、的確な場面で、的確なセリフが言えるなんてすごいと、感動すら覚える。
私もその度に、
「本当ですよね。」
「わかります。」
「なんなんでしょうね。」
当たり障りのない返事を返している。
それから段々と、無視されることの方が多くなっていた。
ある日のこと。
「マーノも自分で研究したい分野とかない?これだけ資料見てたら、気になるテーマが一つか、二つくらいはあるでしょ?」
所長に聞かれた。
「……いいんですか?“知りたい”という欲を出しても……」
「欲!大いに結構!知識は蓄えるだけじゃない、あらゆる観点から意外な結果が得られる!知識が増えることは、大歓迎さ!」
いいのか……わがままを言っても、許されるのか。
「でしたら、私は―――」
「なんで、アンタがここにいるワケ!?」
所長に「“幻想種が気になる”」と言ったら、「“ならヴォーチェだな!”」と案内されたのが、ヴォーチェさんの研究室だった。
「私、幻想種の研究が気になるんです。この研究所の中ならヴォーチェさんが適任だと……」
「誰がそんな無責任なこと言ったの!?ヴォルペなら毛皮を剥いで、靴裏にしてやる!」
「エイブリー所長です。」
「……」
ヴォーチェさんが小声で“……ったく、しょうがないわね”と呟く。
ヴォーチェさんは所長に甘い。
「所長に言われて仕方なくよ……まったく、お荷物を抱えながら研究なんて真っ平だわ!」
「よろしくお願いします。」
ヴォーチェさんのところには、魔法道具の資料とはまた違った魔法の書物や、実際の幻想種がいた。
「私の研究テーマは“人間を幻想種に書き換えること”幻想種はそこそこデータが取れてるけど、下等生物が作った、“人身売買禁止法”のせいで実験動物が手に入らない。」
「はい。」
「“ふふっ、いいこと思いついた”」と言いながら、私の方へと振り向く。
「だから、アンタを実験動物にしてあげる。光栄に思いなさい。」
にじり寄るヴォーチェさん。
喉元に、いつ持っていたのか分からないが、メスがプツリと迫った。その時――
「二人とも!食堂に緊急集合だって!」
慌てた様子のヴォルペさんが、ドアを開けた。
「およ?もしかして、間一髪だった感じ?」
食堂にはすでに、オルソさんと所長、それから見知らぬ男の人がいた。
「やあ、みんな揃ったね。先程、王家から通達があって、王国と“合同研究”をすることになったよ〜!テーマは“魔法の次段階への発展”アバウトすぎだよね!しかも各国の研究所集めて、論文発表会するんだって!賞を取れたら国が宴会開いてくれるらしいから、がんばって狙ってこー!」
少しキマッた目をして、所長が拳を上に突き上げる。みんなも“オー!”と拳を上げる。……すごい熱量だ。
「で、所長。隣の方は?」
オルソさんが、所長に紹介を促す。
「忘れてた、王国の研究所と、ここの橋渡し役をしてくれる“エレン”さんだ!」
「“アラン”です。」
「……アランさんだ!」
“よろしくお願いいたします”とお辞儀をしたアランさんと、目があったような気がした。
……どこかで見覚えがあるような?
いや、人間種のお嬢さんたちが、黙ってなさそうな顔立ちの人なんて知らないな。
不敵な笑みを浮かべ、私を見る彼の視線を気づかない振りをした。