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第5話 ① 草薙剣(くさなぎのつるぎ)

「おいおい、どうした? かかって来ないのか?」

 銀髪をしたノエルという女の子は鐘つき台の屋根の上から、私と葵ちゃんを見下ろしながら、そう口にする。

 早く私達に構ってほしいのか今か今かとそわそわして落ち着きがなさそうだ。


 私はノエルちゃんを警戒しつつ、周囲の様子を見ながら、ゆっくりと立ち上がる。


 私達の3人以外周りには誰も見当たらない。


 千鶴さんから頼まれた手紙をこのお寺の住職さんに届けた時はまばらに人がいたのに、今はもう見る影もない。


 鐘つき台の上に乗っているノエルちゃんよりも上を見ると、東京電波搭が高くそびえ立っていた。


 東京電波塔からこのお寺まで一瞬で移動させられたと思う。


 あの子が何かの呪文を唱えるだけで、あんな強い風を起こすなんて。


 ノエルちゃんの服装をよく見ると、私と葵ちゃんと同じような緑と白を基調とした巫女の服装。

 この子も私達と同じ巫女なのだろうか。


 背丈は私よりひと周り小さく見える。

 おそらく年は私よりも年下の中学生くらいの女の子。


 でも、この子はタタリ神でもなく、私たちと同じ人間で巫女なら、どうしてイザミについたのだろうか。

 だけど、そんなことを気にしてもしょうがない。

 あの子が私の命を奪おうとした時点で、敵であることに変わりないことなのだから。


 私はノエルちゃんの次の動きに警戒しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「葵ちゃん、大丈夫?」

 私は隣にいた葵ちゃんに声をかける。


「私は大丈夫。だけど、照子、悪い知らせがあるわ」


「悪い知らせって?」


「周囲に結界が張られてる。これじゃあ、ここから出て皇居に逃げ込めない」


「そんな、どうしよう、葵ちゃん」


「結界を解くには、ここでヤツを倒すしかない」


「倒すって?」


「力ずくで結界を解かせてもらえるように言うことを聞かせるか、ここでヤツの命を奪うことになる意味よ」


「っ!?」

 葵ちゃんが言った『命を奪う』という言葉に、私は胸の当たりをズシンと重く響いていた。


「葵ちゃん、本当にあの子を殺すの? あの子は私達よりも小さいんだよ」


「ごめんなさい、照子にとって辛いことなのは分かってる。でも、照子はアイツに殺されかけたのよ。このまま何もせずに殺されたら、ひなたちゃんを守ることもできないんだよ」


「それはそうだけど」


「分かったわ。私がヤツのトドメを刺す。照子は援護して」


「ダメだよ。そんなこと葵ちゃんにさせられない」


「でも、これしか方法がないの。照子の手は汚させないわ。照子の手はひなたちゃんを守るための手なんだから」

 葵ちゃんは私の両手を手に取る。


「葵ちゃん」


「覚悟なら、できているわ」


「…」


 今までの戦いはタタリ神との戦いだった。


 私が戦ってきたタタリ神は動物の姿。

 タタリ神を倒して、何も心が痛まなかったわけじゃない。


 でも、タタリ神は普通の人ならまず見ることが実態のない存在。

 倒せば消えてしまう。


 けど、今戦っている相手はタタリ神じゃない私と同じ人間だ。

 しかも、私よりもおそらく年下であろう女の子。


 もしかしたら、ひなたと年も近い可能性も。


 私の手にはひなたの命とノエルちゃんの命。 

 2人の命が天秤にかかっている。

 その事実を前に私の両手が強張るのを感じていた。


「俺を無視して、何、2人盛り上がってるんだ。お前ら、本当におしゃべりが好きだな。そっちが来ないのなら、こっちから行くぞ?」


 ノエルちゃんはそう口にして、鐘つき台から飛び降りてきて、私と葵ちゃんの前に着地する。


「さあ——、何して遊ぶかな。よし決めた。かくれんぼしよう」


「えっ? かくれんぼ」

 私は思いもしない彼女の言葉に呆気にとられてしまう。


「かくれんぼは、かくれんぼでも、俺が隠れる鬼だ」


 そう、ノエルちゃんが言い終わると、突然ノエルちゃんの姿が消えてしまう。


 そんな一瞬にして姿を消せるなんて。

 私が驚いていると、葵ちゃんの叫ぶ声が聞こえてきた。


「やっぱりおかしい、照子!! 最初からやつの動きに魔力探知が反応しないの。これじゃあ、どこから攻撃が来るか分からない」


「嘘」

 姿が見えない上に、葵ちゃんの魔力探知にも引っかからない。

 あの子は自分の体よりも大きい剣を持っている。

 姿が見えないまま、あの剣で攻撃されたら一溜りもない。


 早くどうにかしないと。

 私は必死に考える。

 ふと、私はあることに気がつく。


 あれ!? ノエルちゃんの姿が見えなくなった時から風の流れが、若干変わったような。


 そういえば、ノエルちゃんは呪文を唱えたあとに、あの強風を起こしていた。

 もしノエルちゃんに風や空気を操ることができる力があるとしたら。


 それにノエルちゃんが私の前に現れるまで発生していた空間の歪みも、光の屈折ではなく風によるものだったら。


 私がそう思っていると、空間の歪みがゆっくりと動くのが見えた。


 そして、歪みはゆっくりと、葵ちゃんの背後に近づいていく。

 葵ちゃんは全く気づいていない。


 早く葵ちゃんに知らせないと、でも今、葵ちゃんに伝えても間に合わない。

 だったら。


「葵ちゃん、危ない!!」


 私はとっさの判断で葵ちゃんの両肩を掴んで、倒れながら横に飛ぶ。


 すると、離れた場所から突然、剣が振り下ろされる。


「照子!?」

 私の目には驚きを隠せず戸惑っている葵ちゃんの姿が。


「ごめん、葵ちゃん。大丈夫?」

 私は葵ちゃんの無事を確認する。


「わ、私なら大丈夫だけど、照子、今何をしたの?」


「風だよ、葵ちゃん。あの子は風の力で姿を隠してる」


「風で姿を隠す!?」


「早く立って左から攻撃が来る」


 ノエルちゃんとおぼしき、空間の歪みが私たちに近づいてくる。

 このままの状態でいたら、私と葵ちゃんがあの子の剣で真っ二つにされてしまいかねない。


「っ!!」


「うわぁ!?」


 突然、葵ちゃんが八咫鏡の水の腕を使って、ノエルちゃんのいるであろう場所に攻撃したのだ。

 すると、何かに当たったのかガキっという金属音が。

 それと同時に葵ちゃんは自身の体と私の体を八咫鏡の水たちを使って、体を立たせながら、空間の歪みから距離を取る。


「驚いたぞ、お前。俺の姿が見えるのか?」


 ノエルちゃんの声が辺りに響き渡ると、空間の歪みから突然、にゅるっとノエルちゃんが姿を現したのだ。

 その表情には自身の姿を見つけられた驚きもあるが、それ以上になぜ私がノエルちゃんの姿を見ることができたのかという好奇心が見てとれる。


「そういえば、お前。最初から俺の姿が見えていたよな。どうして、分かった?」


「えっ!? なんとなくだけど」


「なんとなくね〜。ちょっと面倒なことになる前に、まずは朝日照子、あんたから殺そうか」

 ノエルちゃんはニヤリと不適な笑みを浮かべて、そう口にした。


「っ!!」

 私はすぐに構えて臨戦態勢に入る。


 ノエルちゃんが動き出そうとした瞬間。


「おっと!?」

 突然、ノエルちゃんの動きが止まる。

 いや、止まったというより動けないのが正しいのか。

 彼女が動けない理由。

 それは八咫鏡の水の腕がノエルちゃんの左足にガッチリと絡まっていたからだ。


 ノエルちゃんが剣で水の腕を斬ろうとすると、次から次へと水の腕が現れて、彼女の体に巻き付いていく。


「わざわざ私達の前に姿を現すなんて、あなた軽率ね」

 葵ちゃんは両手を光輝かせながら八咫鏡を発動しながらそう口にする。


「もうこれで動けないでしょ。殺されたくなかったら、早く結界を解きなさい」

 葵ちゃんは語気を強めてノエルちゃんに言い放つ。


「殺されたくなかったら? くくく、ははは、これで俺を捕まえたつもりか?」

 しかしノエルちゃんは、葵ちゃんの言葉に対して、不敵な笑みを浮かべながら、突然、笑い始めた。


「俺にはそんなもの通用しない!!」


 ノエルちゃんがそう言った瞬間、ノエルちゃんから風が吹き始める。

 その風によって八咫鏡の水たちが彼女の風で簡単に吹き飛ばされてしまう。


「そんな!?」

 その光景に葵ちゃんは私よりも驚いていた。


「吹っ飛べ!!」

 ノエルちゃんがそう口にした瞬間、私と葵ちゃんの前に強烈な風が。


「くっ!!」

 だけど、その風に飛ばされたのは、葵ちゃんだけ。

 風の勢いそのままに、葵ちゃんはお寺の門の壁に打ち付けられてしまう。


「それに俺が今、興味があるのはそのポニーテールだ。お前じゃねえ。朝日照子を殺した後なら構ってやるよ」

 ノエルちゃんは葵ちゃんが飛ばされた方向に向かってそう吐き捨てる。


「葵ちゃん!!」

 私は葵ちゃんが飛ばされた方向へ無意識に駆け出そうとした瞬間。


「私は平気!! 照子、前を見て!!」

 葵ちゃんの必死の叫びが鋭く耳に飛び込んできて、私は足を止める。


 葵ちゃんがいる視線の先に、あれだけの激突にも関わらず、葵ちゃんはしっかりと立っていた。

 よく見ると、壁周辺には水が散乱しているのが分かる。

 おそらく、葵ちゃんは八咫鏡の水をクッションのようにして門との激突の衝撃を和らげていたのだろう。


「本当に……良かった」

 葵ちゃんの無事が分かった瞬間、私はほんの一瞬だけ、胸を撫で下ろしてしまう。

 だけど――私の命を狙う刺客はそんな隙すら、与えてくれない。

 なぜなら、私はノエルちゃんが私にすぐ近くまで近づいていることが分かっていたからだ。


「そうだぜ。よそ見してると殺っちまうぜ」


 ノエルちゃんの声が耳元で囁いた次の瞬間、私は反射的にすぐに離れる。

 私が視線を向けた先に、ニヤニヤの笑顔をしているノエルちゃんの姿が。


「良かったの? さっきなら、私を殺せたんじゃないの?」

 目一杯、私はノエルちゃんに強がりを見せる。

 私の動揺を彼女に悟られないように。


「それじゃあ、つまらない。すぐに終わっちまう戦いなんて。俺は、“あんた”と戦いたいんだよ——朝日照子」


「私はあなたと戦いたくないよ、ノエルちゃん」

 私はノエルちゃんの言葉をきっぱりと否定する。


「っんだよ、連れないな——」


「ノエルちゃんにも何か事情があるんだよね。でも私達、同じ人間で同じ巫女なんだよ。私達に戦う理由なんて」


「別にどうでもいいだろ。同じ人間とか、同じ巫女だからとか。今、俺はあんたと戦いたいんだ。それでいいだろう」


「そんなのダメだよ、ノエルちゃん!!」


「ああ——、なんかめんどくせぇ。だったら、あんたが戦いたくなるようにさせてやるよ!!」


「っ!?」


 突然、ノエルちゃんは急加速で私の間合いを詰めて、私の首もとに剣を振りかざす。


 私はその攻撃を避ける。


「ほれほれ、当たると死んじまうぞ」


 私はノエルちゃんの繰り出す斬撃を避け続ける。


 大丈夫、剣の動きは見えている。

 ちゃんと見れば、避けられる。


「ほ——、これも避けるか、だったら」

 ノエルちゃんは何かを思いついたのか、ニヤリとギザギザな歯を見せながら不敵な笑みを浮かべた瞬間、剣を前に出しながら、私に突進して来る。


 何か考えがあっての行動だろうか。

 私はノエルちゃんの動きに警戒する。


 すると、突然、ノエルちゃんは剣を私のいる方向に向かって投げたのだ。


 私は、ノエルちゃんが投げた剣を避けようと思った瞬間。

 なぜか剣が方向を変えて私の顔面近くに飛び込んで来たのだ。

 まるで瞬間移動したかのように。


 まずい!!


 私は咄嗟に、剣からの攻撃をさらに避けようと、すぐに態勢を変える。


 間一髪のところで、剣は私の頬に少し掠めながら、通過していく。


 私は回りながらひざまずく。

 気づくと、剣をかすめた私の頬から赤い赤い血が流れているのが分かった。


 私の頬を切った剣に目を見ると、なんと剣は1人で動き、ノエルちゃんの方に帰っていく。


「これでも避けるか。おまえ、どこまで見えてる?」


 ノエルちゃんは私の動きに驚いたのか、興味津々に私を見ながら近づいてくる。


「この!!」

 私は近づいてきていたノエルちゃんに牽制で右ストレートを撃ち込む。


「おっと!? おっかない、おっかない」

 しかし、私が打ち込んだ打撃はノエルちゃんにヒラリと私を嘲笑うように避けられてしまう。


 ノエルちゃんが地面に着地をした瞬間を葵ちゃんは見逃さない。

 葵ちゃんはノエルちゃんに水の剣で斬りかかたのだ。


 だけど、ノエルちゃんも葵ちゃんの剣撃を持っている剣で受け止める。


 それに、負けじと葵ちゃんがさらにノエルちゃんに応戦する。

 2人の斬り合いは、ものすごい早く、私が加勢に入れないほどだ。


 葵ちゃんがノエルちゃんの懐に入って、ノエルちゃんの剣を抑えつけた。

 2人の剣が鍔迫り合いをすることで、ギギギと金属音が鳴る。


「大丈夫? 照子」

 葵ちゃんはノエルちゃんを横目に私に問いかけた。


「大丈夫。ちょっと、頬を切ったみたい。かすり傷だよ」


「良かった」


「おいおい、俺はあんたとじゃなくて、そこにいるやつと遊びたいって言ったぞ。邪魔しないでくれよ」


「それは無理な相談よ。だって私がお前を倒すのだから」


「俺を倒す!? だから何度も言っているだろう。お前の力は俺に効かないと!!」


 ノエルちゃんがそう言い放つと周囲の空気の圧迫感が強くなり始めた。

 ノエルちゃんの持っている剣から強力な魔力が出ているのが分かる。


 葵ちゃんの方をよく見ると、なぜか葵ちゃんの水の剣が崩れ始めていた。


「葵ちゃん、剣が!!」


「えっ!?」


「よそ見は良くないぜ!!」

 ノエルちゃんがそう言い放つと、簡単に葵ちゃんの剣を壊してしまう。


「くっ!!」

 だけど、葵ちゃんは八咫鏡の水の腕を使って、ノエルちゃんの斬撃をなんとかやり過ごしていた。

 空中でヒラリと1回転しながら地面に着地する葵ちゃん。


「そんな、嘘でしょ!?」

 なぜか葵ちゃんはそう小さく呟く。

 何かあったのだろうか?

 すると、突然、葵ちゃんはノエルちゃんに目を向けてこう叫ぶ。


「お前、その剣、どこで手に入れた!?」


「剣? あ~あ、これのことか。もらったんだよ、俺の依頼主に。俺が持つことで力が強くなるんだそうだ」


「もらった!? ありえない。草薙剣(くさなぎのつるぎ)がここにあるなんて。本来、その剣は熱田に保管されているもの。形代(かたしろ)でさえ、そう簡単に見ることを禁じられている。ましてや、お前のようなやつが簡単に手に入るものじゃない」


「おいおい、お前とはずいぶんな言い草だな」

 ノエルちゃんは葵ちゃんの言葉に残念そうにしているが、ニヤニヤとした表情を浮かべている。

 それだけ、余裕があるのだろうか?


「まあ、確かにあんたが驚くのも分かるぜ。だって今もちゃんと熱田には草薙剣が保管されているんだからな。でも、今、俺が持っている草薙剣が正真正銘の本物だったら、どう思う?」


「っ!?」

 ノエルちゃんの言葉に葵ちゃんの表情は急に強張る。

 そして、葵ちゃんは水の腕を使って後ろに飛び、私のすぐ隣に移動した。


「どうしたの? 葵ちゃん」

 私は葵ちゃんに問いかける。


「照子、一体態勢を立て直す」


「でも今は結界で囲われているから逃げ場がないんじゃあ」


「やつが持っている剣が草薙剣なら話は別なの」

 葵ちゃんのすごく怯えた表情は今まで見たことがないものだった。


 ノエルちゃんが今持っている剣があの日本神話に出てくる草薙剣。

 だとしたら、ノエルちゃんが姿を消せたのもあの剣のおかげなのかな?

 葵ちゃんの怯えた表情から察するにかなり危険なものなのだろう。


 でも、もし草薙剣をノエルちゃんの手から放させるか、破壊することができたら、あの子の力を弱体化させられるんじゃ。


 私とノエルちゃんが戦った時に、剣はひとりでに動いていた。


 あの剣は普通の剣とは違う得体も知れないものがある。


 何はともあれ、何か手を打たないと、マズイ。

 あの剣を破壊するなら、今の私が出せる最大の技の大文字しかない。


「葵ちゃん、私から離れてて」


「何、言っているの、照子?」


「ノエルちゃん!! 私と戦いたいんだよね?」


「何だ、俺と戦ってくれるのか?」


「うん、私が今出せる最大の技で、受けて立ってあげる」


「そうそうか、その気になってくれたか」

 ノエルちゃんは子どものようにはしゃぎ始める。


「ダメよ、照子。無茶だわ」


「ごめん、葵ちゃん。でもあの草薙剣を壊さないとあの子に勝てない。これしか手がないよ」


「そういうことじゃないの。やつが持っている草薙剣は」


 葵ちゃんが私に何か言おうとした瞬間、突然、葵ちゃんが飛ばされてしまう。


「くっ!?」


「おっと、お前は余計な口出しするなよ。これは俺とそいつの戦いなんだ」


 ノエルちゃんが葵ちゃんに何か言わせないようにしたのは、何かノエルちゃんに企みがあるのだろう。

 でも、もうやるしかない。


 私は自分の右手に魔力を集中させる。


 ノエルちゃん、今はあなたの命に気を使ってあげられない。

 こっちも出し惜しみなくしないと、葵ちゃん、何より私が無抵抗に殺されてしまう。


 私は右手に集中させた魔力を一気に放出させる。


「大文字!!」


 8月に初めて大文字を使った時は利き手の右手が火傷してしまった。

 だけど、あれから今日まで修行したことで、多少の魔力コントロールができるようになっていた。

 私はできるだけ周囲の被害が出ないようにノエルちゃんがいる方向に炎を浴びせていく。


 私が大文字を発射した瞬間、遅れて葵ちゃんが私に向かって叫び声が耳に入る。


「照子!! その草薙剣はあらゆる魔力攻撃を無効化させてしまうの!!」


 でも、もう遅かった。


「すごいな、あんたの魔力。ここまで魔力を出せるのはなかなかいない。だが、俺の草薙剣の前じゃあどうかな?」


 ノエルちゃんがそう言うと、何かを唱える。


「舞え、草薙剣」


 強力な風が私の大文字の炎の動きを止めてしまう。


「嘘、 大文字が!?」


「俺にこれだけの魔力をぶつけてくれたんだ。あんたにはお返ししないとな」

 ノエルちゃんがそう言うと、草薙剣から竜巻のような風が私の大文字の炎を巻き込みながら、私の方向に向かってくる。


 マズイ、こんなものを食らったら、一溜りもない。

 でも、大文字が効かないなら、どうしようも。


「照子、下がって!!」

 私の後ろから葵ちゃんの叫び声が。

 葵ちゃんが颯爽と私と竜巻の間に入り、八咫鏡の水たちを展開させる。


 すると、八咫鏡の水がバリアのようになって竜巻の動きを止めたのだ。


「葵ちゃん!!」


「さてさて、いつまで保つかな?」

 私達を嘲笑うノエルちゃんの声が。


 八咫鏡の水のバリアにヒビが入り始める。

 いつまでも八咫鏡が保つか分からない。


「照子、後ろの門まで走って!!」


「で、でも、葵ちゃんを置いてなんていけないよ」


「早く!!」


「う、うん」

 私は必死な葵ちゃんの叫びに念押しされる形で、後ろの門まで全速力で走った。


「八咫鏡!!」


 葵ちゃんがそう叫んだ瞬間、私の走る方向に大きな輪っかのようならものが出現する。


 私は戸惑いながらも、その輪っかの中に全速力で入って行く。


 輪っかの中に入ると、辺りが急に明るくなる。

 あまりにも強い光に私は目をつむる。

 だんだん明るさに慣れてきたので、私はゆっくり目を開けると、そこには広い空間が広がっていた。


 空間の壁側や足元をよく見ると、水でできているのが分かる。

 でも、なぜか私の足が一向に水の中に沈むわけでも、足元が水浸しになる気配がない。

 不思議な場所だ。


「ここはどこ?」

 私がそう呟くと、恐る恐る周囲を見渡していると。


「ここは八咫鏡の中よ」

 急に後ろから人の声が聞こえてくる。

 私はびっくりしながら振り向くと、そこには葵ちゃんが立っていた。


「葵ちゃん!? 良かった、無事で。大丈夫だったの?」


「なんとかね。私も竜巻が来る直前に八咫鏡に入ったから。今頃、あのノエルって子は急に私達の姿が消えて、驚いていると思うけど」


「良かった。本当に良かったよ。ごめん、せっかく葵ちゃんが私を止めようとしてくれたのに、私が先走ったりしたから」


「うんうん、照子が謝ることじゃない。むしろ私が謝らないと。ごめんなさい、すぐ照子に草薙剣のことを伝えられなくて」

 葵ちゃんはそう口にしながら頭を下げる。


「頭を上げて、葵ちゃん。葵が私に伝える前に、ノエルちゃんに邪魔されちゃったから。しょうがないよ。それに葵ちゃんが八咫鏡で守ってくれなかったら、私、どうなっていたか」


「照子を守れて本当に良かった。そうだ、照子。顔の傷を見せて。すぐに処置する」


「いいよ、そんな深い傷じゃないし」


「何、言ってるの!! 照子は女の子なのよ。もし顔に傷が残ったらどうするの?」


「わ、分かったよ。葵ちゃんがそこまで言うなら」


「じゃあ、始めるわね」


 葵ちゃんは私の顔の傷の近くに手をかざす。


「八咫鏡」


 葵ちゃんがそういうと私の傷に水が覆われていくのが分かる。


 それにしても、葵ちゃんの顔が近いな。


 私の傷を真剣な眼差しで処置していく葵ちゃんの瑠璃色に光る目がよく見える。

 葵ちゃんの眼差しを見ていると、私は自分の胸がドキドキしていることに気がつく。


 あれ!? なんで私、葵ちゃんにドキドキしているの。


 ダメだよ、私。葵ちゃんをそんな風に見ちゃあ。

 葵ちゃんは私と同じ女の子で、大切な親友なんだよ。


 私は自分でも分からないこの気持ちにただただ戸惑ってしまう。


 でも、私のこの気持ちが何かの勘違いじゃないなら。


「照子? 照子、大丈夫?」

 私が思っていると、突然、葵ちゃんの声が聞こえてくる。


「大丈夫。大丈夫だよ、葵ちゃん!? ちょっと考え事していただけだから。何かあったの?」


「照子が大丈夫ならいいんだけど。まあいいわ。傷の手当が終わったの。そのことを伝えたくて」


「もう終わったの!? ありがとう葵ちゃん」


「今、八咫鏡の水を照子の傷に覆わせたわ。その水がなくなったら傷が治っているはずよ。大した傷じゃないみたいだし。時間もかからないと思うわ」


「そうなんだ。それなら良かったよ。そうだ、葵ちゃんに聞きたいことあったんだ」


「私に聞きたいこと?」


「さっき言ってた。ここは八咫鏡の中だってどういうこと?」


「そのままの意味よ。ここは私の巫女の力である八咫鏡の中。ほら、あそこに、服を買ったあと、八咫鏡の中に入れた買い物袋があるでしょ」


 葵ちゃんが指差す方向に目を向けると、なぜか買い物袋が宙に浮いていた。


 本当だ。買い物が浮いてる!?

 なんでこんなことが起きているんだろう。

 本当に不思議だ。


「とはいえ、ずっとここにいれないわ」


「えっ、どうして?」


「八咫鏡の術者である私が八咫鏡の中に入っている事自体、どうしても魔力を使っちゃうからよ。もし私の魔力の底がつきたら、その時点で私達は強制的に元いた場所に戻されてしまうの」


「つまりノエルちゃんがいるあの寺に戻るってことだよ」


「その通りよ。八咫鏡の出入口は術者本人が八咫鏡に入った場所から移動させることができないの。結界の外に出て、ノエルから逃げることもできないから。私たちはあの場所に戻って、ノエルと戦って勝たないといけない」

 そう葵ちゃんが言いながら、その場に座り込む。


「ほら照子も座って、戦って疲れたでしょ? 私の魔力はまだ保つから。その間に休憩と作戦会議をしましょう。草薙剣の対抗策も含めてね」


「それもそうだね」

 私は葵ちゃんの提案を快諾してその場に座り込んだ。


「この前、照子に教えたけど、草薙剣のような神話に出てくる伝説の武器のことを神器(じんき)というのは、覚えているわよね?」


「うん、覚えてる」


「神器には強大な魔力を宿していて、それぞれ特殊な力があるの。神器を誰でも扱えるわけじゃないけど、扱うことができれば絶大な力を振るうことができる」


「それができたのがノエルちゃん」


「そう、なんで、草薙剣が使えるのかは分からないけど。草薙剣を扱うことができれば、あらゆる風を操ることができるの」


「じゃあ、ノエルちゃんが姿を隠すことができたり、葵ちゃんの八咫鏡の索敵を掻い潜れたのもその草薙剣の風の力のせいなの?」


「照子の言う通りよ。ただ風の流れを操って、気配を隠しているだけだから。どうしても不自然な風の流れはできてしまうの。そこから大体の位置は把握できるわ」


「なんでもできる訳じゃないんだね」


「ただの草薙剣の厄介なところはその神器の中でも草薙剣は特に魔力攻撃には強いとされているところなの。風の力であらゆる魔力攻撃をいなすことがね」


「だから私の大文字があんな簡単に消されたんだね。正直、自信失くしそうだよ」


「そんなに気を落とさないで、照子。草薙剣を怖そうっていう考え自体は間違ってない。それに照子の大文字なら十分、剣を壊せていたわ」


「でも実際はダメだったよ……」


「おそらくだけど、ノエルと草薙剣の“相性”がすごくよかったのかも。それにノエルの言葉が少し引っかかるの」


「確か、ノエルちゃん、自分が持っているのが正真正銘の本物の草薙剣って言ってたよね」


「そう、熱田にある保管されている草薙剣は祭事の際に使う形代でしかない。それに昔、平安時代の平家が壇ノ浦に沈めてしまったのも形代になるわ。つまり誰も形代でない本物の草薙剣を見たことがないの」


「じゃあ、ノエルちゃんの言う通り本物の草薙剣ってこと!?」


「確証はない。だけど、実際に草薙剣から感じたプレッシャーは相当なものだった。照子の大文字を消し去れても不思議じゃないわ」


「少し疑問に思ったんだけど、もし草薙剣が本物じゃなくて、形代の草薙剣でも私が壊そうとしたのはマズイんじゃないの。すごく貴重なものなんでしょ?」


「その点なら大丈夫よ。草薙剣のような神器は本物、形代、関係なく、たとえ折れたり、壊れてしまっても、時間はかかるけど再生できるから問題はないわ」


「そっ、そうなんだ」


「もともと、ただでさえ強すぎる魔力を持った草薙剣を分散させるために形代に魔力を分けたとも言われているわ。もし照子が草薙剣を壊すことになっても誰にも責められることじゃない。心配しないで照子」

 葵ちゃんは私の肩を軽く叩きながら、私に笑いかけてくれた。


「葵ちゃん、ありがとう」


「照子が安心してくれて良かったわ。とはいえ、あの草薙剣をなんとかしないと」


「そこが問題だね。草薙剣の弱点とかないの?」


「草薙剣は確かに魔力攻撃に強いけど、剣自体の強度はそこまで強くはない。物理的な攻撃なら効くわ」


「物理的な攻撃か。それだったら直接、私の拳で叩くしかないよね」


「それしかないわよね。でも直接、照子の拳で草薙剣に攻撃しようにも、ノエルにあの強風を起こされたら、まともに近づけないし。何より剣と拳じゃあ、リーチ差以上にひとたまりもないでしょ」


「そうなんだよね」


「私の八咫鏡で攻撃するにしても魔力でできているから。草薙剣の風の力で崩されるのがオチね」


「何か草薙剣に対抗できるものがあればいいよね。そうだ、葵ちゃん。こっちも草薙剣を作っちゃえばいいんだよ。葵ちゃんの八咫鏡はあらゆるものを模倣できるんだよね? それで作っちゃえば」


「照子、確かに八咫鏡であらゆるものを模倣できるわ。でも、草薙剣なら話は別よ。私の魔力全てを注ぎ込んで作っても、それは魔力のない草薙剣の形をしたただの剣よ。とてもじゃ本物には勝てないわ」


「えっ!? ちょっと待って、葵ちゃん。剣だけでも作れるんだよね。それだけでも上出来じゃん」


「上出来って魔力がないのよ。もし草薙剣と撃ち合ったら、私の作った魔力のない剣が先に壊れるわ」


「それだよ、葵ちゃん。魔力がないんだったら、魔力を入れたらいいんだよ。葵ちゃんが作ったただの剣に魔力を入れるの」


「ちょっと待って、魔力を入れる? いや、待って、悪くないかも。なんで私、そんな簡単なことが思いつかなかったの? ああ——悪い癖ね。なんでも自分で解決しようとしてた」


「葵ちゃん、そんなに気を落とさないで。もし葵ちゃんでも解決できないことがあるなら、私に頼っていいんだよ」


「でも、魔力を持ってくるって言うけど一体どこから持ってくるの、照子?」


「それはね」

 私は葵ちゃんの耳元に顔を近づけて、葵ちゃんの質問の答えを伝えた。

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