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人間の条件

 「“頭が良い”ってどういう事を言うのかしらね?」

 不意に妻の百合子がそう言った。寝室のダブルベッドに腰かけながら、彼女はやや挑戦的な微笑みを浮かべている。

 「論理的思考能力が高い…… という事で良いのじゃないか? まあ、論理的な思考の定義まで踏み込むともっと色々とややこしくなるが」

 彼女はそれを聞くと首を振った。

 「いいえ、そんな哲学的な議論をするつもりはないわ。例えば、不完全性定理で有名なゲーデルは精神を病んで“毒を盛られる”という妄想の所為で餓死をしてしまったと言われている。彼は間違いなく天才だったのだろうけど……」

 なんとなく私は彼女の言いたい事を察した。

 「つまり、どれだけ知能が高くても、それを“コントロールできていなくては意味がない”という話かな?」

 彼女は軽く笑った。

 溜息を漏らす。

 「よく分かっているじゃないの。それでね、わたし、思うのよ。あなたはとても“知能が高い”人だと思うわ。でも、本当にコントロールできていると言えるのかしら? あなたの態度には色々と問題がある。例えば、仕事の事だとか……」

 

 私の専門はロボットの行動制御プログラミングだ。ロボットを日常空間で活動できるようにする為には、当然ながら安全性を保障しなくてはならない。特に人間を傷つけてはいけない。そして、その為には“人間の条件”をロボットのAIに教えてやらなくてはならない。そうでなくては、そもそも人間を特別扱いはできないからだ。

 結論から言うのなら、そんな条件をロボットのAIに教える事はできなかった。その為、人類はロボットを普及させるに当たって暴力的な行動全般を禁止にする対応を執らざるを得なかった。

 が、それでは何者かの犯罪行為を防げない。人間の犯罪者もそうだし、違法改造によりリミッターを解除されたロボットに対しても無力だ。ガードマンロボットや警察向けのロボットがこれでは困ってしまう。

 私はこの問題を解決する仕事に長年携わって来た。

 そして、私が見出した解決方法が、『暴力行為を働く人間は、人間と見做さない』というものだった。

 何の正当性もなく、誰かに暴力を振るう。

 そんな奴は人間扱いなどしなくて良い。

 つまりは、そんな発想だ。

 だが、その意見に対し社内で反論が多く出た。あまりにも乱暴な発想だと。不愉快な事に可愛がってきた私の部下の村上もその一人だった。

 

 「……そうか。君は村上と仲が良かったな」

 百合子は何も返さなかった。ただ強い視線を私に向けただけだ。その諫めるような目つきが私には気に食わなかった。

 私は彼女を突き飛ばした。彼女はベッドの中央に転がる。

 「村上もくだらないな。君を利用して私に意見を曲げさせようだなんて。君も君だ。そんなくだらない手に引っかかるなんて」

 「それは誤解だわ。私はただあなたに会社の人と冷静に話し合って欲しいだけ。確かに彼から話は聞いたけれど」

 その言葉に私は頭に血が上った。思わず引っ叩いてしまう。

 「私に口答えするな!」

 責めるような目で彼女は私を見た。興奮が治まっていなかった私は、

 「なんだ、その目は!」

 そう怒鳴ってもう一発引っ叩く。

 その時、彼女は小さく呟いた。

 「人間の条件を忘れたのかしら?」

 なんだ?

 人間の条件?

 そしてそれから、彼女は大声を上げたのだった。

 「ロデム! お願い、助けて! 襲われているわ!」

 私はそれを聞いて戦慄する。ロデムとは、今私が作っているロボットの試作機の名称で、しかも私が提唱した“人間の条件”を適応させてある。

 つまり、ロデムは何の正当性もなく、誰かに暴力を振るう者を人間であるとは判断しないのだ。ロデムにとっての“人間の条件”からは外れる。

 クローゼットが勢いよく開くのが聞こえた。百合子がロデムをクローゼットの中に隠しておいたのだろう。つまり予め計画していたのだ。

 “まずい!”

 だが、そう思った時には既に遅かった。緊急事態だと判断したロデムは素早く駆け寄って来て、そして私の腕を強く捕縛した。細かい調整はまだしていない。あまりの痛みに私は思わず悲鳴を上げた。

 「ヒィ!」

 百合子はそれを見てくすりと笑った。

 「あなた、自分で作った“人間の条件”も忘れてしまったの? それとも単に自分を客観視できていなかったのかしら?」

 勝ち誇った表情で彼女はそう言うと、軽く溜息を漏らした。

 「多分、自覚はないのでしょうけど、あなた、会社での評判が悪いわよ。パワハラの容疑がかかっている。そんなだから反対されるのよ」

 私は悔しさのあまり歯軋りをして彼女を見た。

 彼女は余裕の表情で続ける。

 「でも、まぁ、これであなたの提唱する“人間の条件”の計画は白紙でしょうね。他ならぬあなた自身が問題有だって証明してしまったのだもの」

 顔を熱くして私は怒鳴った。

 「ふざけるな! お前のような女と一緒にいられるか! 離婚だ!」

 彼女はそれを聞いて「あら? それは嬉しいわ」と返した。そして、こう続ける。

 「本当に頭の良さって分からないものね。でも、皮肉な話だけど、今ならあなたの出した“人間の条件”に賛同できるかもしれない。今のあなたが人間だなんて私にはとても思えないもの」

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― 新着の感想 ―
ある意味では、彼の提唱する人間の条件が間違っていないようでしたね。 自分の意見を否定されても逆上しない人が同じ人間の条件を提示していた場合、周囲の反応はどうなっていたのでしょう? もしかすると受け入…
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