“信じさせてほしかった”
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!
ヘイズ、ヘイズしっかりしろ!誰かに言わされてるんだよな?」
おっ、勘が鋭い。
腐っても公爵家当主なんだな……性根も腐ってるからだろうか。
「見苦しいですよ、バイロン公爵。彼の言葉を、父である貴方が信じなくてどうするんですか。
かつての彼も、たった一人の“恋人”の言葉を信じ、婚約者であったモーリー嬢を断罪したのですから!」
「……ッ!」
そこでやっと、周囲の視線に気付いたのか、バイロン公爵も、人混みの中に隠れるように入っていく。
所長が手を広げて王族を見る。
なんだか舞台のラストシーンを見ている気分だ。
「公爵からの“無言の了承”もいただいたことですし、ヘイズ卿は、これより魔法道具研究所の預かりとさせていただきます!期限は無期、面会などもお断りさせてもらいます。
我が子可愛さに、物を差し入れたり、口出しして、罰が軽くなったら償いになりませんので!」
所長がチラリと公爵の方を見る。
グッと唇を噛み、血が出そうな程手を握っているが、なにも言ってこない公爵。
『―……アランの名を持って、それを承認しよう。ヘイズ卿、研究所で罪を償うように。―』
『―……償わせていただきます……―』
「モーリー嬢……いや、マーノ。なにか言っておきたいことはあるかい?」
所長が私を見る。
今こそノート一冊分書いた罵詈雑言を言う時なのだろうけど、なんだかそんなことを言う気になれなかった。
私は、元婚約者の前に出る。
「私は……“マーノ”になりました。貴方に何かを言う気にはなれません。ですが、“モーリー”から貴方への言葉を伝えようと思います。
“正式に婚約をした時、「“僕たちは本当の家族になれる”」という言葉だけは、信じさせてほしかった”
……以上です。」
元婚約者がみるみるうちに、目尻に涙を浮かべ、ぼろぼろと大粒の涙を零し、鼻水をズビズビと音を立てて泣き出してしまった。
泣き方が汚い。
どうやら、洗脳が解けたらしい。
……なんとタイミングの良い……
チラリとヴォーチェさんを見る、いたずらっ子のような笑みだった。
魔法が解ける時間も、操作できるなんて聞いてない。
静かな会場で、彼の嗚咽だけが響く。
哀れな元婚約者に、声をかけるものは誰もいなかった。
「皆様、お時間をいただき、誠にありがとうございました。」
所長がスッとお辞儀をする。
これにて元婚約者への断罪劇が、終演したのだった。
雰囲気的にお開きかと思われた表彰式だが、なんとそのままダンスに移行している。
流れ的にも、蛇足じゃないか?
今まで静かさに包まれていた会場には、音楽隊のチューニング音と、招待客の話し声で溢れていた。
チューニングが終わり、指揮者が構える。
今回の主役ということで、最初のダンスはアラン王子と踊る羽目になった。
控え室でのこともあるので、だいぶ気まずい。
「モーリー嬢……いや、マーノさん。やっぱり貴方はすごい人だ。本当は僕が、ヘイズ卿に手を下したかったんだが……自分の濡れ衣を、自分で晴らすなんて!」
久しぶりのダンスで、感覚がまだ掴めていないから話しかけないでほしい。
曲が終わり、向かい合ってお辞儀をする。
「どうか……このダンスを、控え室での慰めにさせてほしい。」
私の右手を取り、口付ける。
自業自得のくせして、慰めを要求してくるなんて、どこまでも図々しい人だな。
元婚約者とは別方向で、自分のことしか考えてない。
「あ、はい。」
素っ気なく答えてしまった。
どうでもいいから、早く離してくれないだろうか。
周りから拍手が巻き起こる中、ぼんやり考えていると、遠くから
「“早く行きなさいよ!後ろがつっかえてるのよ!”」「“押さないでよ!”」と聞こえてくる。
アラン王子を押しのけるように、オルソさんが私の前に来る。
「マーノ、次のダンスは、俺とお願いできますか?……慣れてないからなんか、恥ずかしいな……」
困ったように頬をぽりぽりとかくオルソさん。
気が抜けて、フッと笑ってしまった。
「オルソさん、踊れるんですか?私が男役やります?」
小さく笑いながら、オルソさんに聞いてみた。
「君とアラン王子のダンス見てたし、なんとなくやってみるよ。サポートはよろしく。」
手を差し出され、曲に合わせて動き出す。
ぎこちないながらも、ちゃんとリードしてくれるオルソさん。
何回か足を踏まれかけたことは、大目に見ようと思う。
身長差のせいか、先程は見えなかった目元が見える。
金色の瞳をしたタレ目だ、まるで……
「オルソさんの目の色って、まるでハチミツみたいな色ですね。」
ポロッと気が付いたら口から出ていた。
「……マーノの目は、メイプルみたいな色だね。」
「“美味しそうだ”」なんて聞こえたのは、幻聴だろうか?
なんてことない会話なはずなのに、優しく微笑まれただけで顔が熱い。汗がどぱっと出ている気がする。
そして、心臓がうるさい。
一日の疲れが出てきたのだろうか?
そのあとはダンスが終わるまで、何故かオルソさんの顔が見れなかった。
――それなのに、ハチミツ色の瞳と、微笑んだ表情が頭から離れなかった。




