第6話 ②
私と葵ちゃんの前に現れた千鶴さんは私たちに抱きついた後、そのまま両手で私たちの頭を大型犬の撫でるかのようにワシャワシャと勢い良く撫でていく。
「良かった。本当に良かった!!」
千鶴さんの声色がすごく嬉しそうだ。
「ちっ、千鶴さん!?」
突然、私はたまらず千鶴さんに叫んでしまう。
頭をこんなに勢い良く撫でられると髪が乱れてしまうから正直に言うと止めてほしいのは本音だ。
でも、千鶴さんがこんなに私たちを本気で心配してくれていることが伝わってきて、そんな思いも引っ込んでしまった。
千鶴さんはさらに抱きしめる力を強める。
「ち、千鶴さん!! うっ、苦しいっ。うっ、腕を、はっ、離して」
千鶴さんの腕がうまく葵ちゃんの首にはまってしまったのか葵ちゃんは声をあげていた。
「あっ、ごめん、ごめん、ついつい」
「はあー、もう仕方のない人ですね」
葵ちゃんは千鶴さんに少し呆れたようなに声をかけるが、その表情は穏やかだった。
「でもそれだけ心配してくれたってことですよね。ごめんなさい、千鶴さん、心配かけました」
葵ちゃんは千鶴さんに向かって、頭を下げる。
「千鶴さん。私からも心配かけてしまってすみません」
私も葵ちゃんと一緒に千鶴さんに謝る。
「そんな謝らないでよ、2人とも。無事に帰って来てくれたんだから、気にしないで。それに何もなくて本当に良かったよ」
「えへへ、本当に帰って来れて良かったです」
そう私が千鶴さんに話したと同時に、緊張の糸が切れたのか、私と葵ちゃんのぐ——とお腹が鳴ってしまう。
うう、恥ずかしい。
葵ちゃんも気恥ずかしそうにしている。
「2人ともお腹空いてたでしょ。2人がお腹すかせているかと思って、私、奮発してお寿司の出前頼んでおいたんだ」
「お寿司ですか!?」
「そうだよ。ほらほら、2人とも玄関に立っていないで、上がって上がって」
千鶴さんが私たちを手招きする。
私たちは靴を脱いで、千鶴さんの後をついていく。
千鶴さんが向かった場所は社務所の休憩所。
そこには社務所の冷蔵庫と大きなテーブルがある。
千鶴さんが冷蔵庫の前に立ち、冷蔵庫の扉を開ける。
「じゃ、じゃ~ん!!」
千鶴さんが冷蔵庫に取り出したのは、大きなお盆の中に入ったお寿司たちがあった。
大きなお盆はラップに包まれていて、お寿司はすごく新鮮だ。。
お盆の中にあるお寿司のネタはマグロの赤身や中トロ、ハマチ、ふっくらとした玉子や香ばしい穴子、色鮮やかなサーモン、ぷりっぷりのエビが並んでいる。
さらに、つややかで真っ白なイカ、ウニの軍艦巻きや、まるで宝石のようなイクラまでもあった。
1種類5個ずつの計50貫の色とりどりのネタたちが並ぶ姿は壮観でまるで宝石箱のようだった。
「おいしそう。すごくきれい」
「でしょ、でしょでしょ。なんてったって、このネタたちは、近くの漁港から取り寄せているからね。取れたてで新鮮だよ」
「でも、お寿司けっこう多いですね。こんなにたくさん食べきれるかどうか」
「心配しなくていいよ、照子ちゃん。私と葵で食べるし。それにもし残ったら、明日の朝にでも私が食べるから、大丈夫、大丈夫」
「そうよ、心配しないで、照子。私と千鶴さん、けっこう大食いだから。むしろ足りないくらいかも」
私の隣から葵ちゃんが声をかけてくる。
「葵ちゃん、お寿司けっこう多いよ」
「大丈夫よ、照子は私が大食いなの、知ってるでしょ」
「なら私、葵ちゃんに全部お寿司食べられる前に早く食べる!!」
「ちょっと!? それ、どういう意味?」
葵ちゃんは少し驚きながら、私に問いかける。
「だって葵ちゃん、めちゃくちゃ食いしん坊だもん」
私は頬を少し膨らませながら、葵ちゃんに言い返した。
「だからって、私、何も照子の分まで食べないわよ」
「本当かな?」
「コラコラ、2人とも喧嘩してないで、早くお寿司食べようよ」
私と葵ちゃんが若干じゃれあっていると、もうすでに千鶴さんはお寿司を休憩室のテーブルに置き、お寿司を食べる準備をしていた。
「わっ、ごめんなさい!」
「す、すみません……」
私と葵ちゃんは顔を見合わせて、すぐに立ち上がる。
私たちは慌てて千鶴さんのそばへ行き、テーブルの上に並べられた湯呑みや箸を整える。
「照子ちゃん、そっちのお茶お願い」
「分かりました」
「葵、醤油皿もう一枚出してくれる?」
「はい」
私たちは声を掛け合いながら、あっという間にテーブ上のお寿司たちを整っていく。
「よし、準備完了だね。2人とも席についたことだし、食べようか」
千鶴さんが私たちに目配せをしてから、両手を合わせ始める。
私たちも千鶴さんと同じように両手を合わせて、いただきますと、口にした。
まず私はお箸でマグロの赤身を取り、醤油を少しくぐらせ、口に運ぶ。
すると、しっとりとしたマグロの感触が舌に伝わり、マグロの優しい塩味と脂の甘味が口いっぱいに広がっていく。
さらに酢飯の甘さと醤油の香ばしさが合わさり、このお寿司の美味しさを下支えしているのが分かる。
「っ!? 千鶴さん、これ、すごく美味しいです!!」
私は感動のあまり千鶴さんに向かって叫んでしまう。
千鶴さんは私のこの反応を予見していたのか、ニヤニヤと満足そうな微笑みを浮かべていた。
「でしょ。これを酒の肴にするのがまた格別なんだよね」
「千鶴さんあまり飲み過ぎはダメですよ」
すると、私の隣に座っていた葵ちゃんが心配そうに千鶴さんに声をかける。
「心配しなくても大丈夫だよ、葵。今日は飲まないから」
「それならいいんですけど」
「そういえば、千鶴さんってもう今年で20歳なんですよね?」
「そうだよ、私、お酒を飲んでも大丈夫な、大人だよ。誕生日は照子ちゃんに出会う前だったからね」
「千鶴さんの誕生日祝いたかったです」
「おっ!? そんなこと言ってくれるの、照子ちゃんは優しいな」
「いやそんなつもりじゃあ」
「お世辞はいいのに。まあ、イザミから世界を守れたら、年明けすぐには成人式もあるだろうし。そのときに祝ってよ。振袖姿の私をね」
「はい、そのときは目一杯お祝いさせてもらいます」
私の言葉を聞いて、千鶴さんは穏やかな笑顔になっていた。
「話しすぎちゃったね。さあさあ、どんどんお寿司、食べていっちゃってよ」
千鶴さんは手を前に出しながら、私と葵ちゃんに促してくる。
「それもそうですね」
私と葵ちゃんは千鶴さんに促される形でお寿司を食べる。
みんなとお寿司を食べて、段々と心の緊張が解けてきた時に、ふと私は千鶴さんに話しかける。
「千鶴さん、ちょっといいですか?」
「何かな、照子ちゃん?」
「電話でも話したと思うんですけど、私、あかねさんと同じ回復の力が使えたんです」
「ついに使えるようになったんだね」
「偶然使えただけで完全にものにできたと思えませんし。もうこれ以上葵ちゃんの手を傷つけたくない一心で」
「何か照子ちゃんに心当たりはあったりするのかな?」
「そうですね。みちこさんが腰を痛めた時に、私の手で擦ってあげたことで腰の痛みがなくなったことを思い出して」
「あの時のか」
「でも、私、気になるのが、模倣した草薙剣に魔力供給や葵ちゃんの手と魔力を回復させて相当の魔力を使ったんです。体はけっこう疲れているのに、まだ魔力には余力があるみたいで」
「それは不思議だね。葵は何か気づいたことはあった?」
千鶴さんは私の隣の席に座っていた葵ちゃんに声をかける。
「どうですかね。魔力の流れにおかしなところもなかったですし。ただこれだけは言えます。照子が私の手の火傷を瞬時に治した上に、魔力も回復したことは事実です」
葵ちゃんはキッパリと言い切った。
「葵がここまで言うなら嘘ではないんだよね。でもなあ、実際にこの目で見たわけでもないからな」
千鶴さんがそう言いながら、右手を口に当てて、悶々と考え込む仕草をし始める。
なかなか良い答えが見つからないのか千鶴さんの表情が険しい。
私は千鶴さんの険しい表情を見て、意を決して口を開く。
「千鶴さん。それなら、実際にやってみましょう。本当に私にあかねさんと同じ回復の力が使いこなせるなら試したいことがありますし」
「それは何かな?」
「私の力でひなたの呪いを解くことです」
「なるほど。確かにこれ以上検証するのに持って来いだね」
「いいの? 照子。力の仕組みも分かってないのに、照子の体やひなたちゃんの体にどういう影響が出るのか分からないのよ」
すると、葵ちゃんが心配そうに私に話しかける。
「ひなたのことを心配してくれてありがとう、葵ちゃん。でも、私は早くひなたの呪いを解いてあげたいの。本当に今の私にその力があるのなら試してみたい」
私は真剣な眼差しで葵ちゃんに話す。
葵ちゃんは私の言葉を聞いた後、少し黙り込んだ後、口を開く。
「分かった。照子がそこまで言うなら良いわ」
「ありがとう、葵ちゃん」
「でも、不測の事態に備えて、私を照子のそばにいさせて」
「それでいいの?」
「うん、八咫鏡であなたとひなたちゃんに異常がないか調べるから安心して」
「そうだね。何も準備せずに力を試すのは危ないよね」
千鶴さんは私と葵ちゃんに話しかけてくる。
「それに、ひなたちゃんの呪いを解く前に、まずは照子ちゃんが体を休めないとね。魔力に余力があっても今日は疲れたでしょ」
「それはそうですね」
「でも、それ以前にこんなに美味しいお寿司が残っているのはすごくもったいないと思うな、私は」
千鶴さんはそう言いながら、今にもお寿司を全部食べてしまうかのようなジェスチャーをしてみせる。
「ちょっと、千鶴さん!! 私たちが食べないって言ってないですよ」
と、葵ちゃんは千鶴さんに抗議していく。
「はい、は〜い、ごめんなさい。冗談ですよ~」
千鶴さんは葵ちゃんに叱られたことにいじけてしまう。
「話が長くなってしまいましたね。全部食べちゃいましょ」
私は千鶴さんと葵ちゃんにそう話しかけながら、私たちは楽しくお寿司を食べた。
あれだけあったお寿司を無くなり、私たちはすぐに食器を片付け、社務所で一晩を過ごすことに。




