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第4話 ③

 私は今、神宮近くにある東京駅行きのバス停に立っている。


 正直に言うと、昨日、東京に行けることが楽しみすぎて、少し寝不足気味だ。


 私はスマホで時間を確認する。


 スマホが指し示す時間は、午前7時30分。


 今の時間は葵ちゃんとの集合時間よりも15分早い時間を指し示していた。


 早く起きてしまったこともあって、早めに来てしまった。


 でも、ちょっと早いかもしれないけど、集合時間に遅れて葵ちゃんを心配させてしまうことよりはずっといい。


「照子、早いのね。待った?」


 私は声のする方に目を向けると、そこには麦わら帽子と白いワンピースを身につけていた葵ちゃんの姿があった。


「うんうん、今来たところ」


 私は顔を横に降る。


「葵ちゃんが着ているワンピース、すごく似合ってるよ」


「ありがとう、照子」


 普段のクールな葵ちゃんと違って、ギャップがある。


「葵ちゃんも早いと思うな」


「そう、15分前行動って言うじゃない」


「それもそうか。ところで、葵ちゃんは寝れた?」


「ええ、バッチリ眠れたわよ」


「それは良かったよ。私なんて、楽しみすぎて、少ししか眠れていないよ」


「遠足が楽しみで眠れなかった小学生みたいじゃないの?」


「私も葵ちゃんと同じこと思ってた」


「なら、いいじゃない、それだけ、照子が楽しみだったってことよね。あの時、照子を東京に行くのを誘って良かったわ」


「誘ってくれてありがとう、葵ちゃん」


「当然よ。わたし、照子のためなら、なんだってしてあげるんだから。私達、相棒同士でしょ」


「えへへ、照れるな」


 その後、私と葵ちゃんはバス停のベンチに座って話をする。


 私と葵ちゃんは楽しく話をしていると、東京駅に行くためのバスの姿が見えてきた。


 もう、バスが来る時間になってる。

 夢中で話をしていたから、不思議と時間が経つのが早い。


「さあ、行きましょうか。照子が楽しみにしていた東京に」

 葵ちゃんは私にそう話しかける。


「うん、そうだね」


 私達はバスに乗り込む。

 このバスに乗れば、高速道路を走って、2時間で、東京駅に行くことができる。


 バス車内はというと、席数は42席の4列シートで、最後尾にはトイレが完備されている。


 まず、このバスは、鹿栖市内を回った後、高速道路入口近くのバスターミナルに着いてから、東京駅を目指す。


 市内は鉄道の駅が少ないため、市内でのバス移動が充実しているからだ。

 どのくらいからと言うと、この東京駅行きのバスが約10分おきに次のバスが来るほどだ。


 もし、早く東京駅に行きたいのであれば、直接、バスターミナルに行って、東京駅を目指せば、80分ほどで着くことができる。


 私達は、そこまで急いでいないこともあり、神宮のバス停からゆっくりと東京駅に向かうことにした。

 それに、1つの目的もあるんだけど。


「見てみて、葵ちゃん。すごいよ、テレビで見たあのお店あるよ」


「ふふ、照子ったら、はしゃぎすぎ」


 私と葵ちゃんが神宮のバス停から乗ったもう1つの目的。

 それは鹿栖市の街並みを見ることだ。


 私は鹿栖市に来て、もう1ヶ月になるけど、神宮のお手伝いやタタリ神の討伐などに追われて、神宮以外の場所に行けずにいた。


 そこで、東京駅に向かう途中、鹿栖市内を巡るバスを利用して、市内の街並みを見ようということになった。


 鹿栖市は北と南に伸びる大きな市で、神宮などの歴史がある建物が多い北部とホテルや家電量販店、外食店などが立ち並ぶ南部の街になっている。


 市の南部にある商業施設やフランチャイズのお店は、私が住んでいた村では見たことはなかった。

 全くお店がない田舎ではなかったけど、鹿栖市ほどは多くない。


 私と葵ちゃんを乗せたバスは、鹿栖市の北と南を結ぶ2車線道路を通って行く。


「でも、すごいよ、葵ちゃん。テレビで見たことしかなかったお店があんなに沢山あるんだよ」


「それは良かった。確かに照子の村じゃ、あのお店はないものね」


「あっ、葵ちゃん。私のこと、田舎者だって思ったでしょ」


「ごめん、ごめん、照子をバカにしたい訳じゃなくて、照子があまりにも喜んでる姿を見たら、つい。でも、そんなに行きたかったら、千鶴さんや私に言ってくれたら、車を出してあげたのに」


「葵ちゃんの言う通りなんだけどね。悪い気がしちゃったのかな。でも、今度千鶴さんに頼んでみるよ」


「その調子よ、照子」


「うん。ねえ、葵ちゃん。私、この鹿栖市の街を見て、思ったんだ。私達の頑張りがこの街や人を守っているんだよね?」


「そうだけど。どうしたの、急に?」

 葵ちゃんは私に聞き返す。


「深い意味はないんだけどね。でも、この街に住んでいる人がいなかったら、私はこの街並みを見ることができなかったと思うんだ」


「照子」

 葵ちゃんは私の言葉に静かにつぶやく。


「私達の力は小さなものかもしれない。でも、ささやかだけど、誰かの生活を守れていることが分かってすごく良かった」


「そうね、私達の頑張りか」

 葵ちゃんはどこか遠くを見ているかのように呟く。


 葵ちゃんの表情にはどこかもの悲しそうだ。


 私はそんな葵ちゃんの表情を見て、あることに気づく。


もしかして、葵ちゃん、お姉さんのあかねさんのことを思い出しているんじゃ。


 だから、ちょっと悲しそうな表情になったのかな。


 葵ちゃんのお姉さん、月白あかねさんは、世界を滅ぼそうとしたイザミから世界を守るために、死んでしまった私の巫女の力の前任者。

 そして、大震災の時に私とひなたを助けてくれた命の恩人でもある。


 私、なんてこと言っちゃったんだろう。


 私達、巫女の頑張りで、この街や世界があるけど、それでも巫女が犠牲になってしまっているのに変わりない。


 でも、私、葵ちゃんに悲しい思いをさせるつもりで、話したわけじゃない。

 何か、何か違う話題を。

 葵ちゃんが笑顔になれる話題。

 あっ!! そうだ。


「葵ちゃん!!」


「何、照子?」


「葵ちゃんに話したいことがあるんだ。私の村に住んでた人から聞いた話なんだけどね」


「照子の村の話?」


「風の強い日にね。布団を干した人がいたの。でも、風があまりにも強くて、布団がどこかに飛んで行っちゃったの。そのとき、偶然、布団が飛んでいくところを見た人が、思わず『布団が吹っ飛んだ』って叫んで言ったんだって」


「…」


 どうしよう、葵ちゃんが全然反応してくれない。

 確かに、こんな典型的なダジャレ、面白くないと思われてもしょうがない。

 でも、とっさに頭に思い浮かんだのはこれしかないし。

 え、えっい、でもやるしかない。


「じゃあ、村のある人がある日、高級イクラをもらったの。あまりにも良いイクラだったから思わず言ったの。『イクラはいくら?』って」


「…」


「そうだ。この前、テレビの動物の特集で見ていたの。そのとき、チーターが木から落ちるところを見たんだよね。『チーターが落っこちた』、なんて」


「…」


「もうこんなつまらないダシャレを言うのは誰じゃ——。って私じゃん!!」


「ぶっ!!」

 突然、葵ちゃんが吹き出す。


「っ!?」


「はっ、あはっ、あははははは」


 私は何が起こったのか、分からずに呆気にとられる。


「もう照子、面白すぎ。あ——、お腹痛い」

 葵ちゃんはお腹を抱えながら笑っている。


「へ——」

 私はそんな姿の葵ちゃんを見て、呆然としていた。

 それでも、私は戸惑いながらも、心の中で胸を撫で下ろす。


 よ、良かった——、葵ちゃんの笑いの沸点が低くて。

 でも、私のダジャレが葵ちゃんを喜ばせることができて本当に良かった


「照子、急に何かと思ったら、布団が吹っ飛んだ! イクラはいくら? チーターが落っこちーた! あ——、おかしい」


 葵ちゃんはまだ笑い続けている。

 今、私達以外の乗客はいない。

 誰かの迷惑にはなっていないけど、笑い続ける葵ちゃんをそのままにするのも良くない。


 それに正直、自信のなかったダジャレを葵ちゃんにこんなにも笑われてしまうと、なんだか少し腹が立ってしまう。


「ちょっと葵ちゃん! 笑いすぎ」


「えっ、どうしたの? 照子」


「だから、笑いすぎだよ、葵ちゃん」

 私は、ほっぺたを膨らませながら、少し葵ちゃんに抗議する。


「ごめん、ごめん、つい面白くて」


「それならいいんだけどさ」


「もうそんなに怒らないでよ。そうだ、照子に何かお返ししてあげないと」


「お返し?」


 葵ちゃんはそう言うと、何かを取り出す。


「ポッキー?」


「そう、バス停に来る前にコンビニで買ったの。照子と一緒に食べようと思って」


「私に? いいよ、そんな」


「ほら遠慮しないの」

 葵ちゃんは箱の中からポッキーの袋を取り出し、袋からポッキー1本を私に差し出した。


「おいしいわよ」


 葵ちゃんが言っている最中に、チョコ特有のカカオの香りが私の鼻腔にも伝わってくる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

 私は葵ちゃんが渡してくれたポッキーを掴み、口に運ぶ。


 私の口の中にポッキーが入れた瞬間、チョコの甘さと香りが口の中いっぱいに広がってくる。

 私は、そのまま歯と唇に少しだけ力を加えると、ポッキーはポキッと折れていく。

 ポキポキとリズミカルに折れていく食感はどこか楽しさもある。


 お菓子を食べたのなんて、いつぶりだろう。

 村に住んでいた頃は、私のためというより、ひなたのためにお菓子をあげていた。

 私はお菓子を食べなくても平気だったし、私が食べない分、ひなたの分を増やしてあげられたから。


「おいしい」


「それは良かったわ」

 葵ちゃんはそう言うと、ポッキーを食べる。


「ふふ、おいしい」

 葵ちゃんも私に微笑み返してくれた。


 すると、バスのアナウンスが鳴る。

 次のバス停に着くそうだ。

 次のバス停は、鹿栖グランドセントラルホテル。

 葵ちゃんが言うには、このホテルは鹿栖市の中で1番大きなホテルで、多くの観光客が利用しているそうだ。


 バスがホテルに着くと、葵ちゃんの予想した通りに、10人ほどの乗客がバスに乗車してくる。


「葵ちゃんの言った通りだね」


「もう、そろそろ静かにしましょうか」


 私と葵ちゃんは静かにすることに。


 ホテルからの乗客が全員乗ったのか、再びバスが動き出す。

そして、そのままバスはバスセンターに向かい、高速道路に入る。


 ここからは千葉県に入って、南に進んでいく。

 鹿栖市とはしばらくのお別れだ。


 バスは私と葵ちゃんを乗せて、南西方向に進み、東京湾沿岸にある千葉市へ。

 千葉市に入ってからは西方向に方向を変えて、高速道路を走っていく。

 私と葵ちゃんがバスに乗ってからもう2時間近くになり、そろそら東京に入ろうかという時だった。


「ねえ、照子、照子」

 突然、葵ちゃんが私に小さな声で話しかけてくる。


「どうしたの?」


「あっち、あっち見て」

 葵ちゃんは西北の方向を指差してそう言った。


 私は、一体なんだろうと思いながら、葵ちゃんの指差す方向に視線を向ける。


「!?」

 私は目の前に飛び込んできた景色に驚く。


 私の目に飛び込んできた景色。


 それは、東京の空を貫き、そびえ立つブルーツリーの姿だった。


「すごい!! 本当にブルーツリーだ」


 ブルーツリーは、東京の浅草近くにそびえ立つ日本一の電波塔。


 東京電波塔とは違い、その名の通りスカイブルーが基調に塗装された電波塔だ。


 私は本当に東京に来たんだ。


「さあ、照子、もうすぐ東京駅よ」


 葵ちゃんは私に語りかける。

 私は葵ちゃんの言葉に胸の高鳴りが止まらない。


 バスはその後、私達の目的地、東京駅に無事に到着。


 私と葵ちゃんはバスから降りる。


 遂に、私は東京の地に立ったのだ。

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