第4話 ①
海岸でのタタリ神の戦いから2週間経った9月の中旬。
あれだけ暑かった夏も、空気が少しずつ冷たくなり、秋を感じさせ始めている。
私はあの戦いの後、すぐに葵ちゃんの八咫鏡の応急処置もあったおかげで、もう右手の火傷もきれいに治っていた。
火傷が治ったあとは、葵ちゃんと千鶴さんとの修行やタタリ神の討伐の任務、神宮の手伝いなどを再開している。
そして、私はそれ以外にも新たに始めたことがある。
それは葵ちゃんが食べるごはん作りだ。
葵ちゃんの部屋で初めて作ったオムライスが葵ちゃんにとってあまりにも美味しかったこともあり、葵ちゃんに頼まれる形で、今では毎日、私は葵ちゃんの部屋で葵ちゃんが食べる夕食を作ってあげている。
今日の献立はカレーだ。
私はエプロンを着て、カレーを作り始める。
私がカレーを作っていると、リビングでくつろいでいた葵ちゃんが私に声をかけてきた。
「照子。前から疑問に思っていたのだけれど、照子って服、今着ているものしか持ってないの?」
「えっ、これしか持ってないよ」
「ちょっと、待って。本当に、本当にそれだけなの!?」
「そうだね」
「他にほしくはないの?」
「どうだろう? 服を買いに行く時間もなかったし、それに私が住んでた村、田舎だったでしょ」
「そうだったわね」
「それに村の隣町に行けば、服を買いに行く場所はあるにはあったけど、ファッションセンターのむらしまや小さなアパレルショップぐらいしかなかったし。有名なアパレルショップがある場所は町からバスか汽車でも1時間はかかっちゃうから。それに私よりもひなたに服を買ってあげたかったし」
「もったいない!!」
葵ちゃんは真剣な顔で私に急接近していた。
「葵ちゃん!?」
「もったいない。照子はこんなに可愛いのに。おしゃれしなきゃ」
「葵ちゃんがそう言ってくれるのはすごくうれしいけど、私はいいかな。おしゃれしなくても、私はこのままでもいいかな。お金ももったいないし」
「良くない、良くないよ、照子!!」
また葵ちゃんは私の顔に急接近させてくる。
「葵ちゃん。顔、顔、近いよ」
私は葵ちゃんの顔が私の顔の近くに来ることにすごく照れながら、少し困惑していた。
「あっ!? ごめんなさい。でもね、照子は今、青春真っ只中の10代の女の子なのよ」
「それはそうだけど」
「確かに、お金のこともちゃんと考える必要はあるのは分かるわ。でも、照子はイザミのことがあるのに、神宮でのお手伝いやタタリ神の討伐任務もしているのよ。お金は十分、稼いでいるんだから。ちゃんど、使うところには使わないと」
「まあ、そうなんだけどさ—」
「わかった。こうしましょう、照子は私と東京で服を買いに行くこと」
「東京に行って、服を買いにいく?」
「そうよ、照子。ここでも服は買えるけど、東京の方が多いし、それに、照子、東京に興味はあったんでしょ」
「東京には確かに興味はあるよ」
「東京に行きたいの? 行きたくないの?」
「そりゃー、行きたいよ。でも、ひなたのこともあるし」
「それなら千鶴さんに頼めばいいじゃない。それに昼間で買い物を済まして、日帰りで帰ってくれば問題ないじゃないの。タタリ神は昼間はあまり活動的じゃないし」
「葵ちゃんがそこまで言ってくれるならいいけど、千鶴さんに相談してからでいいかな?」
「分かったわ、問題はないと思うけど、千鶴さんに相談してみましょ」
「ありがとう、葵ちゃん」
「照子、聞いておきたいんだけど、もし千鶴さんが東京に行ってもいいって言ってくれたら、東京のどこに行きたい?」
「そうだな、せっかく東京に行くんだったら、東京電波塔に行こうよ」
「東京電波塔。いいわよ。でも、なんで東京電波塔?」
「葵ちゃん、東京だよ。せっかく東京に行くんだよ。私、生まれて初めて、東京に行くのに、東京電波塔に行かないとダメだよ」
「照子がそこまで言うなら、いいわよ」
「東京かー、村からここに来るのに、千鶴さんの車で送ってもらったから。新幹線との乗り換えの東京駅にも行けなかったから、楽しみだな。やっぱり人が多いのかな?」
「照子、楽しみなのは分かるけど、浮かれすぎて、カレー焦がさないでよ。照子の作るおいしいカレーが台無しになったら、私、すごく悲しいわ」
「あっ!? ごめん、ごめん。葵ちゃんがこんなに楽しみにしてくれてるのに、私ダメだな」
「照子、そんなに自分を卑下しないで。照子はこんなにもおいしい料理を作れるんだから自信を持って」
「ありがとう、葵ちゃん」
「カレーももうできたんじゃない、たべましょ」
「そうだね、食べよ、食べよ」
私と葵ちゃんはテーブルにカレーを置き、椅子に座る。
私が座ったこの椅子は、葵ちゃんの部屋に初めて来た時から、私が買ってきたものだ。
これなら、私が葵ちゃんの部屋の椅子を使わせてもらわなくても、葵ちゃんがわざわざ八咫鏡の力で椅子を作る必要もない。
「「いただきます」」
私と葵ちゃんは手を合わせてから、カレーを食べ始める。
葵ちゃんはカレーを1口頬張る。
カレーが本当に美味しかったのか、葵ちゃんの表情が緩んでいく。
「んん——。おいしいわね、このカレー。やっぱり照子が作った料理は世界一ね」
「もう大袈裟だよ」
私はそう謙遜するが、本音は葵ちゃんに褒めてくれたことは、すごくうれしい。
私も1口カレーを頬張る。
口の中に入ったカレーからは数種類の芳醇なスパイスの香りが口の中いっぱいに広がっていく。
自分で作っていたが、我ながら、うまくできたと思う。
私が普段作るカレーは市販のルーを使わない。
私はカレーを作る時は、カレー粉やスパイスから作っていく。
そうすることで、お金をかけずに安くカレーが作れて節約になるし、あとは味を自分好みに調整もできるからだ。
「はあー、美味し」
そう言いながら、葵ちゃんはカレーに夢中でスプーンを動かす手が止まらない。
どうやら、葵ちゃんが気に入るくらいのカレーが作れたようだ。
「ふふふ、葵ちゃん、すごい食べっぷり」
「えっ!? 私、そんなにがっつきすぎてた?」
「うんうん、そういう意味じゃなくて。すごく美味しそうに食べてるなって。そこまで葵ちゃんが嬉しそうに食べてくれたから、私、頑張って作った甲斐があったよ」
「それならいいんだけど」
葵ちゃんは言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうな表情になる。
私と葵ちゃんはカレーを食べるのを再開し始め、1皿食べ終わった後も、私と葵ちゃんでカレーのおかわりもして、もう鍋にあったカレーはすべて無くなっていた。
「ごちそうさまでした。はあ——、食べた、食べた。照子のカレー美味しかったわ」
「お粗末様です」
「そうだ、照子。ちょっと話しておきたいことがあるの。いいかしら?」
「いいけど、どうかしたの?」
私は葵ちゃんの目線を合わせて、葵ちゃんの話を聞き始めた。
「この前、私と照子でみちこおばさんに1度会いに行ったでしょ」
「そうだね」
みちこさんは、神宮近くのお土産屋さんの店主で、みちこさんがお店の中で倒れているところを私が介抱したことがあった。
私と葵ちゃんは海岸でのタタリ神との戦いの後、みちこさんの状態を確認しに行き、会いに行っている。
みちこさんは倒れていたことで腰を痛そうにしていたが、私が腰をさすってあげたことが良かったのか、痛みがない素振りをしていた。
1度はお医者さんにも見てもらったが、異常は見当たらないと言われ、みちこさんはさらに病院で検査を受けることに。
あの後、私と葵ちゃんはいろいろと忙しいことがあり、会えずにいたので、挨拶をかねてお土産屋さんに訪れたのだ。
「私、照子とみちこおばちゃんのお店に行った時に、みちこおばちゃんが倒れてしまった原因を調べたの。また、おばちゃんが怪我してほしくなかったから」
「えっ、葵ちゃん、あの時、そんなことしていたの?」
「そう、そしたら、見つけたの」
「何を?」
「微かにだけど、みちこおばちゃんのお店の中からタタリ神の痕跡があったの」
「タタリ神の痕跡!? でも、あのとき、私、タタリ神なんて見なかったよ」
「おそらく偵察型の小さなタタリ神だったんでしょうね。ネズミほどの大きさだとしたら、照子が見つけられないのも無理もないわ」
「タタリ神って、そんなに小さいのもいるんだ」
「そうね。タタリ神は大きさや種類も多種多様なの。おそらく、みちこおばちゃんが倒れたのは、偵察型のタタリ神が姿を隠す瞬間の物音に驚いたからじゃないかしら」
「確かに、あのときのお店の中は、商品が散乱してたね。でも、なんでタタリ神がいたんだろう?」
「考えられるのは、私たちの情報を手に入れるためだと思う。神宮の結界はすごく厳重だから、そう簡単に結界内に入ることはできない。それならダメ元でも情報を手に入れるために、小さな探索型のタタリ神を結界近くまで放った。小さなサイズのタタリ神は戦闘向きじゃないけれど、その分、誰かに見つかることや探知されることはない」
「なるほど」
「あと、みちこおばちゃんのことで、照子に聞いておきたいんだけど、照子、動けずにいた、みちこおばちゃんの腰をさすってあげたあとから。みちこおばちゃんの痛みが引いたって言っていたけれど、あの時、特に何か変わったことはなかった?」
「どうだろう、特に変わったことはなかったけど。それに、みちこさんに聞いたかぎり、病院の検査でも何も異常がなかったみたいだし」
「私、あの後、少し気になって、みちこおばちゃんが検査をしに行った病院に直接聞いてみたの」
「えっ!? みちこさんの検査結果を聞けたんだ。でも、そんなこと病院は、本人や家族以外に教えられないんじゃないの? ほら守秘義務だっけ?」
「確かに、照子の言う通りね。普通は患者さんのプライバシーに関わることは、本人や家族以外、絶対に病院は教えてくれない。でも、タタリ神に関わることなら、話は別よ」
「話は別?」
「照子には話していなかったけど、私たち、巫女は、タタリ神に関わるどんな些細な情報でも知ることが許されているの。たとえ、それが他人のプライバシーにつながることだとしてもね」
「だから、病院はみちこさんの検査結果を葵ちゃんに教えてくれたんだ。でも、私は、勝手に自分のプライバシーを覗かれるのは、なんだか嫌だな。特に、みちこさんが知っている葵ちゃんには」
「ごめんなさい、照子がそう思うのも無理はないわ。無断で相手のプライバシーを侵害しているのは変わらないもの。でも、みちこおばちゃんのお店からタタリ神の痕跡があった以上、いくら偵察形のタタリ神とはいえ、おばちゃんに何か悪さをしていたら、怖いでしょ。それにタタリ神に関わる可能性のある情報しか病院側からも教えられてないから、安心して」
葵ちゃんは私に頭を下げながら、私にそう言った。
「葵ちゃん、頭を上げて。私、そんなに怒ってないよ。そういう事情ならしょうがないね。正直に話してくれてありがとう。そうだ、今度、葵ちゃんが何かすることがあったら、私にも言ってね。私は葵ちゃんの相棒なんでしょ?」
私は満面の笑みを浮かべながら言った。
「もう、照子ったら」
私がいたずらっ子のような表情をしていることに、葵ちゃんは堪えられなかったようで笑っていた。
「それで、病院の検査で何が分かったの?」
「それが、何もなかったの」
「なかったって?」
「何も異常がなかったの。みちこおばちゃんの体には外傷と呼べるものがなかったの」
「それって、いいことなんじゃ」
「普通はね。でも、おかしいとは思わない。足を滑らして、腰を痛そうにしていたのに、打撲痕すら一切なかったのよ」
「それはそうだね」
「照子に聞くけど、あの時、みちこおばちゃんの腰をさすってあげたこと以外何もしていなかったのよね」
「そうだよ」
「腰をさすっただけ。もしかしたら腰をさすった時に、照子の巫女の力が作用したんじゃないのかしら?」
「どういうこと?」
「照子の力には、ひなたちゃんにかけられたタタリ神の呪いを解く力があると言ったわよね」
「うん」
「その力には、タタリ神の呪いを解く以外にも、ある特性があるの」
「ある特性?」
「それは人間に使うと、怪我や病気を治すことができるものよ」
「えっ!? でも、私、みちこさんの痛みを治そうなんて思っていなかったよ?」
「無意識だったんでしょうね。なんで、そうなったかは私も分からない。でも、これだけは言える。照子には人を治す力がある」
私は葵ちゃんの言葉を聞いて、驚いていた。
あの時、巫女の力を使おうなんて一切思ってもみなかったからだ。
みちこさんの痛みを取り除いたのは私!?
私は葵ちゃんが話した仮説に困惑しつつも、ふと、あることに気がつく。
「ねえ、葵ちゃんの言うことが正しかったら、私は無意識に人を治す力が使えているってことだよね?」
「そうね」
「だったら、私がその力を意識的にちゃんと使いこなせるようになれば、ひなたの呪いを解くことができるよね?」
「ええっ、その通りよ」
葵ちゃんは私の言葉を聞いて、少し表情を緩めながら、大きく頷いた。
「それなら、人を治す力の特訓をしないと。少し残念だけど、東京で買い物をするのは、また今度にしよう、葵ちゃん」
「それはダメよ。確かに力を使いこなせるようになるためには特訓は大事よ。でも、特訓を優先して、東京に行かないのは、もったいないわ」
葵ちゃんは私をたしなめる。
「そうかな?」
「そうよ。照子、焦る気持ちは分かるけど、あまり根を詰めすぎるのも良くないわ。そんなことしていたら、私みたいに空回りしちゃうわ」
確かに葵ちゃんの言葉にも一理ある。
私は一旦冷静に考える。
力を使いこなすために、特訓は必要だ。
でも、特訓をしたとして、必ず力を使いこなせるわけじゃない。
それに、ひなたを治せたとしても、イザミを倒さないことには、ひなたの身の安全は保障できない。
それにもし焦って特訓をして力を使いこなせなかったら、私はすごく落ち込んでしまう。
葵ちゃんの言う通り、空回りしてしまっては元も子もない。
「分かった。私、東京には行くよ。特訓は合間、合間で、無理をしない範囲でやるよ」
「その意気よ、照子。力を使いこなせるように私も照子に教えてあげるから」
「わーい、葵ちゃんが教えてくれるなんて、すごく心強いよ」
私は両手を上げながら、葵ちゃんに感謝する。
「もうおだてたって何も出ないんだから」
「そう? またまた」
「もう、照子ったら。それはそうと東京に行く千鶴さんに相談しないとね」
「そうだね、明日の朝すぐに話そう」
その後、私と葵ちゃんはすぐにカレーを作った鍋や食器を片付け始める。
少しずつだけど、ひなたを救える方法が見えてきた。
私は焦る気持ちを抑えながら、それでも自分にとって楽しいことにも目を向けよう。
今この瞬間でしかできないこともあるのだから。




