大切な名前
頭が真っ白になる。
―――どうして、“マーノ・コノシェンツァ”で論文を出したはずなのに、“モーリー・トレバー”なんだ!
所長が、わざわざ苗字を使わせてくれたのに!
招待客も“モーリーってあのモーリー?”“なんか雰囲気変わったな”とザワザワしている。
満足そうな顔で、花束を渡してくるアラン“王子”に怒りしか湧いてこない。
以前、婚約破棄された王家主催のパーティのことを根に持っていて、その仕返しだろうか?
王子に一歩近付き、“あとで話があります”と小声で話す。
より一層、柔らかい笑みを浮かべたアラン王子に、周りが頬を染めたり、ほぅと息を漏らす。
こちらはそれどころではない、不敬罪に問われない程度の暴言を選んでいるからだ。
表彰式が終わり、アラン王子の控え室に案内される。気持ちを落ち着かせるために息を深く吐き、アラン王子に問いかける。
「……何故、正体を隠して研究所に入り込んだのでしょうか?」
「以前、王家主催のパーティで、公爵家と伯爵家の婚約破棄騒動があっただろう?あの時に、君を見つけてね、気になってたんだ。」
少し照れたような顔で答えるアラン王子。
……あの時の不愉快な視線は、この人だったのか。
「表彰式の時、私の名前が違ったのはどうしてですか?」
「そろそろ君も、社交界に帰ってきてもいい頃だと思ってね。」
“それにしても、名前が変わってるだなんて思いもしなかった”
後半の話は、耳に入ってこなかった。
それよりこの人は、私がもらった大切な名前を勝手に変えた!私の断りもなく!
私が“不要”だと切り捨てたものを勝手に拾い上げて、また私に押し付けようとしてきた!
なんで、私が望んでいないことを、『私が望んでいる』と勝手に思い込んで、行動するんだ!私の意思はどうなる!?
怒りで震える声を振り絞る
「……機会をいただき光栄です……ですが、大変迷惑ですので、金輪際私に関わらないでください。」
あまりにも怒りにとらわれると、言いたいことが出てこない。
何を言われているの理解していない顔で、私を見ている。
それさえも腹立たしい!
「どうして、そんなことを言うだい?僕は君のことを思って―――」
「……不愉快極まりない!貴方の自己満足を、私に押し付けないでください!私は、そんなこと望んでなかった!」
アラン王子が“違う”とか“こんなはずじゃ”などぶつぶつ言っている。
“お返しします”と言って、装飾品を全てテーブルの上に置く。
本当は投げつけてやりたかった。
ドレスも、クリーニングしたあと、送り返す予定だ。
顔がみるみるうちに青くなり、口を開けたり閉じたりを繰り返している。
まるで陸に打ち上げられ魚のようだ。
同情を誘う魂胆だろうか?
そんなアラン王子を無視して、控え室から出ていく。
なんだか無性に、研究所のみんなに会いたい。