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ガラスの靴を履いただけ


所長が頬杖をつき、つぶやく。

「いやー、それにしても……表彰式の断罪劇から数ヶ月……

マーノが生家から戻ってこいって言われたり、

ヴォーチェが、人間を幻想種に変える実験を成功させたりと色々あったけど、一番の驚きは……

マーノが、オルソに猛アプローチをかけて、お付き合いそこそこで、結婚するなんてなぁ。」

「おれっちも、マーノちんのこと勝手に“恋愛はしばらくいいです系女子”だと思ってたからびっくりしちゃった!」

所長とヴォルペさんが、私の薬指の指輪とオルソさんの首にかけられた、お揃いの指輪見ながら言う。

そうなのだ。自分でも知らなかったが、私は恋愛に積極的なタイプだったらしい。

「食事する時、必ずオルソの隣だったし。」

「マーノちん絶対、オルソにボディタッチしてたもんね!おれっちが近づくと“毛が……”とか言ってどっか行っちゃうのに!」

「クマの毛なんて硬いだけだから、毟られて採集されてるのかと思ってたよ。」

「もっと、お付き合いほやほやのエピソードない?今度の結婚式で言えそうなやつで!」

「そうだなぁ……」

「“起きたら、ベッドにいたとかかなぁ……?”」オルソさんがどこか遠くをみてる。


ふふっ、困った様子も愛らしい。

……どうやら、私は周りに決められ、流されるのは性に合ってなかったみたいだ。

それを知る機会が持てて嬉しい。

やはりオルソさんを好きになれて良かった。


眉間のシワを深くしながら、ヴォーチェさんが私に近づいてくる。

「ねぇ、週一でオルソが照れながら、私に『獣人を人間に変える薬を1ダースで……』って私に言ってくるのが、

とてつもなく不愉快だから、薬の調合覚えてくれない?」

「“三、四時間持つはずなのに、一日二本飲むなんて……”」とか「“いっそ八時間継続可能な変身薬を作った方が早いかしら……?”」とぶつぶつ呟いている。

私は、照れながら、ヴォーチェさんに変身薬を強請るオルソさんを想像してみた。

……とても可愛いんだろうな。

その姿が私も拝めるのかもしれないとなると、気分が上がる。

最高潮だ。

「私に教えてくれるんですか?」

「アンタなら悪用しないでしょ、使い所も限られてるだろうし。」

研究の失敗薬だとしても、配合を教えてもらえるなんて、ヴォーチェさんに認められたみたいで嬉しい。

慌ててオルソさんが近寄ってくる。

「駄目だよ!せめて俺に教えて、マーノってば、この前から『獣人いつもの姿でお願いできませんか?』ってしつこいんだから。……人間の姿の時だって、負担かけてるのに……」

わかりづらいが、顔を真っ赤にして、もじもじしているオルソさん。

とてもかわいい。

ピルピルと動く耳を口に含みたい。

最近知ったのだが、オルソさんの耳が忙しなく動く時は、照れている時だ。

心から愛している伴侶の、偽りのない姿で愛し合いたいという願いは、当然だと思う。

ヴォーチェさんが眉間のシワをもっと深めながら、頭を抱え「“同僚の営み事情とか知らないんだけど……”」とぼやき

所長が苦笑いをして、ヴォルペさんが「“ヒューヒューお熱いねぇ!”」と野次る。


「というか、あの王子……よく手を引いたわよね。自分色のドレスや、アクセサリー送ってくるぐらいにはアンタにご執心だったのに。」

そういえば、みんなに控え室での王子とのやり取りを教えてなかったんだっけ。

「“多分なんですけど……”」とあの時の会話を掻い摘んで、説明する。


「そんなことがあったなんて……アハハハハ!」

「ヒヒヒヒヒ!一国の王子にそこまで言ったの!?マーノちんやるぅ!」

「下手してたら、王子あいつの“お気に入り”じゃなくなってたの?……まあ、よく言ったわ。……フフッ」

「アランさん、顔色悪いなって思ったけど、そういう事だったか。」

所長が笑いだしたのを皮切りに、みんな笑い出してしまった。

そんなに面白い話だっただろうか?


「アランさん、見てわかるくらいに、マーノちんのこと気にかけてたもんね!

好きな子にそんな、コテンパンに言われたら、そりゃ手も引くか!ヒヒヒヒヒ!」

そんなにアプローチを受けていただろうか?

「あー……魔石の時、俺がマーノとヴォーチェを引き寄せたこと覚えてる?

その時のアラン王子の顔、凄かったよ。前に現地視察で見かけた大鬼オーガかと思った。」

「“一瞬でなんでもないような顔に戻してたけどね”」と教えてくれるオルソさん。

そうだったのか。

その時から、めんどくさい人だったのか。

そんなことより。

「私的には、オルソさんとヴォルペさんが、午前零時になった途端、

獣人もとの姿に戻ったことの方が面白かったですよ。まるで、灰かぶりのお話みたいで。」

「「「灰かぶり?」」」

そうか、獣人の皆さんは知らないのか。

灰かぶりの話を要約しながら話す。

「へぇ、“継母に虐められながらも、真面目に生きて、魔法使いの手助けを受けて、王子様に見染められる話”かぁ

……継続時間じゃなくて、タイムリミットだけが定められてる魔法か……気になるな……午前中にその魔法をかけられても、午前零時まで持続されるのかな?」

「……お話には出てこないので、私が言えることはないですね。」

「“効果内容で時間が変わる?”」「“物質変化と質量変化……それから物質を固定するための魔法もか……?”」

ぶつぶつと呟きながら、おそらく自室へと向かう所長。

本当に魔法が好きだな。


「てかさ、おれっちたちって、“午前零時で魔法が解ける”とこしか当てはまってなくない?」

「だよね。それなら、マーノの方が当てはまってる。」

「そうでしょうか?」

「だって家族に虐げられて、魔法使いに助けられて、あっ魔法使い役は所長ね!王子様が迎えに来て

……まあ、王子様はコテンパンにされたんだけど!ヒヒヒヒヒ!」

ヴォルペさんが、まだお腹を抱えて笑っている。

「“ヒヒ!意地悪な義姉役は健在だよね!”」

「“そういうアンタは、カボチャよね。色がそっくり。キツネ色じゃなくてカボチャ色に変えたらぁ?”」

「“カボチャ美味しいじゃん!”」

なんて、ヴォルペさんとヴォーチェさんの言い合いをしているのを眺めていると、オルソさんがそっと身体を寄せてくる。

「本当に“王子様”じゃなくて良かったの?姫様マーノ?」

「……灰かぶりは王子様と結婚したから、お妃様になっただけで、どこかの国のお姫様というわけではないんです。

そして私は、ただの“マーノ”なので、ダンスで慰めを求めてくる王子様なんかより、コーヒーを入れてくれる隣人を愛しているのです。」

ちらっとオルソさんの方を見る。

また忙しなく耳が動いている、照れている。

私に、愛の言葉を囁いてほしかったわけではないのか。

ずっと見ていたい。

「“コーヒー入れてくるね”」とそそくさと食堂に行ってしまった。

「“人前でイチャつくんじゃないわよ”、これだから下等生物にんげんは……」「“砂糖なしコーヒー飲みたいかも!”」

そう言って、ヴォーチェさんとヴォルペさんもミーティング部屋から出ていく。

私も食堂に向かうため部屋から出る。

そして歩きながら、灰かぶりの少女にちょっとだけ謝ってみる。


だってガラスの靴を履いただけで、私の物語はハッピーエンドを迎えるのだから。


ご一読ありがとうございました。

本当はもっと短い予定でしたが、20話近く書いてしまいました。

本編はこれで最終回なのですが、なんと元婚約者目線がまだ続きます。

ひたすら元婚約者をボコボコにするだけなので、ボコボコの元婚約者を見たい方はもう少しだけ、お付き合いください。

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