【元婚約者視点】さよなら
深い水底から浮上するように、意識が鮮明になる。
そこには、喜びも悲しみもない、“諦めたような顔”をしたモーリーがいた。
「私は……“マーノ”になりました。貴方に何かを言う気にはなれません。ですが、“モーリー”から貴方への言葉を伝えようと思います。
“正式に婚約をした時、「“おれたちは本当の家族になれる”」という言葉だけは、信じさせてほしかった”
……以上です。」
……思い出した。
婚約した時、モーリーの実家での、“彼女を無いもの”として扱われる様子を見て
「“甘い言葉を囁けば、おれに沢山尽くしてくれるんじゃないか”」って思ったんだっけ。
あんなに面倒を見てあげたのに……
“飼い犬に手を噛まれる”というのは、まさにこの事だ!
目からボロボロと涙がこぼれ落ち、思わず声を上げて泣いてしまう。
……なんで誰一人おれを慰めないんだ!!
・・・
「あ、気がついたみたいね。」
表彰式で、みっともなく泣いてしまったあと、再び意識が沈み、目を開けると薄暗い部屋にいた。
「“ここはどこだ!?”」と声を出そうにも
喉が乾燥して接着されているかのように、うまく声が出せない。
目が慣れてきて見えたのは、少し離れたところに、表彰式の時、モーリーと一緒にいた顔のいい女。
「アンタが覚えるかどうかは、どうでもいいんだけど
アンタの身柄は魔法道具研究の預かりとなり、権限は私に一任された。」
にんまりと口角が上がる女。
「ようこそ、私の研究部屋へ。」
目だけで周囲を見渡す。何に使うかわからない機材や、気味の悪い生物の標本で埋め尽くされていた。
女に視線を戻すと「“人間っておかしいわよね”」と話し出す。
「自分たちは、獣人や幻想種、終いには同じ下等生物を散々、こねくり回したくせに
突然『人身売買禁止令』なんて下等生物に都合のいい決まり事を作った。」
当然だろう。
知恵も数も人間の方が上なんだ。立場が下の人非ずが人間様をとやかくなんてしていいわけがない。
「……ふふ、アンタのこと褒めてあげる。うちの研究員に迫って、騒ぎを起こして、“償い”という大義名分で研究所に来たことを。でもね……」
“でもね”と言った瞬間
顔は無表情なのに、どう見ても“怒っている”という空気に変わる。
女がジリジリとおれに近づいてくる
……な、何をする気だ!?
ふざけるな!おい!こっちに来るな!
おれは公爵家跡取りだぞ!?お父様が黙ってないぞ!?
抗議しようにも、まだ声が出ないし
手足も何かで縛られているのか、動かせない!
「私の“妹もどき”を傷つけようとしたのは、やり過ぎたわね。
……だから、アンタを私の実験動物にしてあげる。光栄に思いなさい。」
おれの首元に、“プツッ”と刃物が入った感触があった。
それが、地獄の始まりの合図だった。
― ― ―
痛い なんで 痛い
痛い なんで 痛い
痛い なんで 痛い
痛い なんで 痛い
痛い なんで たすけて
こんな目に合うほどおれは、悪いことをしたのか?
人間であった面影は、もう顔と脳ぐらいしか残ってない。
自分では確認できないが、首から下の感覚がよくわからないので、きっとそうだと思う。
気を失いたいのに、意識が遠のくのを見計らってるかのように
ほんの一瞬だけ、痛みが消えて、また再開するのを繰り返している。
何日も、何時間も、ずっと痛いのが繰り返してある。
気が狂いそうだ。……狂った方が楽かもしれない。
あと、どれだけ続くのだろうか。
まさか一生このままなのだろうか?
……おれは、“おれ”のままでいられるだろうか。
・・・
「見なさい、マーノ!」
……いつも、ぼくを痛めつけてくるおんなが、知らないおんなをよんできた。
ぼく……?ぼくってなんだ、おれだ。
「アンタも、“人間が幻想種になるところが見たい”って言ってたわよね、なったわよ!アンタの元婚約者が幻想種に!」
「……顔は、あいつのままなんですね。」
「下等生物の脳を、別の生物の頭に入れ替えると、作動しなくなるのよ。」
ぼくを見上げるこのおんなを、知っている気がする。
隣の集落の……?違うよ、山の麓の……!いや、森の洞窟じゃなかったか……?
知らない!こんなおんな知らない!
そうか、知らないのか。なら知らないな。
――色んな声が頭に鳴り響く。
頭はおれ“だけ”なはずなのに、おれじゃない思考がいくつも浮かぶ。
痛い、助けてくれ……モーリー……?
モーリー!そうだモーリーだ!
おれだよ、君の婚約者のヘイズだよ!
ぼく“ら”を助けに来てくれたんだね!
モーリーに話しかけて、近づこうとするも、うまく手足が動いてくれない。
右手が右脚なんだから、前に出せよ!
「うわっ、うるさ。なんか暴れてません、これ?」
「あら、最近は滅多に“なかなかった”のに……アンタのこと覚えてるのかしら?
まだ『結婚してやるぞ!』って言ってたりして。」
「え、やだなぁ。私には“オルソさん”という可愛くて、カッコよくて、コーヒー入りのハチミツを入れるのが得意で可愛い、素敵な婚約者がいるのに。」
「……可愛いって二回言ったわね、アンタ。……真顔で惚気るのやめなさいよ。」
おんながため息をついて、ぼくに近づいてくる。
『―スカム、やめなさい―』
この人が言うなら、やめなきゃ
「これに名前付けたんですね、ヴォーチェさん。由来をお聞きしても?」
「机の上の消し“カス”が、目に付いたのよね。」
「なるほど、滓でしたか。」
ぼく、スカム!ぼくはスカム!
……違う!おれは、おれはヘイズだ!!
助けてくれ、モーリー……!!
「そろそろミーティングの時間ね、行くわよ。マーノ。」
マーノ、マーノってだれだ。おれは……?
「はい。」
おんなが先に部屋から出ていき、扉が閉まる前に、彼女が無感情な目でおれを見る。
「さよなら、スカム。」
ぼくはスカム!
あの子に名前を呼ばれた!
なんだか嬉しい!!
二人が立ち去ったあと
ヴォーチェの部屋から、悲しんでいるのか、喜んでいるのかわからない
人間の様な“なき”声が聞こえてきた。
元婚約者視点、完了!
お付き合いありがとうございました!
もうちょっと書きたくなったので、アラン視点とオルソ視点を入れます!




