私は“慣れている”
「はい、これ支給品ね。」
所長室で手渡されたのは、白衣と銀色のピアスが二個。
白衣はなんとなくわかるけど、ピアスの意味が全くわからない。
「所長、なんでピアスなんですか?」
「これはね、“記憶量拡張装置”」
???
「あはははは!“わかんない”って顔してるね!えっとね〜物事を覚えるには、脳を使うでしょ?でも、脳が覚えられる量にも限度がある。そして、ある日僕は閃いた、“外付けの脳が欲しい、作ろう”って!物好きな魔術付与師、装飾技術、そして僕たち魔法道具研究所が一丸となって、作り上げたのがこの“記憶量拡張装置”!」
技術を持ってるヤバい人たちを集めると、すごいものができるんだな。
「要するに、このピアスを付けると、たくさん覚えられるってことですか?」
「その通り!見ての通り僕の耳さぁ、もう拡張装置付けるところなくて、そろそろ鼻か舌に付けようかなって悩んでたんだよ、いやぁマーノが来てくれて助かった!」
なるほど、私の脳は所長のスペアになるということか。
「僕の耳の先端が、千切れてなかったらって今頃になって後悔するなんてねぇ〜」
確かに、所長の右耳の先端がちぎれている。
「昔さぁ〜僕のことを、デーモン種と間違えた冒険者パーティとやり合ってさぁ〜、吹き飛ばされた先に運悪く岩があって、気絶してたら戦利品として持っていかれちゃったんだよねぇ〜」
カラカラと笑いながら話してくれた所長。
笑い事ではないと思う。
「災難でしたね。でも、なんでまたデーモン種に間違えられたんでしょう?特徴のツノも羽もないじゃないですか。」
「七徹したせいで酷い目の下のクマ、遺跡から見つかった魔法道具を高笑いしながら試し、僕この髪の長さでしょ?汚したくないから浮かせてた髪が羽に見えたんだろう、っていうのが僕の推測ね。」
“チャームポイントのギザ歯も後押しをしたかも”と言いながら、ニッと歯を見せてくれる所長。
「……間違われてもしょうがないかもですね。」
「そこは、“そんなことないですよ”って慰めてよ!」
あははと軽く笑い飛ばす所長。
白衣とピアスを受け取り、さっそく着用する。
白衣は見たところ変わったところがないが、所長曰く、“中級の魔法ぐらいなら二発耐える”代物だそう。
……命を狙われる仕事なのだろうか?
ピアスを付けてみる、劇的な変化は今のところない。
「ピアスを二回押してみて」
左のピアスを、所長に言われた通りに押してみると、左目の奥の方がズキンと痛み、思わずしゃがんでしまった。
「あら、少しだけど拒否反応が出ちゃったね。もう少し拡張量が少ないのにする?……どこにやったかな……」
所長が机の棚をガサガサと探し出すのを止める。
「……大丈夫です。」
立ち上がろうとした時、コンコンとノックの音がした。所長が“どうぞ”と声をかける。
「所長、ちょっといいかしら?この実験方法について助言がほしくて―――
あら、人間、身の程をわきまえてるじゃない。そうやって、私の目に入らないように姿を消し、気配を殺し、ついでに息を止めなさい。」
「こら、ヴォーチェ!息止めたら生命活動できないじゃないか!そしたら記憶装置の意味がなくなる!」
これが噂の“あたりの強さ”か。しかも、所長のフォローも全然フォローになってない。
人間種が居着かなくて当然だろう。
しかし、私は“慣れている”
「申し訳ございません。……失礼いたします。」
なんとか立ち上がり、深々と一礼して、“申し訳なさそうな”顔をしながら所長室から出ていく。
こういう時、下手な言葉で取り繕うのは、逆効果だ。相手の望んでいる言葉がわかっていても、それを言ってしまうと、相手の怒っている時間が長くなるだけだ。
表情だけで、“あいつは反省をしている”と思わせるのが大事だ。
……ヴォーチェさんが、“あの人たち”と同じタイプであることを祈ろう。